第三章 初仕事 《第一部完結》

第21話 君の名は

 レイにおまなの看病を任せ、俺は二人の為に饅頭でも買いに行くことにした。

 とはいえ無断で外出するのは良くない。

 俺はアルカードさんの部屋を訪ねて聞いた。


「アタミの街を見てきたいのですが、良いでしょうか」


 アルカードさんは本から視線を逸らさずに答える。


「構わん。ただ目立つなよ。恐らく新撰組の連中はエド市中を探し回っている筈だが、目撃情報が出回ればここまで捜索の手が伸びるかもしれん」

「分かりました。おミケさんはもうエドに戻ってますかね……」

「奴なら高田屋カヘエの屋敷に内偵に行っている。奴さんは用心深く冷酷無比と聞く。何処でどう身元がバレるか分からねえ。もし市中で出会っても下手に声をかけるなよ」

「レイとおまなにもそう言っておきます」

「頼んだ。ああ、ちょい待てアマタ。手ぇ出せ、手」


 アルカードさんは俺に多めの銭を渡す。

 温泉まんじゅうの値段なぞ知らないが、これはちょいと多いのではなかろうか。

 

「俺の分の饅頭……あと塩辛も頼むわ。釣り銭は駄賃にくれてやる」

「悪いですよ、こんなに」

「こんな仕事やってると金が余って仕方ねえんだわ。どうせ柳沢ボスの家に山と届くが財源だ。ちったぁ民草に還元してきてくれ」


 そう言ってお茶目に口元を緩めるアルカードさん。

 俺も思わず表情が緩んでしまう。


「そいじゃあ旦那、ちょっくら世直しと洒落込んできまさぁ」

「おう、レイちゃん泣かせんなよ」

「へいへい。安心なさいってば」


 まるで時代劇の一幕みたいだな。

 そんなことを思って少し笑えてしまった。


     *


「饅頭売るよー! 薄皮饅頭ー!」

「お兄さん、アタミに来たら干物だよぉ!」

「あっちでってのが始まるらしいぜ。なんでも中つ国ミッドガルズから来たとか」

「ははっ、馬鹿言うなよ。人間がから渡ってくる訳無いじゃねえか」

「こっちがアタミの本家月光堂!」

「あっちは偽物だ! こっちが元祖月光堂の饅頭だからね!」

「喧嘩売ってんのかてめえ!」

「そっちこそなんだってんだ!?」


 アタミの中心部にある平和坂商店通りはとても賑やかだ。

 とてもじゃないが聞き取れない訛りのきつい会話も聞こえる。

 観光客だけではなく、地元の人間も買い物に来ているのだろうか。

 

「いやあ……楽しいなあ外つ国ウートガルズ


 俺はやけに現代的な美人画(というよりアニメ絵)を表に掲げる店を見つけて興味半分で入り込む。

 何やら店内にはアニメ絵の包み紙で包装された饅頭ばかり。

 頭に手ぬぐいを巻いた作務衣姿の主人が店の奥から現れる。


「いらっしゃい」

「ここは何の店ですか? 看板なんかも無いみたいですが……」

「ほう……兄ちゃん知らずに来たのかい」

「おや、場違いでしたかね……」

「いんや、此処は温泉まんじゅうアイス屋だ」

「アイス?」

「ああ、中つ国ミッドガルズの方では大人気の名物だよ」


 その割にはこちらの店は閑散としている。

 この世界の人間にはアイスは早すぎたのだろうか。


「どうも冷たすぎるのと甘すぎるのが原因で客が入らなくてな」

「……どうやって冷やしてるんで?」

「そいつは企業秘密だ」


 店の奥からプレシャスの気配がする。

 もしかしてこのおっちゃん……いや、こういう時はあまり探らない方が互いのためか。


「あいや失敬。冷たい物と甘い物は大好きですよ」


 それに、少し俺の居た世界の食事に近い雰囲気がある。


「この限定版猫耳アイスちゃん温泉まんじゅうアイスっての頂戴よ」

「そいつに目をつけるとはお目が高い。その包み紙は、中つ国ミッドガルズ渡来のポンチ絵を参考に、俺が版画で再現をした逸品だ」

「中の温泉まんじゅうアイスはどう違うんです?」

「アイスに若干ジャコウネコの香料を使ってる」


 なんとまた贅沢な。

 見た目に反して儲かっているのか?


「気に入った。おいくらですか?」

「一箱四十文」


 かなり強気の値段設定だ。

 だが今日の俺のお財布は最強モード。

 気にすることなく払うことが――


「あああああああああああああああああああああああああ!!!!! もしかしてそれは限定版猫耳アイスちゃんイラスト付き温泉まんじゅうアイス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 店の入口からやかましい声。

 その方向を見てみると、ふっくらとして如何にも人が良さそうなおっちゃんが悲しそうな顔で崩れ落ちていた。


「ラス1? ねえラス1だよねそれ? そうか、遅れを取ってしまったんだね……ぼかぁ……僕ってやつぁ……」


 温泉まんじゅうアイス屋の主人は、そのおっちゃんの悲嘆を気にする素振りもなく、俺に温泉まんじゅうアイスを渡す。


「おや、高田屋の旦那。今日は一足遅かったようですね」


 高田屋!?

 俺は思わず温泉まんじゅうアイス屋の主人の顔を見る。


「くそぉ……良いよ。普通の温泉まんじゅうアイス頂戴。十箱」


 おっちゃんは店の中に入ってくると、懐から小判を取り出して無造作に店主の前に置く。


「旦那、糖尿病になっちまいやすぜ?」

「なあに僕が死んでも妻子にゃ保険金が降りるから大丈夫。太く短く生きるのさぁ」

「またまたそんなこと言って……高田屋カヘエって言えば……」


 カヘエ!?

 こいつがカヘエ!?

 高田屋カヘエなの!?


「やめとくれ、今日はお忍びだ。騒がせたね、君。気にせず持っていってくれよ。でも明日は君より早くこの店に来るからな!」

「あー……あの」

「どうしたんだい?」


 不思議そうに首を傾げるカヘエ。


「ん、おや……」


 カヘエは俺の顔を見て目を丸くする。

 だが気にすることなく俺は彼に尋ねる。


「良ければこの温泉まんじゅうアイスで、一緒にお茶でもどうですか」


 俺にはどうしてもこの人が悪党に見えない。

 少し様子を探ってみるのも悪くは無いだろう。


「ねえ君、名前は何て言うの?」

「は?」


 何だこの人。

 俺の質問に質問で返してきた。

 会話のドッジボールが趣味なのだろうか。


「は? ではなくて、名前だよ。僕は高田屋カヘエ。君は?」

「アマタです」

「アマタ……ね。まさかとは思うが、天ヶ瀬アマタかな?」

「――なっ!?」


 斬るか? 

 今此処で斬って逃げるか?

 いや待て、俺はまだ正式に依頼を受けている訳じゃない。

 今こいつを斬れば只の殺人だ。

 店の主人だって何者かわからないのに、ここで斬り合いに持ち込むのは危険だ。


「やっぱりそうか! こんなところで会えるとは思わなかった!」


 カヘエは嬉しそうな笑顔を見せる。


「君の父上には世話になったんだ。良ければ屋敷まで来ないか、そこで饅頭も食おうじゃないか」

「父さん……に?」

「おや、何も知らないと見える。まあ良いさ。ゆっくり話していこうじゃないか。ついてきなよ。良いお茶も用意してあるからさ。あ、ハンバーグとか食う? 懐かしいだろう?」


 そう言ってカヘエは今にも小躍りを始めそうな勢いで歩き始めた。

 一瞬迷った俺だったが、何かあれば腰の刀でどうとでもなる。

 そう思って大人しくついていくこととした。

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