第23話 おミケさん、消える

「と言う訳でおみやげのお饅頭だ。ゆっくり食べてくれよ」

「はーい!」

「はーい!」

「レイちゃんはストップ、ちょっとお話が有ります」

「え゛っ」

「え゛っ、じゃないでしょうに。危ない所だったんだから」

「レイ姉なんかやらかしたのー?」

「んー、ちょっとねー……」

「わーい! お仕置きされちゃうんだ!」

「あのね、大人をからかうもんじゃないわよ!」

「あははは! ごゆっくり!」

「もう!!」


 旅籠に戻った俺達は、おまなに温泉まんじゅうアイスを渡すと、アルカードさんの部屋に向かうことにした。

 買ってきたまんじゅうと塩辛を渡さなきゃいけないし、昼間の出来事についても報告する必要が有る。


「いやあ、おまなちゃんも元気になって何よりだな」

「ちょっと元気になりすぎよ……」

「良いことだろう。ところで何故急にそんなサイズに?」

「だってこの前ママさんの前で約束しちゃったし……」

「ああ、あの人と同じサイズになれるってやつか?」

「凄いでしょう? ダーリンがあたしを沢山使ってくれたからよ」


 レイちゃんは嬉しそうに微笑む。

 実は小さいことを気にしていたのだろうか。

 あまりガッツリ怒るのも気が引けるな。


「……ったく、だからといってあんな場所に急に現れるな。毎度上手く言い訳ができるとは限らないんだ」

「わかったわよ。ごめんなさい」

「ま、それはともかく今回分かったことをアルカードさんに報告をして、指示を仰ぐとしよう」

「でもあの人、良い人っぽかったわよ?」

「それが解せないんだよな……まあ今は様子見だ。あの人が何者か、色々な方法で探ってから動いても遅くはないだろうしね」


 そうこうしていると、アルカードさんの部屋の前までたどり着く。

 丁度その時、部屋の扉が開いた。


「おう、二人共丁度良い時に来たな。少し事態が変わってきやがった」

「変わってきたと言いますと?」

「……此処で話すのもあれだ。ちょいとついてきな」


 アルカードさんはそう言って俺達を部屋に招き入れた。


     *


「おや、お二人とも来て頂けましたか」

「丁度おいら達の部屋まで来てたからよ」

「そうでしたか」


 アルカードさんの部屋には狐面を被った元締めボスが居た。

 

「何か有ったんですか?」

「穏やかじゃない雰囲気ねえ」

「まあ掛けて下さい」


 俺達は勧められた座布団に腰掛ける。


「実は、高田屋の屋敷に潜入させたおミケさんから定時連絡が来ないのです」

「なんですって?」

「あら、本当に穏やかじゃないわねえ」


 元締めボスは深くため息を吐いて首を左右に振る。


「高田屋は慈善事業の一環として、社会的に差別されがちな獣人の保護を行っています。ですが、その裏で、高田屋で働く獣人が消えるという噂が有るのです」

「それにカヘエが関わっていると?」

「ええ、ですがどうにも証拠が無い。依頼人に私が最初に会った時点で、裏とりの為におミケさんを動かしていたのですが、どうにも今回はそれが良くなかった」

「良くなかったってのはどういうことですかねえ?」

「恐らくですが、おミケさんは何かを見たのでしょう。彼女自身も獣人ですから、自らを危険に身を晒すことで何かをつかもうとしたのか……」

「じゃあ……おミケさんはもう?」


 目の前が真っ暗になる。

 俺が遊び呆けていた間におミケさんは殺されたのか?

 一体俺は何をやっていたんだ……。


「安心なさい。おミケさんはまだ死んではいません」

「何故そう言えるんですか?」

「そいつは元締めボスのプレシャスの力だ。詳しくは言えねえが、安心しな」


 そういうことならば詳しくも聞けないか。


「成る程、では信じます」

「良い機会だから見せて差し上げることにしましょう」

「良いんですか?」

「良いのかい?」


 あまりにあっさりとした口ぶりに俺とアルカードさんは驚いた。

 この人も秘密主義なんだかオープンなんだか良く分からない。


「ええ、勿論です。アマタ君は我々の同志なのですから」


 そう言って元締めボスは懐から一冊の古びた本を取り出す。


「これはプレシャス“或阿字譜ネクロノミコン”。死者の声を聞く反魂のプレシャスです。この力を使っておミケさんの魂を呼ぶことができなかった以上、おミケさんはまだ死んでいません」

「反魂の術……ですか」

「ええ、短時間ですが死者の声を聞くことができます。高田屋で行方不明になったという依頼人の姉の魂も一度呼び戻しました」

「既に話を聞いていたんですか? それならおミケさんを調べに行かせなくとも……」

「それが、そうもいかなかったんだよ」

「どういうことですかアルカードさん?」

「その依頼人の姉って奴の、死亡時の記憶が曖昧だったんだ」

「はい。意識が無くなって気づいたら此処に居た、の一点張り。これでは本当に高田屋カヘエが殺したのか、それとも彼の近くに居る誰かが罪をカヘエに擦り付けているのか、分かったものではありません」

「成る程……」


 カヘエがやっているって証拠を見つけてから殺したい訳か。

 確かに当てずっぽうで殺して「実は犯人じゃありませんでした」では、誅手の信用に関わるというものだ。


「証拠が必要ってことですね」

「はい。只の殺し屋であれば別に気にせずに仕事をするだけですが、あいにくと我々は誅手。それでは筋が通りません」

「で、その為に必要なおミケの消息が消えた。どうするかって話になっていた訳だ」

「分かりました」

「ちなみにおいらはおミケの救出が最優先だと思う」


 アルカードさんが意外なことを言う。

 意外でも無いのか?

 考えてみれば、彼女を助け出さなければこちらの情報がだだ漏れだ。


「私もそう思います。ただ、何処に捕まっているのかが分からない」


 柳沢さん……ああいや元締めボスまで助けること前提で動いている。

 俺も助けたいと言うつもりだったから、こうなって良かったとは思うけど、裏稼業らしからぬ情の篤い人々だ。


「おいらがプレシャスで忍び込むってのはどうだい?」

「アルカードさんのプレシャス?」

「おいらのプレシャスは、鳥居常右衛門と良く似たタイプでな。奴は龍に変身していたが、おいらは鬼の力を使うことができる」

「鬼……」

「コウモリに変身したり、霧になったり、力が強くなったり、色々できて便利なプレシャスだぜ?」

「アマタ君に分かりやすく説明すると、中つ国ミッドガルズで言うところのドラキュラですね」

「ドラキュラですか……でも吸血鬼って招かれた家にしか入れませんよね?」

「良く知ってるな。その通りだ」

「安心してくださいアマタ君。適当な相手に催眠術をかけて、家の中に招かせれば克服できます」

「理不尽ですね……」

「怪物なんてそんなもんよ。と言う訳で、おいらが行く。良いな?」

「……待って下さい」

「なんだい元締めボス?」

「潜入が得意だったおミケさんが捕まっている。そうなると、幾ら医師の身分が有るとはいえ、今からDr.アルカードが潜入を行うのではおそすぎます。かと言って、プレシャスを持つ相手に強行突入を行うのは愚策です」

「おいおい、じゃあどうするっていうんだ?」

「私に一つ、アイディアがあります」


 元締めボスは仮面の下でニッコリと微笑んでいる。

 雰囲気で何となく分かる。


「アマタ君にお願いしましょう」

「アマタに?」

「できますよね、アマタ君?」

「俺……ですか」


 確かにできるといえばできる。

 だが、何故それを知っている?

 柳沢さん、あんた一体……。


「確かに、できますけど……」

「そいつはどういうことだアマタ?」

「ダーリンのお父さんとカヘエが知り合いなんですって」

「そいつはマジかおレイちゃん? じゃあやっぱりあいつは中つ国ミッドガルズの人間か」

「ええ、二人で仲良く話していたもの」


 レイちゃんがポロッと話してしまった。

 しかも誤解を招く形で。


「市中を歩いていた時にたまたま寄ったまんじゅう屋で会ったんです。俺と父の顔が似ていたようで、向こうが……」

「ええ、知っております。これでも貴方達のような誅手の元締めですからね。アマタ君はただでさえトラブルに巻き込まれやすい体質なので、個人的に監視をつけていたのですよ」


 ホッと一息を着く。

 どうやらあらぬ疑いをかけられることは無さそうだ。

 

「さて、それではやってくれますね?」

 

 その代わり、このお願いを断ることはできなくなってしまったが。


「望むところですよ。おミケさんは、なんとしても探し出してきます。良いかいレイちゃん?」

「別に良いわよ。あの子のこと、個人的には嫌いじゃないしね」

「素晴らしい。それではお二人には夫婦を装って潜入してもらうとしましょう。今後の段取りについてはこれから我々四人で打ち合わせ、細かいことを決めます。アマタ君にも依頼人に会ってもらう予定でしたが、そちらの方が優先です」

「分かりました」

「入ったばかりで大役を仰せつかっちまったなアマタ」

「やってみせますよ。アルカードさん」

「こちらも可能な限り手助けするが……無茶するなよ。木乃伊ミイラ取りが木乃伊ミイラってんじゃ笑えねえからな」

「はい」


 確かに大変な役目だが、俺としてはありがたい。

 カヘエが悪党なのか、それともそうでないのか。

 この目で確かめることができる機会が手に入ったと思えば、幸運なくらいだ。


「さて、頭脳労働には甘いものが欠かせません。アマタ君が買ってきてくれたまんじゅうも有りますし、まずは食べるとしましょうか。おレイさん、向こうからお皿持ってきてくれますか」

「はーい!」


 こうして、俺達は温泉まんじゅうアイスを片手に作戦会議を行うこととなった。

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