第24話 内偵

「でもダーリン、そんな上手くいくものなのかしら?」

「分からん。だがやってみるしかないだろう。おミケさんが帰ってくるかどうかの瀬戸際なんだしな」

「まあ、そうねえ……」


 俺とレイちゃんは僅かな荷物と一緒に高田屋カヘエの屋敷に向かっていた。

 高田屋カヘエが俺の見立てたとおりの人物ならば、バカ正直に迎え入れてくれることだろう。

 だがもしそうならば、高田屋カヘエは俺が誅手として斬るべき相手ではなくなってしまう。


「ダーリン、あの高田屋さんって人斬りたくないの?」

「今、斬ってもつまらないだろうな」


 カヘエが悪党か否かを見極め、納得をした上で斬らねば俺は満足はしないだろう。

 悪党以外を斬っていいなら、辻斬りでもした方がよっぽど早い。


「そうねえ……あっ、高田屋さんのお屋敷よ。見えてきたわ」

「だな。ん? ありゃあなんだ?」


 狐獣人の女の子が、門の前で昨日俺達にお茶を淹れてくれた乙羽さんというドワーフの老女相手に、すごい剣幕で掴みかかっている。

 

「お姉さんを返して下さい! カヘエ様のお屋敷に行くと言ったきり居なくなってしまったんです!」

「ですから貴方の姉様は急に居なくなってしまわれたのです。確かに貴方のお姉様は私共の屋敷で働いていましたが、どうして居なくなったのかなんて私共も存じ上げません」

「たった一人の姉なんです! 何か知っている人が居ないんですか!」

「いえ、ですから……旦那様も可哀想だと貴方様に生活の為のお金を……」

「そんなの知りません! 噂だって立っているんですよ! 獣人をこっそり攫って売り飛ばしているって!」

「屋敷の前でそのようなことを大声で! おやめ下さい!」

「姉を返してもらうまで私も引き下がれません!」

「ですから……」

 

 都合が良いな。

 このトラブルを適当に納めることができれば、あの女中の覚えもめでたくなる。

 家の中でも動きやすくなるだろう。


「やるぞレイちゃん」

「ええ」


 そうすれば内偵も楽に進むってものだ。


「お嬢ちゃん。どうしたんだい?」


 俺はレイちゃんと共にできるだけにこやかな笑みを浮かべながら、少女の傍へと近寄る。

 乙羽さんと目があったので、少女の視線が俺の方に向いている間にレイちゃんがウインクをする。これで俺達がなんとかするつもりなのは伝わるだろう。

 俺のやりたいことをレイちゃんが完璧にサポートしてくれる。

 プレシャスの力で心がつながっているからこそできるコンビネーションだ。


「ここで働いていた姉が行方不明になったんです!」

「それは大変だね。お姉さんが行方不明になっちゃったのか」


 俺はかがみ込んで少女の話に耳を傾ける。


「そうなんです! だからきっと此処で居なくなったんだと私は!」

「此処で居なくなったのかい?」

「はい!」

「そうかそうか……それは大変だねえ……」


 レイちゃんにちらりと視線を送る。

 彼女は俺の合図に気づいて、会話に割って入ってくる。


「でもその話、にわかには信じられないわね?」


 俺が話を聞いてくれる良いお兄さん。

 レイちゃんが話を否定する嫌なお姉さん。

 二人一組でこの子を丸め込むって訳だ。


「そんな!? 獣人のコミュニティーでは噂になってるんですよ!」

「噂なのかい?」

「でも! だけど!」


 狐顔の美少女は目に涙を浮かべて叫んでいる。

 心は痛むが、今は悪役に徹するしか無い。


「あのね。お嬢ちゃん。根拠も無いことを大声で騒ぐのって良くないと思うの」

「まあまあレイちゃん。子供のすることじゃないか」

「でも良くないわ……こういうの。子供だからって大目に見ていたら繰り返すでしょう?」

「まあまあ落ち着きなって」


 俺は苦い笑みを浮かべてレイちゃんを窘める。


「お嬢ちゃん。二人には俺が上手く言っておくから今のうちに帰りな」

「だけど……! お姉ちゃんが!」


 俺は少女の耳元で囁く。


「今ここでこうしていてもお姉ちゃんは帰ってこないだろ?」

「えっ?」


 俺は二人に見えないように少女に微笑む。


「ちょっとダーリン! 失礼な真似をしているのはその子の方じゃない! よく知らないけど高田屋さんって慈善事業で有名な高田屋さんでしょう? 恩を仇で返しているのは……」

「まあ待て待て! 子供相手にそんな怒りっぽくなるんじゃないよ」


 そう言って俺はレイちゃんを抱きとめて、少女の方を振り返り、ウインクする。


「……うぅ、高田屋なんて悪い奴! 何時か誅手って人達がやっつけてくれるんだからあああああ!」


 狐顔の少女は捨て台詞を残すと走り去ってしまった。

 悪いなお嬢ちゃん。少しの辛抱だ。待っててくれ。


「誅手なんて都市伝説信じてるんですねえ……子供ってのはこれだから困りますよ」

「人様の家の前で喚き立てるなんて常識無いわねえ」

「あら、レイさんでしたっけ? 昨日の貴方も旦那様の為とはいえ、当家の屋敷に半ば押し入ったようなものでしょうに?」

「あはは……そんなこともあったわね」

「でも助かりましたわ。幾ら言っても聞かない子だったものだから、困っていたんですよ」

「助けになったなら何よりです」

「そういえばお二人とも当家に何か御用で?」

「ええ、実は……」


 なにはともあれ、こうして俺達は再び高田屋カヘエの屋敷の中へと進むのであった。


     *


「やあ! 来てくれたかアマタ君!」


 俺達は乙羽さんの案内によってカヘエさんの部屋に通された。

 カヘエさんは大喜び。この人懐っこい笑みを見ていると、やはり悪党には思えない。

 俺達は早速二人で頭を下げてカヘエさんに世話になりたい旨を伝えることにした。


「あれから一晩、二人でゆっくり話したのですが、やはりお世話になろうということになりまして……。改めて紹介させていただきます。おレイです。何分人里の習慣に不慣れですが、気立ては良いし、しっかりとしている自慢の婚約者です」

「先日は失礼いたしました。田舎者のしたことと思ってなにとぞお許しくださいませ」


 すごい。レイちゃんって畏まった言葉遣いできたんだ。


「いや、ご主人思いの立派な娘さんじゃないか。僕は気に入ったよ。幸いにしてここは商家だ。そういった作法についても学ぶ機会は有る。おレイさん、ゆっくりと人里に慣れて下さいね」

「何から何までありがとうございます」

「さ、二人共顔を上げて下さい。一週間ほど私達家族とゆっくり休んで、それから仕事の手伝いをお願いしようと思います。特にアマタ君は僕が居なくなってからの中つ国ミッドガルズの知識も多く持っているでしょうから、それを活かして商売に精を出してもらうとしましょうかね」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

「それでは早速僕の家族に引き合わせましょう。お龍、嘉門かもん、ちょっとこっちに来なさい」


 襖を開けて昨日会った少女と頬の辺りがカヘエに良く似た五歳くらいの少年が部屋に入ってきた。


「お初にお目にかかります。高田屋カヘエの長男、嘉門です」

「ちょうじょのおたつです。さんさいです」

「天ヶ瀬アマタです。これから此処でお世話になることになりました。よろしくお願いしますね」

「レイです。アマタの奥さんなの」

「レイちゃんってようせいさんなんですか?」

「あら、よくわかったわね?」

「こらっ、お龍。いきなり失礼だろう」

「構わないわよ嘉門君。此処にも妖精が苦手な人が居るなら、できれば伏せて欲しいけど……」

「ご安心下さい。高田屋では人種や門地による差別はありません」

「まあ、それは良かったわ。あたし達、それで里を離れなくてはいけなかったから……」


 嘉門君、何やら賢そうだな。両親の教育が良いのだろうか。


「妻の江風は友人に会う為に今外に出ていますが、帰ってきたら紹介しましょう。まずはお二人が泊まる為の離れを案内します。ついてきて下さい。おい乙羽、この子達もそろそろ手習いの時間だろう。連れて行って上げなさい」

「はいカヘエ様。二人共こちらへ。もうすぐ先生もいらっしゃいますからね」


 二人の子供は乙羽に連れられて部屋を出て行く。

 それにしても離れか。

 確かに若夫婦に与える部屋としては丁度良いが、これでは屋敷の中の様子を伺うのが難しいな。

 こちらの様子を探られないという利点も有るが、離れに仕掛けをされていては意味が無いし……。

 まあ良い。難しいことは後で考えよう。


     *


 俺達は与えられた離れで荷解きを開始していた。

 とはいえ荷物はごくわずか。着替えと当座の金くらいだ。

 俺達はあらかた着物をしまうと、乙羽さんが運んできてくれたお茶を片手に、窓から庭の様子を眺めることにした。


「素敵な離れねえ! ダーリン!」

「粋な造りだな。本当にこんなもの貰って良かったんだろうか?」


 離れは屋敷の庭の真ん中に有る。不用意な動きをすればすぐに見られてしまうだろう。

 とはいえ、定時連絡は身体を小さくして人目を忍ぶことができるレイちゃんの役目だ。そこまで心配しなくてもいいだろう。


「それにしてもカヘエさんって良い人っぽいわね?」

「だな。びっくりしたよ」

「お義父様の御友人なんですって?」

「そうらしい。なんでも部下だとかなんだとか……俺の名前も知っていたしね」

「ふうん……ねえ、ダーリン」

「どうした?」

「お夕飯まで少し暇らしいけど、この後どうする?」

「どうもこうもカヘエの奥さんが来るまではここでゆっくり待つのが良いんじゃないかな?」

「そうねえ……この離れってお屋敷の色んな所から見えちゃいそうだけど、逆に中は見えないようになってるわよね」

「まあそりゃ……この離れに隠し部屋が有るって感じでもないしな」


 レイちゃんはにやりと笑う。


「ねえ、ダーリン?」

「なんだ?」

「折角なんだからちょっと夫婦めおとらしいことでもしてみる?」

「あ、あのな、人間の世界では人様の屋敷の離れでいきなりイチャイチャし始めるのは非常識って奴で……」

「あら? 何考えてるの? えっちねえ」

「やめろっての! あまりからかうなよ!」

「うふふ、冗談よ。もうちょっとムードが有る時に……ね」


 マジか。

 マジか。

 

「それに……」

「それに?」

「床下に誰か居るわね……お龍ちゃん?」


 床の下がごそりと動く。


「やっぱりお龍ちゃんね」


 レイちゃーん!? 子供が居る時に何してるの!!


「かくれんぼならお姉ちゃん達も混ぜて欲しいなあ!」


 床の下でゴソゴソという音がしばらく続いたかと思うと、離れの扉が開く。

 その向こうにはお龍ちゃん。本当にかくれんぼしてたのか。


「なんでわかったのー? さいしょにかくれた時はあにうえもみつけられなかったのに!」

「何を隠そう。お姉ちゃんはかくれんぼの達人なのよ」

「すごーい! やろうやろう! かくれんぼやろー!」


 お龍ちゃんと楽しそうに話すレイちゃん。

 そんな姿を見ていると、子供の遊び相手になるお伽噺の妖精のようで、なんだか普段の血腥いことばかり言うレイちゃんの姿とのギャップが愛らしかった。

 人の親になるというのはどういう気持なのだろうか。


「ダーリン、ちょっとお龍ちゃんと遊んでくるわね?」

「ああ、行っておいで。怪我なんてさせないように気をつけるんだよ」


 ふと浮かんだ疑問は心の底に封じ込め、俺はレイちゃんを送り出した。

 まだ人斬りの気分になれない自分が居ることを、認めざるを得なかった。

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