第2話 魔剣相搏つ
柱を蹴り飛ばし棚へ跳躍、棚を蹴り飛ばし天井の梁へ跳躍。天井の梁を駆け回り、頭上を取りながら手近な侍の頭部を掠めるように斬りつける。
花火のように血飛沫がパッと散り、悲鳴が蔵の中に反響した。
すぐに槍や弓矢がこちらに向けて飛ぶが、突き出される槍は穂先から切り落とされ、頭上に向けて射かけられた矢は狙いが定まらない。
どちらも、今の俺には蝿が止まるような速度に見えた。
都合の良い夢だ。
「お
追う側から追われる側へ、大國長庵と宝屋は無様に蔵から逃げ出し始める。
侍達は俺を取り囲み、槍や
槍を、矢を、腕を、首を、殺気を、殺意を、命を、全てを切りつけながら俺は梁の上を走り、蔵の入口へと向かう。
「ダーリンすごーい! 何人斬るつもりなの?」
「何だこの力は? 俺は今まで刀なんて握ったことが無いのに」
「
「ふーん……それは納得したけど、それなら……」
「村正に魅入られたか! 覚悟せい!」
何時の間にか、背後から同じように梁に上った剣士が居たようだ。何やら叫びながら切りかかってくる。
俺は刀を逆手に持ち替え、相手の方を見ること無く、無造作に突き出す。
一際高い悲鳴が響いた。
「当てといてこんなこと聞くのも酷いけど、なんで当たるんだ?」
「それも
「そいつは便利」
「必中必殺は古今東西魔剣の標準仕様なんだから!」
「なるほど……ねっ、と」
すかさず左手の鞘で背後を薙ぎ払うと、確かな手応え。
どう、と人体が床に叩きつけられる音がした。
「そういや今の人さ、お前のこと村正って言ってたけど?」
続いて下から襲いかかる槍使いの侍。彼は今までの奴らよりも幾ばくか鋭い突きを繰り出す。
まず槍の穂先を断ち、同時に刀についていた先程の剣士の血を男の目に向けてふりかける。
男が視界を奪われたところで梁から飛び降り、槍諸共に一刀で切り伏せた。
「むっふっふ、良いこと聞いてくれました! この世界に合わせて無理矢理別の名前をつけられちゃったのよ! お父様ったらなんでこんなことしたのかしら」
「ふむ……成る程」
偽の名前を使うことで呪いを遠ざけたり力を封じようとする思想が有ったと聞いたことが有る。
明日、目を覚ましたら古典の先生に聞いてみよう。
「降りてきたぞ! 取り囲――」
「死ね」
真正面に居た侍の懐へ飛び込み、すり抜けざまに胴体を引き切る。
豆腐のような柔らかい手応え、遅れて響く悲鳴。
蔵の外まで後十歩。
「ひぃっ!」
「来るな!」
最後の関門となる筈だった二人の侍は武器を手放して蔵の外へと逃げ出す。
ほんの少し、それが興ざめだった。
*
ダインスレイブを右手に、鞘を左手に、俺は駆ける。
蔵から飛び出せば、そこには槍を持った侍が俺を囲むように待ち構えていた。
松明が煌々と輝き、黄色く丸い月の光と相まって、もはや庭の中は昼間と変わりない。
「やばいわダーリン」
「やばい?」
「あの人垣の後ろ、小さい女の子が居るでしょう?」
「ん……居るな」
レイの言う通り、女の子が居る。おどおどして、長庵の後ろに隠れている。
まさかわざわざ子供を連れてきたのか? こんな危ない場所に?
「あの子、ダーリンと同じようにプレシャスを使うわ」
「ぬっはっは! 遅かったな天ヶ瀬アマタ!」
「今までの奴とは違うってことか?」
「お主が何処のものかは知らぬが、当家で死蔵されていたプレシャスの力を引き出したことは事実!」
「油断したらダーリンとあたしでも危ないわよ、気をつけて」
「それを認め、ここで一つ取引をしようじゃないか?」
「あんな小さな女の子がねえ……」
「儂の部下となり、共にこの世の栄華を極めぬか? お主の腕、捨てるにはあまりに惜しい!」
「なあレイちゃん。切らなきゃ駄目?」
「別に? もうノルマは果たしてるし。でも、切らないと逃げ切れないわよ」
「……って、聞いておるのか? おい!」
「はいはい聞いてます! で、ノルマって何?」
「後で話すわよ。今はあっちの話聞いた方が良いんじゃないかしら?」
「ああそう、気は進まないけど……まあ夢だしな」
「ええい、また一人でぶつぶつと! 無視するでないわ!」
「え、ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてて……」
俺がレイちゃんと楽しく話していると長庵がまた怒り出した。
今更謝ったところで無駄だったらしく、俺の謝罪を他ならぬ長庵が無視して怒号を上げる。
「ええい、黙れ黙れ! 儂は無視されるのが一番嫌いなのだ! お
あんまりだ。俺だって無視されるのは辛いぞ。
「いいよ。
あんまりだ。別に俺を殺さなくたってお前は死なないだろうに。
「来るわよダーリン! 重ねて言うけど舐めてかかったら死ぬからね!」
「分かってる」
人垣の中からお
闇の中で煌々と赤く光る瞳、烏の濡れ羽色をした黒髪、病的なまでに白い肌。年の頃は中学生くらい。
赤い蝶の刺繍がされた黒い和服を着て、黒い彼岸花の髪飾りをしている。
右手には包丁のような見た目の短刀。
彼女は短刀をこちらに向け、涼やかな目元をすぅっと細める。
「僕は君に怨みなんて無いけど、
黒衣の少女、お
「――殺すね」
――瞬く間に俺の視界から消えた。
「鬼に逢うては鬼を斬り!」
背後からお
「魔に逢うてはその魔を断つ!」
頭上からまたも声。
咄嗟に身を躱せば、先程まで俺が立っていた場所にお
着地すると同時に、彼女はこちらに向けてまっすぐに駆けてくる。
「皆殺しだよっ!
彼女がそう言って嗤った瞬間、俺の全身を寒気が襲った。
分かる。今までの二撃は小手調べ、この突撃が本命だ。
そう思った時だった。
お
「ダーリン後ろ!」
レイの声で俺は咄嗟に前へ走り出す。
ジャージが後ろから切り裂かれる感覚。
振り返ったら切られていた。
再びノールックで背後に向けて
手応えは無かったが、気配がまた遠のいた。
「ふふ、すごいすごい! プレシャス頼りの雑魚だと思ってたのになあ!」
俺は立ち止まり、振り返る。お
こいつはやばい。楽しんで俺を殺しに来ている。
俺は目の前の少女に対する認識を改めることにした。
気は向かないが、やるしかないか……!
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