天ヶ瀬アマタの斬魔行路

海野しぃる

第一章 裁けぬ悪を裁く理由《ワケ》

第1話 魔剣一閃

「宙からいきなり現れるとは面妖な……天狗の類でございましょうか!?」

「何者だ! 名を名乗れ!」

「え……?」


 朝、目が覚めたら其処にはむくつけきちょんまげ男と腰を抜かしたおじいさん。

 ベッドは何処だ。布団は毛布は何処だ。そもそも此処は何処? こいつら誰?

 そうは思うものの、彼等の悪そうな顔と向けられた刀に対する恐怖から、俺は聞かれるままに答えてしまう。


「あ、あっ、あの、えっと、天ヶ瀬アマタです!」


 答えてから気づく。

 何かがおかしい。

 そもそも俺はお家でぐっすり眠っていた筈なのに、何故いきなり名前なんか聞かれているのだ。

 慌てて部屋を見回すと、日本史の教科書にでも出てきそうな和室に居ることに気づいた。

 武家屋敷かなにかだろうか。


「ほーう天ヶ瀬とやら! ここを金山奉行・大國長庵の屋敷と知っての狼藉か!」


 目の前には時代劇に出てきそうなチョンマゲの男が二人。

 一人は紋付袴の如何にも悪い顔をしたおじさん。

 もう一人はでっぷりと太った腹黒そうなお爺さん。

 どちらも明らかに俺を警戒している。

 それにしても……本当に武家屋敷なんだ。


「知る訳無いでしょうが!」 

「知らぬ?」


 紋付袴の男、大國長庵はにたぁと笑う。

 

「ならば良い……構わんな宝屋!」


 宝屋と呼ばれた老人も同じくにたぁと笑う。


「ええ、ええ。お代官様にお任せしますとも」


 恐怖に駆られ、俺は思わず後ずさる。

 足に何か固いものが当たった。

 俺は気になって見下ろす。


「こいつは……」


 小判だ!? しかも百枚は下らない! もしかしてここはいわゆる山吹色のお菓子ワイロの贈答現場か何か……?

 つまりこいつらは時代劇でいう悪代官&悪徳商人だねぇ! わかるとも!

 それならば次に言う台詞は決まっている。


「曲者だ! 出会え出会え! 殺さず捕らえよ!」


 部屋の四方のふすまが開け放たれ、日本刀や刺股さすまたを持った侍が次々現れる。

 おそらく、これは夢だろう。

 学校から帰った後にやっていた時代劇の再放送のせいで、俺は変な夢を見ているのだ。

 夢の中なのだから死んでも大丈夫だとは思う。

 だがだからといって死にたいだなんて思う奴は居ない。

 まだ出て来る侍の数が比較的少ないのは、俺から見て右側である。あそこから逃げよう。


「ふざけんな!」


 俺は着ていたジャージのポケットから小銭を取り出す。寝る前にコンビニに行ってきて、入れっぱなしにしていた小銭だ。寝る直前に服に入れたり持ったりしていたものは、この夢の中に持ち込めるらしい。


「これでも喰らえ!」


 そしてそれを右側から迫る刺股さすまたを持った侍に向けて投げつける。

 投げつけた小銭は迫る侍の目に直撃し、一瞬だけ隙ができた。


「目が! 目があ!」

「おのれ銭投げとは小癪な! 何処の岡っ引きだ!」

「待て! 岡っ引きの銭投げなら死んでいた。素人に違いねえ!」

「さっさと追い詰めろ!」


 俺はその隙に侍の横をすり抜けようとする。

 だが悲しいかな所詮は帰宅部の運動能力。俺の唯一の苦手科目は体育なのだ。 

 その侍はすぐに目を開けて俺に襲いかかる。このままでは捕まる。


「小僧! 観念しろ!」


 嫌なこった。

 侍が目を開けると同時に、今度はジャージのポケットに入れていたスマホのカメラを起動する。フラッシュが不運な侍の目を眩ませた。


「目があああああ!」


 今度こそ動きの止まった侍達。

 カメラのフラッシュに驚いたのだろう。


「なんだあれは!? まさかとやらか!」


 なにそれー?


「そうだ! これでも喰らいな!」


 俺は連続シャッター設定にしたスマホを彼等に投げつける。グッバイスマホ! 明日の朝にでもまた会おう!

 そのプレシャスが何かについては俺も全く知らないが、適当に乗っかっておくことにした。少しでも逃げる時間は稼げる筈だ。 

 俺は怯えすくむ侍達を背に、部屋の外へと飛び出した。


     *


 俺はまず真っ先に外に出ることを考えた。

 屋敷の中で何も知らない俺が逃げ切れると思えない。


「はぁ……はぁ……」


 俺は必死で走った。

 人の声がしない場所、しない場所へととにかく走り続けた。

 そして――


「……詰んだ」


 何故こんな事を言うかって? それは風が吹いてるし外に出られるかと思って障子を開けたら、なんと中庭に出たからだ。

 これでは逃げ道が無い。


「どうしよう……」


 空には黄色く大きな月、周囲には高い塀、鯉が泳ぐ池、無駄にでかい蔵が幾つも立っている。

 嗚呼、夜風が目に染みる。

 泣くな俺。これは夢じゃ、夢にござる。どうせ朝になれば忘れる夢にござる。


「こちらに逃げたぞ! 先回りした蔵番の奴らは何処に行った!」


 背後からは怒号が聞こえてくる。捕まればきっと只ではすまないだろう。死ぬよりつらそうだ。

 

「ええいままよ!」


 蔵の番人の姿が見えなくなったとか言っているし、こうなったらやるしかない。

 俺は隠れる場所を求め、追いつかれる前に蔵の方へと走り出した。


     *


「ラッキー……!」


 まさか、と思って確認してみると幸運にも蔵は開けっ放しだった。採光用に格子窓も幾つか有るおかげで、月明かりが差し込んでいる。これならば入っても問題ないだろう。

 俺は扉を閉めずに蔵へ入り込むことにした。そしてそこら辺の棚に並べられた葛籠つづらや桐箱を適当に開けまくってから、中の茶器や壺を壊す。

 こうすれば無くなったものが盗まれたのか壊されたのかで混乱して、確認せざるを得なくなる筈だ。そして蔵の中が荒れていれば捜索にも時間がかかる。

 何故時間をかせぐのかって? その間にこの広い蔵で俺は探しものをしなくてはいけないからだ。

 

「……有った!」


 探していたものはすぐに見つかった。

 刀だ。黒地に紫の蔓草模様で塗られた鞘。黒くて丸い鍔。柄に巻いてある組紐まで黒い。


「本当は短刀の方が良いんだけど……まあ贅沢は言えないな」


 こうなったら、不意打ちで人質を捕まえて、適当に逃げ出すしかない。

 正直此処から逃げるなど無理だろうとは思っているが、どうせ夢だ。終わるまでやるしかない。

 それに握ってみれば中々どうして手に馴染む。


「かっちーん! なーによ! どーせ使えもしない癖にー!」


 声が聞こえた。目の前の刀からだ。


「ん?」


 刀が喋った?


「まあどうせあたしを抜ける訳無いわよね~うんうん」


 刀が喋ったー!?


「あら? あらあら? そのリアクションもしかして聞こえてる?」

「だ、誰か居るのか……? 追われているんだ。頼むから静かにしてくれ」

「きゃー! やっぱ聞こえてる! 運命の出会いじゃない! お父様の言う通りだわ! ねえ貴方、お名前は? 何処から来たの? 流派はなぁに? ご趣味は? お見合いみたいねやだもー照ーれーるー! あたしはプレシャス・籠釣瓶村正ダインスレイブ! レイちゃんって呼んでね!」

「レ、レイちゃん?」

「ダーリンのお名前は?」

「俺は天ヶ瀬アマタ……って、ダーリン?」

「あたしの声が聴こえるんだもの! それはもうダーリンよ! あたしと貴方は出会うべくして出会ったのー! きゃー!」


 分かったぞ。

 この喋る魔剣、まともに付き合っていると時間がいくら有っても足りない。


「感動しているところ悪いが、話は後だ。今は追われていてな」

「そういうこと先に言ってよダーリン! もう! バカバカ! そんなところも可愛い!」

「何処か隠れられる所は無いか?」

「へ? 隠れる場所? 蔵に隠し部屋があるよー? そこの柱に有る隠し扉を開けるとー、縄梯子が有るからー、それで二階まで上っちゃいなよー!」

「そうか、ありがとうレイちゃん」

「きゃー! 名前呼んでくれたー! これはもう実質オッケーサインよねー!」

「それ何のオッケー?」

「もー、言わせるつもりー? ダーリンったらー!」


 こいつの扱い方が分かってきた。要するにこいつの気分に合わせないで、マイペースを保ちつつ、自分の求めることを伝えれば良いんだな。

 結構難易度が高いな!


「まあそれはともかく、まずはこの柱か……」


 俺が隠し扉の有るという柱に手をかけた時だった。


「そこまでだ盗人!」


 蔵の中にぞろぞろと侍が入ってくる。

 思ったよりもこっちに来るのが早い。予定だと屋敷中に人を分散させている筈だったんだが。

 俺の居場所を彼等に知らせた奴でも居るのだろうか?


「動くんじゃない! 神妙にお縄につけ!」


 狭い蔵の中。棚が乱立し、俺が散らかしたせいで足場も悪い。

 周囲には槍だの弓だの刺股さすまただの刀だの持った連中がざっと五十人。

 蔵の隅に俺を追い詰めるようにして、ぐるっと囲んでいた。


「可能な限り賊は生かしたまま捕らえよ! 拷問にかけて誰がけしかけたのか調べなくてはならんからのう!」

「ほっほっほ、お武家方! よろしくお願いいたしますぞー!」


 先程の大國長庵と宝屋が、蔵の入口で、二人並んで高笑いをしている。

 侍達の壁に隠れているせいか、先程俺が落ちてきた時に比べて更に余裕ぶった表情だ。


「しかし長庵様! あの賊徒! 蔵のぷれしゃすを所持しております!」

「ぬっはっは! 誰にも使えず、蔵の中に捨て置かれていた只の骨董品よ! 力を引き出せぬのだから、いかにぷれしゃすとて恐れるに足りぬわ!」

「むっかー! ちょっとダーリン!? 貴方の愛するハニーが侮辱されてるんですけどー!」

「愛するとは?」

「大丈夫よ! すぐにあたし無しじゃ生きていけなくなるんだから! 物理的に!」

「成る程、殺らなきゃ殺られるってことか」

「そゆことそゆことー!」


 確かに、この狭い室内で囲まれたこの状況は絶体絶命の危機だ。

 もしこの場を切り抜けようと思うならば、先程からこの夢の登場人物達が言うプレシャスとやらの力を使うべきだ。

 プレシャス、つまりこのスイーツ系女子っぽい言葉遣いの魔剣、もとい籠釣瓶村正ダインスレイブを使えと。


「小僧! 先程から一人で何をブツブツ言っておる! 」


 長庵は俺に向けて怒鳴る。

 おとなしく投降したところで生かして返してくれそうにない。

 侍達の構える弓が引き絞られている。

 射抜かれれば一溜まりもない。

 殺される。

 戦うしか無い。


「ダーリン、覚悟はできた?」

「ああ」


 籠釣瓶村正ダインスレイブを握る手に力が篭もる。

 そして抜剣を心に決めたその瞬間、腕が、口が、身体が、己の全てが己の制御を離れ――いや、違う。

 俺の中の何かが解放されたのだ。


籠釣瓶村正ダインスレイブ――抜剣!」


 抜き放たれる白妙の刃。

 号令を待たず、慌てて矢を射る侍達。

 狭い室内で雨のように降り注ぐ矢を、鎬で逸し、刃で断ち、峰で弾き、鞘で受け止め、それでも処理しきれない矢は近くの柱を利用して身を躱す。

 勿論、剣術の心得など無い。だが身体は羽根のように軽く、そして俺の願うように勝手に動く。

 俺には不思議とそれが出来て当たり前のことのように思えていた。


「バカな! 無傷だぞ!」

「射れ! もっと射るのだ!」

「無駄だ宝屋! 剣豪相手に飛び道具は効かぬ! 娘を、おまなを起こせ!」 


 狼狽える人々の悲鳴が心地良い。

 ニィ、と勝手に笑みが溢れる。

 俺は大國長庵に向けて駆け出した。

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