第3話 魔剣双克
「ふふ、すごいすごい! プレシャス頼りの雑魚だと思ってたのになあ!」
お
余裕のつもりか。殺し合いが楽しいのか。
「……さて、参ったな」
周囲は長槍を持った侍に囲まれた上、お
逃げることはできない。
「どうしたのお兄さん? 先手は貰ったし、次はお兄さんの手番で良いよ?」
俺は目の前の黒い和服の少女を無視してレイに話しかける。
「さっきはありがとう。レイちゃん。下手したら最初の一撃でやられてた」
「きゃはは! いーってことなのよー!」
「一つ聞いてもいいか?」
「なあに?」
俺は刀を真っ直ぐに構えながら、お
三歩よりも近づかれたら、先程のように姿を消した時に反応ができなくなる。
だが三歩よりも離れたら、今度は逆にお
この三歩の間合いを維持し、レイとの作戦会議を続けなくてはいけない。
「あのお
「違うわよ、多分」
「なに?」
お
しかし、先程の突撃ほどの殺気が感じられなかったので、その動きには応じずあえて待つ。
フェイントが通じないと見ると、お
「さっきから見ていると動きに少しずつフェイントを入れたり、短距離を全速力で走る特殊な体捌きを使ってるわ。いわゆる縮地ね」
「縮地?」
「急加速と急停止、そして闇夜に紛れる黒い服。人間の目の錯覚を誘い、まるで瞬間移動みたいに立ち回るの」
「成る程……良いことを聞いた」
乱れていた呼吸が整う。こいつと話していると調子は狂うが、調子が狂っている時は一周回って落ち着くみたいだ。
落ち着いてからお
「ねえねえ、さっきから聞いていたんだけど……もしかして君って自分のプレシャスとお話しているの?」
「お前も聞こえるのか?」
「あははは! おかしいの!」
「何がおかしい?」
「僕はそういうの好きじゃないなあ……だって君みたいになりたくないし?」
「なに?」
「君、すごい勢いで刀に飲み込まれてるでしょう? なまじ声なんて聞こえるからそうなるんだよぉ?」
「俺が、飲み込まれているだと?」
「あははは! なーんにも知らないんだー! かわいそー! かわいそー!」
お
あの蔵で
だけど、
それにこれは夢だ。朝になれば記憶も曖昧になるのに、一々気にする必要は無い。
「これお
「はーい! ちょっと待っててね、
再びお
今度こそ見逃すまい。俺は彼女の姿を
「行くよ?」
だがそれでも、お
殺気を感じる前に、俺は
これは当てずっぽうだ。
「遅いよっ!」
すると左側から急にお
俺は咄嗟に左手で持ちっぱなしだった鞘で、お
「暗殺秘剣――」
その瞬間、お
「――
お
そして愕然とする俺目掛け、
「鞘を踏み台にしただとぉっ!?」
「ダーリン危ないッ!」
「死ぃ――ねっ!」
三つの声が重なる。絶体絶命。
だがその時、一陣の風が吹いた。
折しもよく晴れた夜のこと。
一日中太陽に照りつけられ、よく乾いていた庭の土は風で舞い上がり、俺とお
「きゃっ!?」
その結果、揺れる鞘の上で、お
勿論、土埃で視界を奪われたのは俺だって同じだ。
俺も、お
手に肉が裂ける柔らかな手応え。
耳に絹を裂くような悲鳴。
「ば、バカな! お
視界が開けると、俺の足元でお
打刀である
「くっ!」
お
むせ返るような血の香り、荒い呼吸、蹲って隠している腹のあたりに深手を負ったか。
俺は少女の首元に刃を突きつける。
「命までは取らない。俺をここから逃がせ」
「逃が、せ? どういう……こと?」
「武器を捨てろ、お前を人質にしてここから逃げる」
お
「この傷じゃ、多分無理だよ……だって途中で死ぬもの。見せられないけど、
お
「あーあ、こんな……殺られ方するなんて酷い話だよなあ。僕、まだ、十二……」
子供らしい口ぶりが逆に痛々しい。
「喋るな、傷が開く」
「お兄さん、優しくしてくれるなら、このまま此処の人を殺さずに逃げてくれないかな。ちょっと変かもしれないけど、家族なんだ」
「善処する」
「ふふ、嬉しい。ついでにさ……」
お
「楽にしてくれるともっと嬉しい」
「……」
「この家さ。田舎の貧乏な
「……良い、喋るな」
「僕も本当は売られてきた子でさ。
蹲ったお
コヒューという空気の抜ける音もする。
あまりにも嫌な夢だ。
「……分かった。もう良い」
俺は刀を振り上げる。
「ありがとね」
「礼を言われる筋合いは……」
「ダーリン何か変!」
「えっ?」
何時の間にか、お
「本当にありがとう! 僕に騙されてくれて!」
お
俺も反射的に刀を振り下ろすものの、今からでは回避できない。
このままでは相打ち。そう思った時だった。
「お
大國長庵が俺達の間に割り込む。まさか、娘が俺に不意打ちをかます為に一芝居打っていたのに気づかなかったのか!?
「なに!?」
「
かくして、二振りの魔剣が一人の男を切り裂いた。
「やだ……
「逃げろ……今のお前では……」
それだけ言うと、大國長庵は目の前で事切れた。
思いもよらない事態に俺を含めその場に居た全員が動揺する。
「長庵様!?」
「長庵様が死んでおられるぞ!」
「なんであんな橋の下から拾ってきたような娘の為に!」
「やってられるか! 俺は降りるぞ!」
「俺もだ!」
周囲を囲む長庵の部下達、そして宝屋は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。
お
「僕が……
ここで目の前の少女にトドメを刺すのは容易い。
だがここから逃げ出す為に、それをする必要は無い。
「行け、父親の遺言を守れ」
俺は刀を鞘に収める。
少女は俺に明確な憎悪の篭った一瞥を投げかけた後、逃げ出そうとして足を止める。
「なんだ?」
お
歩けるとはいえ、やはり彼女の黒い和服は大部分が血で赤く染まっている。
「……別にお兄さんが悪い訳じゃないよね」
「そうだな」
「じゃあ、今回は僕からお兄さんに貸しておく」
「ところでさ」
「なに? さっさと医者の所に転がり込みたいんだけど」
「さっきの話、どこまで本当なんだ?」
「君に答える義理は無いよ」
そう言って彼女もその場を立ち去った。
「ダーリン……?」
レイちゃんがバツの悪そうな声で俺を呼ぶ。
理由は分かっている。
「どうした? ああ、さっきのことなら気にするな」
「気にするなって?」
「俺が飲み込まれているだの、声が聞こえるのが危ないだのって話だ」
「……えっと、さっきはバタバタしてたから話せなくって……」
「だから気にするなって」
きっと、それだけではないことは分かる。
最初にレイちゃんとした会話から、彼女が話すことのできる相手は今まで居なかったのだろう。
だから、気にはしない。
それにどうせこれは夢なのだから。
「さて、そろそろ起きる時間みたいだな」
ゆっくりと視界がぼやけていく。
レイちゃんが何かを言っているのは分かったが、もう俺にはそれが聞こえなかった。
俺の意識は闇の中へと飲み込まれていった。
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