第16話 魔剣・断竜之尾返《タツノオガエシ》

「さーて、とっとと行け! 逃げるなら今しかねえぞ! 俺が飛び出したら後は混乱に乗じて好きに走るんだ!」


 地下の岩牢を駆け巡り、閉じ込められていた囚人の牢を次々破壊する。

 この中の何人が逃げられるかは分からないが、それでも閉じ込められたままよりはマシだろう。


「アマ兄、こんなことしている暇有ったら急いで逃げないと囲まれない?」

「囲んだ奴は皆ぶった切る」

「私、まだ包丁正宗ティルヴィングが無いんだけどなあ」

「すぐに探す」

「おまなちゃん、包丁正宗ティルヴィング探すなら手伝ってあげましょうか?」

「良いの?」

「だってここまで来たら協力するしか無いでしょう? プレシャス同士は引かれ合うって言うし、きっと見つけるのも早いわよ」

「嬉しいなあ! レイ姉は探す当てが有るの?」

「あたし、さっきまで鳥居がプレシャスをコレクションする為の蔵の中に居たのよ」

「もしかして其処にあったの?」

「いえ、それが見当たらなくって……でも気配は近いのよね」

「本当!? 僕もぼんやりとしか分からなくって……」

「二人共! 外出るぞ! レイちゃんは周囲の警戒を!」

「気をつけてダーリン、プレシャス使いの気配がするわ!」

「分かった。おまなは無茶せずに俺の後についてこい」

「安心して。剣を持って無くても剣技はそのままだから」


 おまなは死んだ牢番の持っていた脇差を奪い取り、構える。

 俺達は牢の外へと一気に飛び出した。


     *


「おーう! 来たか来たか!」


 岩牢を飛び出した俺達だったが、出迎えたのはたった一人だった。

 髷を結った身長2m超の大男。刀も槍も何も持っていない。

 大勢に囲まれるとばかり思っていたが、こいつ一人で俺達を押さえ込むつもりなのか。


「あっ! あいつ!?」


 おまなが憎々しげに男を睨みつける。

 成る程、奴が鳥居常右衛門か。それならばこいつ以外誰も来ていないのには納得だ。


「おうおう! 何時ぞやのチビ助じゃあねえか! あの岩牢はどうだった? 暇してなかったか? 子供の相手は趣味じゃないから呼ばなかったが、暇してなかったか心配してたんだよ」

「黙れ下種野郎……ぶっ殺してやる!」

「なんだ? なんで怒っているんだ? ああー、あれか。岩牢の女を使っていたことか? そうか、あれは子供には刺激が強すぎたなあ! 悪かった悪かった!」

「違う!」

「あー、あれか。わかったぞ。まさかあの女が首をくくる程嫌がられるとは思わんかったのよ! すまん!」

「この――っ!」

「待て」


 俺は飛びかかろうとしたおまなを抑える。


「お前が鳥居常右衛門だな?」

「おうっ! お前さんは誰だ? 叔父貴があの岩牢に閉じ込めてた狩人かなにかか?」

「そうだ。お前の叔父は今殺して来た」

「そいつは困るな。俺の罪を揉み消してくれる人が居なくなる」


 常右衛門はケラケラと笑う。


「心配しなくても良い。お前がこれから罪を犯すことは無い」

「ほう? 何故だ?」

「お前はここで死ぬからだ」

「……ほーう? 面白いこと言うじゃねえか」

「精々あの世で鳥居庸蔵の肩でも揉んでやるんだな」

「野郎の肩なぞ揉んでもつまんねーよ。野郎はぶっ潰してこそだ」


 そう言って常右衛門は四股を踏む。


「成る程、猛獣と言われる理由が分かったよ。マジで素手でやりあうつもりか」

「死合は素手に限る。サクッとやるぞ。そろそろ酒と女が恋しくなってきた。お前を殺したら、次はそこのおまなだ。そのガキは殺す方が楽しい」

「やらせねえよ」


 俺は籠釣瓶村正ダインスレイブを構える。

 常右衛門が服を脱ぎ捨て、褌一丁となる。

 その全身には生首を抱える蛇という禍々しい彫り物がされている。


「――抜剣、籠釣瓶村正ダインスレイブ!」

「――憑依、生首蛇ファフニール!」


 籠釣瓶村正ダインスレイブに紫色の光が灯る。

 常右衛門の全身の刺青が彼の表皮の中でうごめく。

 俺達はほぼ同時に走り出した。


「死んでもらうぞ」


 先手を取ったのは俺。左手に持った刀の鞘を繰り出し、右手で常右衛門の心臓めがけて突きを放つ。


「ぬっふうん!」


 常右衛門は鞘を右手で受け止め、刀を左手で払いのける。

 俺は鞘を捨て、払いのけられた勢いを利用してその場で回転し、水平に切り払う。


「ぬがあああああああああ!」


 常右衛門は両腕を使って俺の刃を受け止める。


「久し振りだぞ! 俺の肌に傷をつけることができた奴は! 名前は?」

「天ヶ瀬アマタ……剣客だ」


 常右衛門の腕から薄く血が滲む。

 馬鹿な、籠釣瓶村正ダインスレイブの一刀を受けた癖にこの程度で済むのか?


「そうかぁ! やっぱ面白いなあ! プレシャス持ち同士の戦いって奴はよぅ!」


 俺は思わず飛び退く。

 常右衛門はニヤニヤと笑いながらもう一度四股を踏む。


「やろうぜ。まだあんたも満足しちゃいないだろう? 俺の本気って奴を見せてやるよ」

「なに?」


 その瞬間、目の前の常右衛門の背中が隆起して2m程の竜の翼が伸びる。


「レイちゃん、おまなを連れて包丁正宗ティルヴィングの回収を!」

「分かったわ!」

「アマ兄はどうするの?」

「俺はこいつを喰い止める!」

 

 籠釣瓶村正ダインスレイブを構えて、常右衛門を睨む。

 レイちゃんとおまなは屋敷の中に駆けていった。


「へへっ、中々格好良かったぜお前さん」

「そういうお前こそ、大人しく通してよかったのか?」

「いやなに、こっちとしては女が居ない方が好都合でな」

「なに?」

「女相手には使わないと決めてるのよ。この生首竜ファフニールの真の力はなあ!」


 常右衛門の腰から太い尻尾が生え、吐息に紫色の煙が混じる。

 肌の鱗は黒く染まり、常右衛門の骨格が徐々に蜥蜴に近いものに変わっていく。


「させるかよっ!」


 全速力で駆けて、突きを繰り出す。

 常右衛門は身体を捻ってその尾で俺の身体を弾き飛ばす。

 真横から直撃した竜の尾は、丸太のごとき太さで俺の体を内側から揺らす。

 派手に吹き飛ばされて奉行所の中へと叩き込まれる。


「ひいいい!? 常右衛門様か!? 庸蔵様はどうして乱心なぞしたのじゃ! 常右衛門様がまた暴れてるというに!」

「おい! 昨日庸蔵様が地下牢に閉じ込めた男だぞ!?」

「ええい、常右衛門様だけでなく脱獄囚まで!」


 起き上がると奉行所に詰めていたらしい下働きの男や奉行所に務める侍が腰を抜かしている。

 こいつらに構っている暇は無い。


「天ヶ瀬アマタ!」


 全長4m程の四足の竜の姿となった常右衛門が部屋に入ってくる。


「ひぃっ!? 常右衛門様だ!」

「お、おやめくださ――」

「邪魔だ!」


 たまたま進路上に居たドワーフの下男が蹴り飛ばされて壁に叩きつけられる。

 それが合図となって奉行所の中に引きこもっていた男達は部屋から逃げ出した。


「随分と男前になったな、常右衛門」

「男に言われても嬉しくねえ」


 全身から力を抜く。

 呼吸は最小限。毒の効果かわからないが、指先が痺れてきた。

 可能な限り毒を吸う量を減らし、一撃で勝負をつけなくてはいけない。


「なあ、アマタよ」

「なんだ?」

「おかしいと思わねえか? あのおまなってガキよ」

「……分かるぞ。彼女は大國長庵の命令で、散々人を斬って回った。とんでもない悪党の癖に、その自覚が無い。そう見えるんだろう?」

 

 常右衛門の表情がパッと輝く。


「ほう……話せるじゃねえか、お前さん! ずっと妙だったんだよなあ、親切だった女が首を吊ったからって、まるで普通のガキみたいにぎゃあぎゃあ喚き散らしやがる。人殺しなら人殺しらしくしろっての」

「確かに……それも間違っちゃいないな」

「だろ?」

「だけど俺にはそんな彼女の姿が希望に見えるんだ」

「なに?」


 呼吸を整え、刀を上段に構える。

 

「だってほら、彼女はまだ子供だろう? もしかしたらって思いたくなる。変われるんじゃないか夢見たくなる」

「馬鹿言えよ。あいつは血に飢えた獣だ。俺やお前と変わらねえ」

「そうか……」


 沈黙。

 おそらく勝負は一瞬だ。


「お前は確実に仕留めてやる。それが礼儀だ」


 四足の竜となった常右衛門の翼は、一瞬だけ液状になった後、鋭い槍のような形態に変化して、こちらを狙っている。

 油断すれば一突き。そうでなくても時間をかけていれば毒でやられる。

 痺れは指先から肘のあたりまで広がっていた。


「じゃあ俺も、一撃で決める。最低限の礼儀だ」

「来い。天ヶ瀬アマタ」

「行くぞ、鳥居常右衛門!」


 畳を蹴って駆ける。

 常右衛門の背中の触手は、二枚が同時にこちらに向けて突きを繰り出す。

 

「暗殺秘剣――足譚」


 槍の如き触手の上に飛び乗り、そこから更に跳躍する。

 これが結果として良かった。

 常右衛門は俺が触手の上に飛び乗った瞬間に防御しようと身構えた。


「その技なら知ってるぜ!」


 本来、おまなの使う足譚は敵の獲物に飛び乗った瞬間に斬りかかるものなのだろう。

 だが俺は彼女程身軽でも器用でもない。

 結果、俺は常右衛門の虚を突く形で、彼の背後まで跳躍することができた。


「――何!?」

「悪いな、猿真似にすぎない技だからさ」


 仕留めるならば今だ。

 振り返る暇は無い。

 

「魔剣――断竜之尾返タツノオガエシ


 俺は籠釣瓶村正ダインスレイブを逆手に持ち替え、背後の常右衛門を突き刺す。

 体重をかけ、着地の反動を活かし、籠釣瓶村正ダインスレイブの必中の呪いを利用した背面刺突。

 それは、相手を見ることもなく、直感だけで突き出した刃。

 されどその刃は、四足の竜となった常右衛門を、その背中の触手の根本から貫いていた。


「こっちが、俺の技だ」


 そのまま身体を捻って常右衛門の身体から籠釣瓶村正を引き抜く。

 吹き上がる鮮血。心臓を貫いたらしい。


「何故……分かった?」


 常右衛門は何故俺が翼の根本を迷わず貫いたのか、分かっていないらしい。


「冥土の土産に教えてやるよ。自在に変形できるってことは、それだけ柔軟だってことだろう。それなら刃だって通るに決まってる。硬い鱗の数少ない隙だよ」

「ははっ……言われてみりゃあ、その通りか」


 背後で巨体が崩れ落ちる低い音。

 

「馬鹿め。また、つまらんものを斬っちまった」


 俺はそう言って刀を振って血を払う。

 悪党には違いなかったのだが、不思議と嫌いになれない男だった。


「アマ兄ー!」

「ダーリーン!」


 廊下の奥の方から包丁正宗ティルヴィングを持ったおまなとレイちゃんが駆けてくる。

 どうやら無事に回収ができたらしい。


「もしかして常右衛門を倒したの!?」

「まあな」

「すごいわダーリン! 新たなるドラゴンスレイヤーの誕生ね! 愛刀ハニーとして鼻が高いわ!」

「もっと褒めていいぞ。正直自分でもなんで勝ってるのか分かっちゃいないけどな」


 さて、後は脱出するだけだ。

 そう思ったその時、奉行所の屋敷全体が大きく震えた。


「なんだこいつは……」

「見に行くわよ!」

「オッケーレイ姉!」


 自分を置いて駆け出した女子二名に続く形で、俺も走り出した。

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