第15話 柳沢左馬之助の憂鬱

 アマタ君が捕まったと報告が来たのはまだ朝早い時間のこと。

 この私、幕府天文方ウラニボリ局長である柳沢左馬之助が登城する直前でした。


「にゃーあ! どうするんですかボス! お気に入りの新人君が殺されちゃいますよぅ!」

「落ち着きなさい、おミケさん。慌てることはありません。狩人町奉行の鳥居庸蔵ならば私に伝手つてがあります」


 報告に来たのはお宿ねこまたで働くおミケさん。

 念の為に彼女にアマタ君を見張らせていて正解でした。


「伝手ですかぁ?」

「ええ、鳥居は私の友人です。彼の父には、私がまだ若い頃に儒学を習いました」

「にゃんと! そのような間柄で!?」

「父親に似ず性格と趣味が悪いから友人少ないんですよね、彼」

「確かにそれならば……」

「普通に頼んだのでは駄目でしょうね。彼もコレクターですから。仮にアマタ君を解放しても籠釣瓶村正ダインスレイブが帰ってきません」

「むむ……」

「それにあの男、今頃は隠し牢にアマタ君を入れて、書類上では無罪放免扱いにしていることでしょう。私が聞いたとしても知らぬ存ぜぬで通してしまうに違いありません」

「ではどうなさるおつもりなんですか?」

「おミケさん。落ち着きなさい。お気に入りの新人はこの程度でどうこうなる男ではありませんよ」

「にゃ……! 私はただ……見張りの仕事をしてただけで……」


 おミケさんはアマタ君に情が移ってしまったようですね。

 それで良い。

 何せ私はその為に彼女を使っているのだから。


「はは、まあそこは深く問わずにおきましょう。アマタ君に関しては必ず助け出しますから安心なさい」

「誅手を動かすのですか?」

「牛刀をもって鶏を割く必要は有りません。鳥居の如き俗物、いくらでも手の打ちようは有ります」

「へ? でも、ボスのご友人では……」

「我々は正義の味方ではありません。卑劣であっても使える手段は使うべきだ」

「にゃあ……」

「それにアマタ君を拾ったのは私です。こうなった以上、責任は取りますよ」

「そう言うんだったら、そうするけどさ……手伝わなくて良いんですか?」

「お願いします。貴方の能力は便利ですから」

「うみゃみゃあ! 分かりました! 一体何を手伝いましょうか?」

「アマタ君の脱出を助けてあげて下さい。それと……」

「それと?」

「まあこちらは後で話します。帰りは駕籠を呼んでいますので、裏口からこっそり出て下さいね」

「わかりました。ちゃんと呼んでくださいよ?」

「ええ、頼みましたよ。それではまた」

「はーい!


 こうしておミケさんはお宿ねこまたへ帰っていった。

 ええ、これでいいのです。此処から先は私が仕事すべき領域だ。


「どうしたものか……いや、為すべきは決まってるか」


 鳥居め、無実の罪でアマタ君を陥れたつもりなのでしょうが、本当にアマタ君が松平万作を殺したと知ったらどんな顔をするのでしょうか。

 

「ま、彼がそれを知ることは無いんですけどね。ふふっ」


 さてさて、それでは少しばかり悪巧みワタシノシゴトを始めるとしましょうか。


     *


 鳥居が私に連絡を寄越したのは昼間のことでした。

 こちらからどうやって怪しまれず接触しようか考えていた折のことです。

 彼は私に見て欲しいプレシャスが有ると言ってきたのです。

 このチャンスを逃す手は有りません。

 その日の夕。エド城の天文方ウラニボリのオフィスから、私はそのまま鳥居様がいらっしゃる奉行所に招かれました。


「いやはや鳥居様、随分と急でしたね。お屋敷の方に行くべきかと思ってましたが」

「屋敷は妻が居るからのう」

「お互い入婿の身は辛いですな」

「はは、全くだ。今回は急ぎでな。是非とも貴方様に鑑定してもらいたいものがあるのだ」

「ほう……何やら重要そうな御役目ですな。そんな仕事に私のような一介の学士を呼んで頂けるとはありがたい」

「ご謙遜を! エドに柳沢殿程プレシャスにお詳しい方はおらぬよ。我が父、かつて大学頭を努めた鳥居術斎もプレシャスと言えば貴殿と言っておったからのう」

「ああ、術斎様ですか。あの方にはお世話になりました。かつては儒家の教えについて夜更けまで語らったものです」

「柳沢殿、まずは宴席を設けましたので、今宵はどうぞごゆるりと泊まっていってくだされ」

「おや、宴席ですか。それは楽しみですな。ですがその噂のプレシャスを先に見せていただけないでしょうかね」

「おやおや……お好きですなあ?」

「いやなに、鳥居様程では」


 鳥居様と私は声を合わせて笑う。

 彼とこうして笑うのも今日が最後でしょうか。


「ささ、こちらに。儂の集めたプレシャスを保管してある故」


 鳥居様の案内で向かう先は、奉行所の中に有るプレシャスを保管する蔵。

 思う通りの展開です。


     *


「これを見てもらいたいのじゃよ」


 紫がかった蔓草の装飾された黒い鞘。

 そして柄に施された蓮華の彫刻。

 私が見たものと同じです。


「ふむ……この拵えは籠釣瓶村正ですね。中身がすり替えられでもしていない限り、これは籠釣瓶村正だ」

「やはりそうか! 儂の持つ本に書いてある村正とそっくりだと思っておったわ!」

「強いプレシャスの力も感じます。ほぼ間違いないでしょう」


 鳥居は少年のように喜んでいて、見ているだけでこちらも楽しくなってきます。

 ですが、その村正は我が大望のための重要なピースです。

 貴方に渡す訳にはいきません。


「また一つ、コレクションが増えましたな」

「いやあ素晴らしい! 魔剣と名高き籠釣瓶村正が手に入るとはのう!」

「羨ましいですね。何処で手に入れたので?」

「最近ひっ捕らえた狩人が持っておったのよ。このようなものをぶら下げた連中が町を歩いているとは世も末じゃな!」

「なんと……真で?」

「うむ、街の噂が岡っ引きから入ってきてのう。喧嘩をした狩人が持っている刀の特徴を聞いてピンと来たから調べてみればこれよ」

「只の狩人ではないのでは?」

「それが調べてみたところエゾの生まれらしくてのう。今、秘密裏に使いの者をエゾに送って調べさせておる」


 やはり調べているのか。

 さっさと殺すしかありませんね。

 私や誅手の組織について知られてはです。


「その手のことは新撰組にまかせてはいかがですか? 貴方は狩人町奉行でしょうに」

「いんや、そうもいかぬ。徳川の世を守る為には一人一人が最善を尽くさねばならないのよ。例え法に触れるようなことであってもな」

「法に触れる……それは貴方様の甥にあたる常右衛門様のことでしょうか?」


 鳥居庸蔵の甥の常右衛門は非常に凶暴な男だと知られている。

 定期的に人を斬らねばならず、乱暴すぎて遊郭からは追い出され、月に一度は深酒をして暴れるような粗暴な男です。

 とはいえべらぼうに強いので、狩人町で騒ぎを起こした狩人相手に駆り出され、狩人町の奉行所では重宝される男でもあります。


「奴もな……武芸者としては並外れているのだが……身内の恥じゃわい」

「まあまあ、あのお方もプレシャス使いを取り締まる為には必要な力でございましょう」

「うむ、その通り。さすが柳沢殿じゃ」


 ここだけの話、私は民草を踏みにじる行いとか嫌いですけどね。


「そうでしょうか?」

「下々の者が犠牲になろうとも国こそが第一よ。儂は町奉行として、徳川の世を乱す一人の極悪犯が野に放たれるくらいなら、十人の無辜の民を牢に入れる覚悟じゃ」

「全くですね……」


 全く、これだから恨まれるのですよ。分からない訳ではなかろうに。

 まあそれはそれとして、どうせ彼は死ぬ訳ですし、いくつか情報を聞き出しておくとしましょう。

 町奉行である彼の漏らす話は役に立つものですから。


「常右衛門様と言えば、この前もプレシャス使いの童女を捕まえたとか?」

「ああ、散々じゃったよ」

「散々?」

「捕まえた女が子供だから気に食わんと言う割りには、斬りあった後だから女は欲しいとうるさくてかなわん。己の部下が死んだ後とは思えん。獣じゃ、奴は獣じゃ」

「お身内でしょうに。あまり悪く言うのも可哀想ですよ」

「あんなのを甥に持ってみよ。やってられなくもなるわい」

「はははは」

「そもそもプレシャスなぞこの世に無い方が良いのじゃよ」


 またその話か。


「プレシャスコレクターと知られる貴方らしくもないお言葉だ」

「プレシャスは人に過ぎた力よ。儂がプレシャスを集めるのも、それらを封印して誰にも使えぬようにして、世を平穏にしたいが為よ」


 鳥居は淋しげに呟く。

 その言葉に嘘は無いのだろう。

 だが、貴様のやり方は歪んでいる。

 そんなやり方で得られるものは無い。


「ふむ……」

「のう柳沢殿や。これはあくまで噂じゃが、何やらこのエドの街に中つ国ミッドガルズから来たというプレシャス使いが潜んでおるらしい」

「なんですって?」

「奉行所や新撰組も詳しいことは分かっておらんが、どうも手下の岡っ引きがやけに異界の知識に詳しいプレシャス使いが居ると言っていてな」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「まだ捜査中じゃ。追って伝える」


 ふむ……これはアマタ君のことか。

 それとも別の誰かか。

 この男を殺して、その魂から岡っ引きの情報を手に入れ、岡っ引きを上手く買収してやるとしましょうか。


「楽しみにしましょうか……ところでこちらの籠釣瓶村正ですが……」

「なんじゃ?」

「独自に研究した結果、面白い資料を見つけておりまして」

「なに?」

「こう握って貰うと分かるのですがね――」


 私は籠釣瓶村正を手にとって、鳥居に柄を握らせる。

 そして囁く。


「――この籠釣瓶村正、プレシャスとしての真の名はダインスレイブというのですよ」


 私は鳥居に籠釣瓶村正を握らせたまま、僅かに刀を抜かせる。


「がああああああああっ!?」


 鳥居は悲鳴を上げてその場に蹲る。

 その右手は籠釣瓶村正を固く握ったまま。

 どうやら私の狙い通りですね。

 既にプレシャスを持っている私では名前を教えられた所で扱えませんが、他の人に持たせてその名前を教えれば、擬似的な能力の解放が行える。

 そして籠釣瓶村正、ダインスレイブとは呪われし魔剣。


「がっ! ああっ!? 柳沢殿! 何を、一体何をした!?」

「おや、何か有ったのですか?」

「切りたい! 斬りたい! 伐りたい! 斫りたい! 何がなんだかわからぬが無性に! 馬鹿な、何故儂がプレシャスを使える!? 何故お主がこのプレシャスの名を知っておる!? おかしいぞ、何もかもおかしい! 何もかも――」


 ビクンと鳥居の身体が大きく震える。

 

「――ふふ」


 鳥居は立ち上がり、籠釣瓶村正をこちらへと向ける。

 困りましたね。プレシャスの力に飲まれてもらうつもりでしたが、真っ先に私が狙われてしまいました。

 絶対絶命? いえいえ、ここからが私のはかりごとです。


「鳥居様! 如何なさいましたか!」


 鳥居の悲鳴を聞いて、この屋敷の下働きのものが慌てて飛び込んできた。

 ドワーフの男ですね。申し訳ありませんが彼には犠牲になってもらいましょう。


「くふははははは! 斬らせろ!」


 鳥居はドワーフの男に飛びかかって斬りつける。

 屋敷中に悲鳴が響き渡り、蔵の外はにわかに騒がしくなる。


「人だ! 人が大勢いる! いかんぞ! これはいかん! 大勢斬れるではないか! くははっはははっ!


 それに反応して鳥居は更に駆け出していく。

 完璧ですね。

 私はそんな背中を見送りながら、息を思い切り吸い、叫びます。


「鳥居様がご乱心! ご乱心あそばされました!」


 屋敷の中はドッタンバッタン大騒ぎ。ウェルカムトゥーようこそキリング・フィールドですね。

 私は蔵の中に身を隠したまま、外の様子を見物です。


「ちょっと、貴方」


 振り返ってみると、そこには金の髪と蓮華の髪飾りをつけた妖精が居ました。

 籠釣瓶村正ダインスレイブの妖精レイさんです。

 

「これはお久しぶりですね」

「なーにがお久しぶりよ。やっぱり胡散臭いわね。でも助かったわ。お陰でダーリンの作戦も完成した訳だし」

「作戦? なんですそれ?」

「何が有ってもお前は俺の刀だって言われたのよ。それってつまり……こうやって鳥居を操ってダーリンの逃げる隙を作れってことでしょう?」


 ほう、私と同じことをアマタ君も考えていたのですか。


「成る程。タイミングはわからないですが、鳥居が籠釣瓶村正に触れる可能性は高い。それに賭けたんでしょうね。あの時、宿で戦わない為に……わざわざ……」


 良い子ですね!! 感動しました!!


「そういうこと。じゃ、あたしはダーリンの下に行くわ。ついてくる?」

「いえ、私は別にやりたいことがあるので。また後で会いましょう。逃げる時は屋敷の裏手、北の方に助けを用意してあるとお伝え下さい」

「分かったわ。ありがと」


 レイちゃんはそう言うと私に向けてウインクして姿を消した。

 私がやりたいことが何かって?

 

「……おミケさん」


 私がそう呟くと蔵の暗がりから音もなくおミケさんが現れる。


「この蔵のプレシャス、全部持っていって下さい」


 さあ、楽しいことを始めましょうレッツ・メイク・サム・ノイズ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る