第14話 狂わにゃ人も斬れんのか

 一先ず鳥居を斬ることには合意したものの、具体的な策が有る訳ではない。

 何か脱出の為の手立ては有るのかをおまなに聞いてみることにした。


「ふふふ、アマ兄。よく聞いてくれたね。僕も別に無為無策でここに閉じ込められていた訳じゃないんだよ」

「と、言うと?」


 おまなは何が嬉しいのかフフと笑う。


「その気になれば、僕は牢を突破できるんだ」

「なに?」

「でも僕一人じゃ抜け出した所で即座に見張りやこの屋敷に居るプレシャス使いに囲まれて殺される。それにその後にどうすれば良いという当ても無い。だから今まで黙っていた」

「プレシャス使いが居るのか?」

「居るよ。鳥居庸蔵の甥っ子で、僕を捕まえたプレシャス使い。鳥居常右衛門って奴」

「強いか」

「強い。奴は刺青型のプレシャス生首蛇ファフニールを所持してて、自由に竜へと変身できる。怪力や猛毒、固い皮膚に飛行能力まで有るんだ」

「ふむ……」


 だったら簡単な話だ。


籠釣瓶村正ダインスレイブさえこの手に戻れば、間違いなく俺が斬ろう」

「さっすが!」

「それで、お前の考えた脱出の策ってのはなんだ?」

「僕の包丁正宗ティルヴィングの能力を使う」

「能力?」

包丁正宗ティルヴィングには三回まで使用できる小規模な願望器としての能力が有るんだ。それで包丁正宗ティルヴィングを取り戻し、文字通り道を切り拓くんだよ」

「ほう……単純だが良いアイディアだな。だが使用回数は何回残ってるんだ? そんな便利な能力が有るのなら……」


 そんな能力が有ったのか。

 最初に出会った時、使われていたら危なかったな。


父上パパの立身出世に使う金の調達に一回、僕自身の剣技の上達に一回、使用回数はまだ後一回有る」


 成る程、使用回数が残り一回だから出し惜しみしていたのか。


「そんなものを使って良いのか?」

「僕なりのケジメだよ。一度はアマ兄を騙して殺そうとした僕が、アマ兄と行動する為には、それくらいしなきゃ駄目でしょう? それに、アマ兄が籠釣瓶村正……じゃなくてダインスレイブを奪われて此処に居るなら、もしかしたらそれも取り戻せるかも」

「どういうことだ?」

「プレシャスとその担い手は強いえにしで結ばれている。だから包丁正宗ティルヴィングを奪われた僕でも、その気になれば包丁正宗ティルヴィングに三度目の願い事ができる」

「つまり……俺と籠釣瓶村正ダインスレイブにもえにしが有るから、お前のティルヴィングの能力で引き寄せをする時に巻き込めるかもしれないってことか?」

「そうそう! アマ兄が同意してくれるならできると思う!」

「……分かった。それは確かに悪くない」

「じゃあ……!」

「だが、それには及ばない」

「えっ!?」


 その時だ。


「うるせえぞ!」


 岩牢の入り口に当たる階段から光が差す。

 見張りの男達が入ってきた。


「すまん、後で話す」


 俺はそう言って壁際に座り込む。

 おまなと話す為の小さな孔を自分の体で隠す為だ。


「うるせえぞ! 岩牢の外まで聞こえるんだよ! 万が一にでも気づかれたらどうするんだ馬鹿野郎!」


 見張りの男達は俺の入っている牢屋の前を素通りして、奥の牢屋へと向かう。

 発狂して先程から叫び続けていた男の居る方向だ。

 岩楼の入り口から差す光と、見張りの男達が持っている小さな提灯の光のお陰で叫んでいる男の姿が薄ぼんやりと見えた。

 久し振りに視界が手に入ったことで、少しだけ俺の心は弾んでいた。


「黙りやがれ!」


 見張りの男達は先程から叫び続けていた囚人の男を囲み、棒を振り上げて滅茶苦茶に打ち据え始める。

 くぐもった悲鳴、骨の折れたような嫌な音、肉の潰れる音、たくさんの音が聞こえる。

 血が流れている。顔から、口から、発狂してしまった囚人の男を囲んで見張りの男達は棒を振り下ろし続ける。

 その暴行は俺の目の前で五分程続いた。囚人の男の叫び声はもう聞こえない。


「やっと静かになりやがった」

「大人しく話せばかみさんも常右衛門様の玩具にされずに済んだだろうに」

「馬鹿な奴だぜ」


 俺は何もできなかった。

 当たり前だ。

 今の俺の手の中にはレイちゃんが居ない。

 彼女が居ない俺なんて、只の何処にでも居る高校生で、只の救いの無い殺人鬼だ。


「てめえの明日の朝飯は抜きだ! また騒ぎ出したら今度は殺すからな!」

「やめとけやめとけ、どうせ聞こえちゃいねえよ」

「まあな。上に戻るか。サボったと勘違いされたら鳥居様がこええ」

「そいつは庸蔵様のことか? それとも常右衛門様か?」

「馬鹿野郎、どっちもだよ」


 二人の男はゲラゲラ笑いながら牢の外へと歩きだす。

 途中で二人は俺の牢の前に立ち止まってニヤニヤ笑いながらこっちを見る。


「よう新入り。鳥居様に今からでも土下座して許してもらったらどうだい?」

「これ以上苦しむことはないだろ。今ならまだ楽に殺してもらえる筈だ」

「お心遣い痛み入る。だが結構」


 俺はそれだけ言うと瞳を閉じて沈黙する。


「最初は皆落ち着いてるんだよなあ」

「あと3日もすれば正気じゃなくなるってのによ」


 男達はそんなことを話しながら俺の居る牢から離れていく。


「と、鳥居様!?」


 素っ頓狂な叫び声が聞こえて、俺は閉ざしていた目を開く。


「ふっ、ふはは……何を遊んでおる。くふははは!」


 岩牢の入り口に、鳥居庸蔵が居た。

 腰には俺の籠釣瓶村正ダインスレイブ

 思わず俺の口元が緩む。

 


「申し訳ありません鳥居様!」

「この中の囚人がうるさかったもので! 少し懲らしめておりました!」


 二人の牢番は鳥居に対して平伏する。


「はは……ふふふ! まあ良い。囚人共の様子はどうだ?」


 そう言って鳥居は周囲を見回す。

 それなりに光が有るお陰で周囲の様子も見える。

 思ったよりも囚人の数は少ない。

 先程、牢番の男達から暴行を受けていた囚人の他には俺を除いて三名しか居ない。

 いずれも目の焦点が合っておらず、肌は青白く、やつれている。


「ははーっ! 問題なく収容しております!」

「そうか、くふふ、それは良い……褒めて遣わす。面をあげよ」


 鳥居はそう言うと籠釣瓶村正ダインスレイブを抜き放つ。

 ああ、面白いくらい俺の思う通りの展開だ。


「は、ははーっ……は?」

「鳥居様何を!?」


 顔を上げた牢番の男達は悲鳴を上げる。

 目の前にはプレシャスを振り上げた上司が居るのだから当たり前だ。


「お、おやめくだっ――」


 鳥居は籠釣瓶村正ダインスレイブを振り下ろし、牢番の一人を斬り殺す。

 袈裟斬りでの一刀、痛みを感じる暇も有ったかどうか。


「と、鳥居様が乱心あそばされたぞー!」


 もう一人の牢番の男はそう叫ぶと慌てて逃げ出そうとする。

 だが鳥居は逃げ出す男の方を見ることすら無く一突きにする。


「あ、あ、あ゛あ゛あぁああああああああああ!」


 心臓を貫かれた男は、胸の孔から勢い良く鮮血を吹き出し、その場で崩れ落ちる。


「ふははは! お主のほうがあの囚人よりも余程やかましいわ!」


 その様子を見ていた俺に向け、鳥居はニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。


「見たか、見ておったか天ヶ瀬アマタ! この籠釣瓶村正はどうやらお主ではなく儂を選んだようじゃ! この岩牢に囚われても渡すとは言わなかったお主を捨てたのだよ!」

「そんな……何故だ! 俺を見捨てたのか! 籠釣瓶村正!」


 あえてダインスレイブとは呼ばない。

 一応、演技なのだから。


「くはははは! 無念を抱いて冥府へ向かえ! ここで朽ち果てたの無礼者と同じようになあ! 天ヶ瀬アマタっ!」


 鳥居は俺を閉じ込めていた牢屋の檻を真っ二つにして、俺の牢屋の中に入ってくる。


「死ねぇっ!」


 俺の脳天に向けて、まっすぐに振り下ろされる籠釣瓶村正ダインスレイブ

 今だ。


「――抜剣」


 俺はその刃を両手で挟み、紙一重の所で食い止める。

 出来て当たり前だ。俺こそが籠釣瓶村正ダインスレイブの主なのだから。


「なぬっ!?」

「――――籠釣瓶村正ダインスレイブ!」


 鳥居は目を白黒させている。

 死合の場で、敵の前で、動揺して無様に隙を晒している。

 ならばもはや、敗死は避けられない。


「真剣……白刃取り!? プレシャスも持たぬ男が!!」

「はんっ、しん無くさい無くプレシャスを弄んだ愚物が。狂わにゃ人も斬れんのか」

「ぬぐっ!?」


 隙だらけの鳥居の金的を蹴り上げ、怯んだところで籠釣瓶村正ダインスレイブを奪い取る。

 その時によろめいた鳥居の胸を、籠釣瓶村正ダインスレイブで一突きにした。

 鳥居はうめき声を上げながらその場に倒れ込む。


「身体が、身体が思うように動かんかった! 何故じゃ! 儂こそが籠釣瓶……いやダインスレイブの――」

「冥土の土産に教えてやる。籠釣瓶村正ダインスレイブは、何時だって俺の物だったんだよ。なあレイちゃん?」


 俺がそう言い終えると、耳元でクスクスと笑い声が聞こえた。

 レイちゃんだ。


「素敵よ、ダーリン」


 聞き覚えの有る声だ。


「わがままを聞いてくれてありがとう。レイちゃん」

「良いのよ、でもね……あいつに使われたの……凄く嫌だったなあ……」

「分かってる。そうでなくとも、こいつは色々とやりすぎた」


 そう呟いて鳥居の胸をもう一突き。


「ひっ、やめ……」


 更に手足の腱だけを手早く切り裂く。


「太い血管を避け、肺にだけ孔を開けた。鳥居庸蔵、これまでの悪行をゆっくりと悔いて……逝っちめえな」


 鳥居はコヒューコヒューと荒い呼吸を続けながらこちらを睨んでいる。

 悪党を無駄に痛めつける趣味は無いが、今日の俺はとても機嫌が悪い。


「さっすがダーリン!」


 レイちゃんは俺の周囲を嬉しそうに飛び回っている。

 こんな殺し方を見て喜ぶなんて、いやはや妖精というのは恐ろしい生き物だ。

 

「行くぞ、レイちゃん。まだやることは沢山有る」

「やること? なになにー?」


 俺は岩牢の壁を切り裂く。

 崩れ落ちた壁の向こうでは、ボロボロの袷に身を包んだおまながポカーンとした表情でへたりこんでいた。


「あら!? ダーリンこの子は!」

「俺の妹分だ。優しくしてやってくれ」

「え!? い、いやまあそれならとやかく言わないけど……妹分ならね、うんうん」


 俺は刀を鞘に収めておまなに向けて手を伸ばす。


「行くぞ、おまな包丁正宗ティルヴィングを取り返そう」

「う……うん!」


 俺はおまなの手を握って引き起こす。


「それにしても……」

「どうしたのアマ兄?」

「なんでもない。行こう」


 レイちゃんが籠釣瓶村正ダインスレイブの力を鳥居に使わせて、力に耐えられない鳥居を暴走させ、混乱に乗じて脱出。本来の所持者である俺が、レイちゃんの協力を得て籠釣瓶村正ダインスレイブを取り返し、鳥居を討つ。

 確かに俺はその可能性も計算に入れていた。だがこんなに都合良く話が進むとは思わなかった。

 さて、誰が何をしたのやら?

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