第26話 祝言

 それからの日々はあっという間だった。

 レイちゃんの探知能力を活かしながら屋敷の中を探って周り、人の気配が有る場所を探して回った。

 ついでに広大な屋敷の造りも簡単な地図にして分割しながら少しずつ外のアルカードさんに渡した。

 おミケさんが恐らく途中まで送っていた情報と合わせて、屋敷の内部構造はほぼ完璧に把握できるまでに三日。

 それからアルカードさん達が誅手としての仕事の算段を立てるまでに一日。

 その間、俺達はカヘエさんが悪事をしている証拠を探したが、どうにも見つからなかった。


「ダーリン、ついに今日ね」

「そうだな」


 朝、俺の腕の中でレイちゃんは物憂げに呟く。

 おミケさんの安全を考えるとこの辺りが限界だ。ついに今晩、俺達は行動に移ることにした。


「昨日着てみた白無垢……似合っていたかしら?」

「ああ、とても綺麗だった」


 俺達はあの夫婦を裏切ることとなるかもしれない。

 善であれ、悪であれ、俺達に良くしてくれていた人なのに。


「…………」


 今、おミケさんが捕まっているということは、彼女は何がしかの真実に触れている可能性が高い。

 そんな彼女を助け出して、もしカヘエが悪事を為した証拠が見つかってしまったら……俺は怖い。


「このまま、時間が止まらないかな」

「駄目よ。ダーリン」


 俺が怖いのはあの人を斬ることじゃない。

 あの人を斬ることで、自分の人斬りに歯止めが効かなくなることだ。

 きっと、そうだ。そう思いたい。

 腕の中で甘えるレイちゃんの頭を撫で、俺は布団から身を起こした。

 何時迄も寝ていられない。今日は忙しいのだ。


     *


「いやあ、無事に終わって何よりだ」

「は、はい……」


 疲れた。非常に疲れた。

 祝言そのものはカヘエさんとお瀧さんが仲人の役をしてくださり、簡単に終わった。

 しかしその後の宴会が大変だった。

 カヘエが個人的に仲良くしている友人や、屋敷で働く者も交えての大宴会だ。

 戌の刻、だいたい午後九時くらいになる頃には解散になったものの、俺は飲んだこともない酒を飲んでしまったせいで正直酔っ払っている。


「僕は些か飲みすぎてしまったから、後は若い二人でゆっくりやってくれ。おっとと……」

「大丈夫ですかカヘエさん? 昼間も何やら食が細かったような……」

「いやほら、緊張してしまってね。こういうのって自分の時は精一杯でそんなに感じないんだけど、仲人って立場になるとプレッシャーがすごいんだ……おっと」


 ふらついて倒れそうなカヘエを妻のお瀧が支える。


「貴方様、足元がおぼつかなくなっているじゃないですか」

「いやあ、すまないね」

「来週にはエドでお仕事なのですから、無理はなさらないでくださいね?」

「分かっているよ。嘉門とお龍はもう眠ったかい?」

「ええ、ぐっすりですわ」

「そうかそうかそれは良い」


 カヘエはにんまりと笑う。その横顔があまりにも幸せそうで、俺は悲しくなる。


「それじゃあ、僕は行くよ」


 カヘエさんは僕の耳元でこそりと囁く。


「今夜はごゆっくり、ね」

「あ、あはは……」


 そのおちゃめな口ぶりにも、俺は困ったような笑みしか返せない。


「それでは私は旦那を寝かしつけてきますわ。乙羽、ちょっと手伝ってちょうだい」


 お瀧さんは乙羽さんを呼びつけてカヘエさんを二人がかりで運ぶ。

 彼女は最後に


「子供の名前、つけさせてくださいね」


 と俺達に言った後、お酒を飲んだとは思えない真っ直ぐな足取りでカヘエを連れて行った。

 俺はレイちゃんと顔を見合わせる。


「行くか」

「ええ」


 ああ、また地獄のような日々が始まるのだ。


     *


 俺は普段の衣装に着替えると、腰に籠釣瓶村正ダインスレイブを差して、屋敷の通用口からアルカードさんを迎え入れた。


「お久しぶりです。アルカードさん」

「腑抜けてないか心配だったが、大丈夫そうだなアマタ」

「レイちゃんは元気か?」


 丁度その時、普段通りの30cm程度のサイズに縮んだレイちゃんが俺達の前に舞い降りる。


「この通りよ、屋敷の中は寝静まっているみたい。今なら地下を調べに行ってもバレないわ」

「本当に地下に誰かが居るんだな?」

「ええ、今は二人分の気配が有るわ。気になってカヘエの寝室も探ってきたんだけど、カヘエの姿も見えない」

「いよいよ噂は本当だったみたいだな。おいらが外で聞いた話の通りだ」

「外で?」

「この屋敷を立てた大工の霊を、柳沢さんが呼び出していてな。地下室ってのを作った後、何やら記憶が無いらしい」


 消されたってことか。

 信じたくない事実ばかりが告げられる。

 

「……レイちゃん、地下室まで案内してくれ」


 心が揺らぐ前に、行かなくてはいけない。

 ああそうだ。素直になろう。

 俺は高田屋カヘエを斬りたくなくなっている。

 おミケさんさえ戻ってくるなら、カヘエを殺さずに済ませたいと思っている。

 そんな思いを口にしてしまう前に、俺は行かなくちゃいけない。


「アマタさん? あんた一体何を――」

「――ッ!?」


 声をかけられて慌てて振り返る。

 其処に居たのは乙羽さんだ。

 不味い。こんな所で見つかった!?

 斬るか、いや、でも……!


「おや、そこにいるのは……」

「おっと、いけねえ」


 アルカードさんがその巨体に見合わぬ速度で疾駆し、乙羽さんの口をふさぐ。


「んん!?」

「良いか、此処で見たことは……“忘れな”」


 アルカードさんがそう言うと、彼の瞳が赤く輝き、乙羽さんは大人しくなる。


「よし、良いぞ。そのまま“帰って眠れ”」

「……はい」


 乙羽さんはアルカードさんの言う通りに、使用人の部屋の有る方へと帰っていく。


「こいつがおいらのプレシャス“吉備冠者ラピスフィロソフォルム”。能力はこの前説明した通り、鬼の姿に変じること。中つ国ミッドガルズじゃ吸血鬼って言うらしいが、まあ細かいことは抜きだ」

「いまのはさしずめ吸血鬼の催眠術ですかね」

「ま、そうなるな。行くぞ、新入り」

「はい」

「それじゃあ案内するからついてきて。二人共、足音は立てないでね?」


 こうして俺達はレイちゃんに案内されて地下へと向かった。


     *


「この先が地下室に繋がる部屋か」

「おい、レイちゃん此処って……」

「カヘエさんとお瀧さんの寝室ね。押し入れの奥に隠し扉が有るわ」


 俺達はレイちゃんの案内で屋敷の奥まで入り込んだ。

 途中で夜番に出会ったものの、アルカードさんが全部穏やかに追い払ってくれた。

 腕利きの誅手として、柳沢さんが信用するのも頷けるというものだ。


「行くぞ、ついてこいアマタ」


 アルカードさんは襖をそっと開けて中へと入る。

 俺も無言でその後に続く。

 ぐっすりと眠るお瀧さん。

 この人が怪しいのではないかと思ったりもしたが……悪いことをした。

 

「ここよ」

「応、ちょっと待ってな」


 アルカードさんはお瀧さんに静かに近寄ると、何処からか濡れた半紙を取り出して彼女の口の上に乗せる。

 まさか殺すつもりか……?

 アルカードさんはお瀧さんの瞼を開くと、あの赤い瞳で彼女の目を見つめながら告げる。


「ここに“誰も入れるな”」


 半紙をお瀧さんの口元から取り除くと、懐に入れる。

 やはりカヘエ以外殺しはしないようだ。

 内心安堵している自分が情けない。


「なんて面してるんだ。仕事以外じゃ殺さねえよ。それに今回はおミケの救出が優先だ」

「すいません」

「二人共、急いで」

「おうよ。隠し扉はそこか?」

「ええ、鍵がかかってるみたいなんだけど……」

「おいらが開ける。ちょっと見てろ」


 アルカードさんの姿が一瞬で霧に変わり、押し入れの中に入り込む。

 そしてすぐに押し入れの中から霧が吹き出し、霧はアルカードさんの姿に戻る。


「内側から開けてきた。行くぞ」


 俺とレイちゃんはアルカードさんの後ろに続いて隠し扉の中へと進んだ。

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