第12話 新撰組だ! 御用改である!

「おはようレイちゃん」


 目が覚めるとお宿ねこまたの布団の中。

 胸の上ではだらしない笑顔のレイちゃんが眠っている。

 彼女を起こさないようにそっとつまみ上げて、寝間着代わりに来ていた浴衣から今回異世界に持ち込んだ物を取り出す。


「抗生物質入りステロイド軟膏、清潔な包帯、正露丸、消毒液、湿布、電卓、昔持っていたスマホ、よし全部有る」


 声出し確認完了。

 これはすべて俺が寝る前にジャージの中に入れていた物である。

 服装は変わってしまっているが、持ってこようとした物は全部入っている。


中つ国ミッドガルズから物を仕入れて、柳沢さんに売り込んでみても良いかもしれないな」

「あら、ダーリンおきたのー?」


 レイちゃんは布団からのそのそと這い出てくる。

 その白くてひらひらした服だと何処とは言わないが見えてしまいそうになるから気をつけて欲しいものだ。


「おはよう。良く眠れた?」

「ええ、おはよー! ダーリンは眠れた?」

「ああ……またあっちの世界に戻ることもできた」

「そうなの!? じゃあ仮面の人が言っていた仮説って本当だったのね! 良かったじゃない!」

「そうなるな……今何時くらいか分かるか?」

「えーっと、太陽の上がり方を見ると卯の刻かしら?」

「卯の刻。古典の教科書に書いてあったな……朝の六時過ぎってところか」


 東京の我が家で眠りについたのも、お宿ねこまたで最後に眠った時間も、だいたい午後十時過ぎだった記憶がある。

 となると、八時間は寝ていたことになる。

 外つ国ウートガルズでの一日が、中つ国ミッドガルズでの一時間になるとばかり思っていたが、その逆は成立しないのか。

 

「とりあえず風呂入ってから朝飯だ。それから物は考えよう」

「お風呂行くの?」

「おう、やっぱり朝からすっきりしていかないと……よっこらしょ」


 俺は自然に立ち上がる。


「あら、ダーリン! 動けるようになったのね!」

「え? あれ? 本当だ……」


 忘れていた。そういえば昨日まで全身が痛くて痛くて仕方なかったのに。

 アルカード先生に感謝しなくてはいけないな。


「じゃあ早速行きましょう! 刀は持っていくわよね? あたし、あんまり刀から離れられないから」

「そうだな、銭湯に預ける場所も有ることだし、預けてしまおう」

「一緒に入っていい?」

「別にあの銭湯なら誰が入ってても気にしないさ。ただ……」

「ただ?」

「妖精って料金要るのかな?」

「あら、どうなんでしょ。おミケさんに聞いてみる?」

「そうだな、きっともう働いているだろうし。行ってみるか」


 俺達は着替えを済ませると一階へと向かう。

 丁度おミケさんが忙しそうに朝食を運んでいる所だった。

 声をかけるのも悪いので、一階に有る茶の間っぽい造りの休憩スペースで、狩人協会からの依頼書を眺めながら時間を潰すことにした。


「おう、精が出るじゃねえか」


 後ろから声をかけられて振り返ると、アルカードさんがニコニコしながら立っていた。

 一方のレイちゃんは気まずそうな表情を浮かべている。



「あ、あたし用事思い出したわ」

「逃げるんじゃねえよ。別にお前さんにどうこう言いに来たんじゃねえんだからよぅ」

「だってさ。レイちゃんも、あんまり警戒しちゃ失礼だよ。なにせアルカード先生は俺の身体を治してくれたんだから」

「うぅ……」

「妖精なんぞうちの田舎にも沢山居た。お前さんが悪さしない限りはいじめたりはしねえよ。安心しな」

「べ、別にあたしビビってないし!」

「はっはっは。そうかい」

「そっちこそ怖がってるんじゃないの?」

「そうだなあ。妖精ってのはおっかねえ。人と価値観が違うからな。だがそれだけでどうこう言う程、おいらも小せえ男じゃあねえさ」

「……そう、ありがと」

「アマタを信用する以上、お前さんも信用するってだけさ。気にすんな」


 この世界での妖精の扱いというものが分からないが、基本的に恐れられる生き物らしい。それを引き連れて歩いている剣客なんて、相当危険な人物に見える気がする。


「ところでアマタよ。お前さん体はいいのか?」

「お陰様ですっきりです」

「無茶するなよ。確かに治りは早いみたいだが、その分体力を消耗している筈だ」

「はい、養生します」

「次の仕事も薬草採りにしたらどうだ?」

「野盗に襲われない薬草採りになることを祈りましょう」

「ちげえねえや」


 俺とアルカードさんは声を合わせて笑う。

 丁度その時だ。


「新撰組だ! 御用改である!」


 お宿ねこまたの一階に突如として浅葱色の羽織を着た男達がなだれ込む。

 浅葱色集団の先頭には見覚えのある男。

 あれは一昨日お宿ねこまたの前で出会った……山崎進!?


「山崎さん! 何か有ったんですか?」


 山崎は俺を見た瞬間、気まずそうな表情を浮かべる。

 だがすぐにその表情は消え、冷徹な瞳でこちらを見据える。


「天ヶ瀬アマタだな、ちょいと屯所まで来てもらおうか」

「俺が!? なんで!?」

「お前さんにゃプレシャスを使用し、人命を奪った疑いがかかっている」


 関西弁のイントネーションが残る標準語で、山崎さんは俺に告げる。

 そんな馬鹿な。こんなにも早く昨日の事件が発覚するなんて。

 俺が呆然としていると、アルカードさんが割って入ってきた。


「おうっ! 新撰組だかなんだか知らねえが、うちの患者に用ってんならまずはおいらを通してもらおうか!」

「あー……? なんだてめえは?」


 まただ。また山崎さんが嫌そうな表情を浮かべている。


「町医者のアルカード・タスクオーナーってもんだ」

「エルフか……悪いが新撰組は幕府転覆を狙う連中をしょっぴく為なら何をしてもいいって権限がある。医者でもなんでも、邪魔するなら容赦せん」


 睨み合う二人。

 ここでひと暴れしたところで、どうせ俺は連れて行かれる。

 大量の武装した連中がこの旅籠の中に踏み込んできたら、商売もあがったりだろう。

 お世話になっているこの旅籠に、そんな迷惑はかけられない。

 だが此処で捕まれば籠釣瓶村正ダインスレイブが奪われる可能性が高い。


「……レイちゃん、後で助けに行く。ここは堪えてくれ」


 それでも、此処で戦うことはできない。

 俺はレイちゃんに小声で囁く。


「分かったわ」

「すまない」

「来るかも分からない使い手を百年待ち続けたのよ。ダーリンが約束してくれるならいくらでも待つわ」

「そうか……良いか、レイちゃん」

「何?」

「何が有っても、君は俺のたった一振りの愛刀あいぼうだ」

「わかってるわよ、ダーリンっ♥」


 レイちゃんは俺にウインクを飛ばし、姿を消す。

 俺は意を決してアルカードさんと山崎のにらみ合いに割って入った。


「待って下さい」

「なんだアマタ。こいつはおいらのプロとしての矜持だ。邪魔してくれるな」

「俺も男として通すべき義理が有ります」


 俺は山崎の正面に立ち、両手を差し出す。


「全部お話致します。どうぞ屯所なり何処なり連れてって下さい」

「……はぁ」


 山崎はやりづらそうに頭を掻く。


「分かった。ただ、腰の物は預からせてもらう」

「ええ、頼みます」


 俺は腰に差していた籠釣瓶村正ダインスレイブを手に取り、山崎に預ける。

 これは絶対に取り返す。

 貴重な魔剣だからでも、力が惜しいからでもない。

 女の子が一人、泣いてしまうからだ。


「アルカードさん。後を頼みます」


 俺はアルカードさんにお律のことを頼む。

 彼女とは別の部屋なのでどうなっているか分からないが、この人に任せておけば大丈夫だろう。


「分かってる。心配するな」


 アルカードさんは優しい声と共に頷いた。

 

「ところで山崎さんとやら。あまいもんは好きか?」


 アルカードさんは懐から包み紙を取り出して、山崎に手渡す。

 黄金色の輝きがちらりと覗く。賄賂だ……!


「何だこれは?」

「つっかかった詫びだよ。受け取ってもらえるかい?」

「……菓子か。分かった。ありがたく頂くとしよう」

「代わりといっちゃなんだが……」

「わあってらあ。天ヶ瀬アマタはまだ沙汰を受けていねえ。罪人扱いはしねえよ」

「ああそうそう。山崎さん。それ一人で食うなよ? 腹壊すぜ?」

「わぁってらぁ! ありがたく食わせてもらうよ。畜生め、菓子は受け取らねえ主義なんだがな……今回だけやぞ」


 山崎は周囲の男達に聞こえるように堂々と叫んで懐に入れる。

 若干、関西弁に戻っていた。

 

「アルカードさん……?」


 俺はアルカードさんの方を見る。

 彼は何も言わず、ニコリと微笑んだ。

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