第29話 斬魔行路は続いていく 【第三章完結】

 俺がカヘエを斬った後、復活したアルカードさんが気を失ったおミケさんを背負い、俺達は無事に高田屋カヘエの屋敷を脱出した。

 後は元締めボスの用意した小舟で川を下り、夜更けの船着き場からそのまま別の船に乗り換えてアタミを離れた。

 そして、エドを経由して西国に向かうという船中で俺はゆったりと眠りについた。


「おはよ、ダーリン」


 鈴のなるような声で目を覚ます。

 最初に目に入ったのは緑色の天井。

 続いて昔買ってもらった星模様のカーテン。ハンガーに吊るしてある青鷗高校の学ラン。机の上には参考書と赤本。ゴミ箱の中は空っぽ。

 間違いない。ここは俺の部屋だ。

 元居た世界に戻ってきたのか。

 枕元では30cmに戻ったレイちゃんが心配そうにこちらを見ている。


「おはよう。レイちゃん」

「昨日は大変だったわね」

「でもこうして無事に戻ってこれた」

「……そうね」


 俺はベッドからゆっくりと起き上がって一階のリビングに向かう。

 母さんが忙しそうに朝の支度をしていた。


「あらアマタ、おはよう。元気そうね」

「うん、良いことが有ったんだ」

「あらなに? 教えてほしいものね」

「ふふふ、また今度」


 母さんにカヘエのことは教えられない。

 父さんはあくまで部下を守って名誉の殉職をした。

 それで良いじゃないか。


「良いわ、それならレイちゃんに聞くもの。教えてくれるわよね?」

「え? あたし? えーっと……そうね、時間をとってもらえたら話した方が良いかなって思うけど……」

「まあ、良い子ね! 貴方みたいな子が来てよかったわ!」

「マ、ママさんの頼みは断れないもの……」


 マジか。

 その手が有ったか。


「……ああもう、分かったよ。母さん。今日の夜、時間はあるかな? 学校から戻ったら全部話すよ」


 どうせ聞かれるなら素直に話してしまうことにしよう。

 俺は観念して深くため息を吐いた。


     *


 結局、その日は普通に学校に行った後、母さんに高田屋カヘエの事を話して眠るだけになってしまった。

 次に目を覚ますと俺は船の上。

 俺とレイちゃんは、すっかり元気になったおまなに呼ばれて一等客室の柳沢さんの部屋に向かった。

 白い着流しに狐面姿の柳沢さんに、俺はカヘエの屋敷で有ったことについて報告を行う。

 

「成る程……父君の仇を討った訳ですが」


 俺とカヘエの因縁について聞いた柳沢さんは何やら感慨深げに頷く。

 カヘエについて聞かされた母よりもリアクションが大きい。

 というか母さん。あっけらかんとしすぎだったんじゃないだろうか。

 もしかして何か知っていたのか。母さん。


「はい、お陰様でなんとか。ただ……」

「ただ?」

「カヘエの妻子については……」

「分かってますよ。他の二人には内緒ですよ?」

「ありがとうございます。正直今回はアルカードさんが居なければ駄目でした」

「無茶をしたこと、後で詫びておきなさい」

「はい……アルカードさんはどうしているんです?」

「おミケさんの治療もあるということで、エドで船を降りてしまいましたよ」

「もしかして、俺は結構寝てたのでしょうか」

「もう夕方ですからね」


 客室の小窓から西日が差し込む。

 海も茜色の光を照り返し、キラキラと輝いている。


「生活リズムが狂いそうだ」

「ふふっ。外に出て夕日でも浴びてきたらどうですか?」

「柳沢さんも如何ですか?」

「私は謎の仮面の男。この部屋の外に出て人目につく真似はいたしません。あくまでこれは普通の客船なのですから」

「そうなんですか? てっきりまるまる一つ貸し切りかなにかにしたのだとばかり」

「そんな目立つ真似できませんよ。ああそうそう、目立つ真似と言えば、貴方達も高田屋の屋敷で目立ちすぎていたので、あの離れに偽物の死体を置いておきました。貴方達そっくりに似せておいたので、押し込み強盗かなにかに主人共々斬り殺されたことにされるでしょう」

「そうですか……カヘエの妻子は?」

「彼等は悪事に関与していない。殺すことはありません」


 俺は安堵のため息をつく。 


「そいつは助かります。それじゃ俺ぁ甲板で風を浴びてきますよ」

「おまなちゃんは此処に居て私の護衛をしてもらいますが、構いませんか? なにせ私自身に戦闘能力は無いものですから」

「ええ、お任せします。何やらあの娘も、俺と同様に貴方に懐いてしまっているみたいですから」

「彼女も貴方も、良く似たタイプですからね……しばらくしたら彼女にも誅手の仕事を手伝ってもらうつもりです」

「お願いします。あいつに殺すなと言っても無理でしょうから、それならせめて……」

「貴方と同じように、ですね?」

「はい。殺人への自制は俺が教えます。だからそれ以外はお願いできるでしょうか……。彼女も闇の中でしか生きられないなら……せめて……」


 柳沢さんは黙って頷く。


「ええ、任されました」


 俺とレイちゃんは柳沢さんに頭を下げると部屋を退出した。


     *


「ねえダーリン?」


 船は沈む夕日を追いかけて西へと進む。

 船中の人々の会話からすると次はサカイの港に向かうらしい。

 西国にはいかなる悪党が居るのか、腕が鳴るというものだ。


「ダーリン?」

「ああ、ごめん。少しぼうっとしていてな」

「もう……ちゃんと私を見てくれなきゃ嫌よ」

「わかってるよ。悪かった」


 人と同じサイズになったレイちゃんが隣で頬を膨らませている。

 愛らしくて思わず頬に手を触れてしまう。


「人前でそんな顔をするものではないよ」

「……もう、わかったわよ」

「それで、どうしたんだいレイちゃん?」


 レイちゃんは少し恥ずかしそうに目を伏せて、それから頬を赤く染める。


「向こうについたら、慎ましくても良いから本物の祝言を挙げたいなって思ったの」

「本物の?」

「向こうでやったのは潜入の為の祝言だったでしょう? だから、本当に本当の、二人の為の……したいなって」


 俺はニコリと笑ってレイちゃんの頭を撫でる。


「俺は本当の気持ちでやったさ」

「あたしだってそうよ! でも、だけど……」


 また頬を膨らませている。

 まったく魔剣とは思えない可愛らしさだ。


「分かってる。だけど、それはそれとして……だろ? うん、そういうのも素敵だ。慎ましくやることしかできないけど、それで良かったらしよう。今回の仕事で、一応お金も貰っているしね」


 レイちゃんの表情が輝く。

 そんな時に夕日が沈む。

 

「あらやだ。こんな時に暗くなってくるなんて」

「朝の光よりも、月の影の方が俺達には似合っているじゃないか」


 甲板に出て風景を楽しんでいた客達が船の中へと戻っていく。

 

「……おや」

「あら? あの子……」


 その客の列の中に、何時か高田屋の屋敷の前で出会った狐獣人の少女が居た。

 親戚と思しき犬の獣人夫婦に手を引かれて、笑顔を見せている。


「笑顔だったわね」

「だな。俺達がこうやって夜を歩くことで、取り戻せる笑顔が有る」

「そうね。奪うばかりじゃないって素敵なことよ」

「ああ、俺みたいな奴も生きていて良いかもしれないと思える」


 レイちゃんの手を握りしめ、西の空の星を眺める。

 澄み渡った星空のような明るい心持ちだ。もう何も迷うことは無い。


「さあ、行こうか」

「ええ」


 法で救えぬ涙を拭い、人面鬼心の魔を断つ行路。

 天ヶ瀬アマタの斬魔道中、刃の閃き灯りに代えて、今宵も振るうは魔の剣。

 さてさて、次の悪鬼は何処に在りや。


【天ヶ瀬アマタの斬魔行路 第一部完結】

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天ヶ瀬アマタの斬魔行路 海野しぃる @hibiki

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