第28話 打つも果てるも一つの命か

「死ねええええええええええええええええええええええええ!」


 瞬間的に行われる全力の疾走。

 魔剣の呪いにより生まれる最速の抜刀。

 腕力と助走を活かした上段からの渾身の斬撃。

 俺の身体は人間を殺すために最高効率の動きをしていた。

 だが――


「びっくりさせるねえアマタ君」


 俺の一太刀は高田屋カヘエには届かなかった。

 俺の身体は、カヘエを斬りつける直前でまるで石像のように動かなくなってしまったのだから。


「先程のお仲間は何処かな? ん? 姿を消したか……怖い怖い。不意打ちをするつもりだね」


 カヘエは先程の祝言で見せたのと変わらぬ笑みを俺に向ける。


「カヘエさん……あんた、あんた何やってんだ!?」

「アマタ君。君のお仲間の能力は?」

「吸血鬼に変身する能力」

「そうかー! 不意打ちに気をつけないとね!」


 俺は慌てて口を閉じようとするが、そもそも身体が動かない。

 そうこうしている間にカヘエは指を鳴らす。

 すると俺達の居る部屋の出入り口に重そうな鉄扉が降ってきて、誰も入れないようになってしまった。


「ああ、無駄だよ。僕のプレシャス・綸子地著色聖体秘蹟図指物フギン・ムニンの前では人間に自由意志など許されない。思考フギン記憶ムニンを操られるのだから、当たり前だけどね」


 カヘエは自らの着ている衣を見せびらかす。

 衣には金色の杯とその縁に止まる二匹の大鴉が刺繍されている。

 あれがカヘエのプレシャスか。


「とはいえプレシャスの持ち主相手には効きが悪い。こうやって自由意志が残ってしまう。あ、もう口閉じていいよ」


 遅れて俺の口が閉じる。体の動きまで自由に操れるのか。


「そこの猫獣人の女の子も自由意志を奪うまでが大変でね。身体の自由を奪うだけでは味が落ちるんだよ。まるで夢見るような気持ちで生かしておいて、その間に食べないと不味くて不味くて……」

「なんで、なんでだよカヘエさん……」


 俺は酷く情けない声を上げていた。


「だって美味しいもの食べたくない?」

「人が美味いっていうのか!?」

「え、美味しいじゃないか。目玉とか」


 カヘエは先程吐き出していた目玉を拾い上げ、フーと息を吹きかけた後、口の中に放り込む。

 おミケさんの、目玉を。


「おい、なにやってんだ」

「は? 目だろう。美味いぞ、食うか」

「――食うかあああああああ!?」


 カヘエは絶叫する俺に悪魔のような哄笑を浴びせかける。


「まあ怒るなよ殺人鬼。僕達同類じゃないか」

「――殺人鬼って、なんでそれを!?」

「天ヶ瀬アマタって名前の男が暴れたという話が、エドの友人から届いていてね」

「……ッ!」

「それに、君の持っているそのプレシャス……確か籠釣瓶村正ダインスレイブだったっけ? そんなやばい魔剣に適合しちゃってる時点で簡単に分かっちゃうよ」

「う……ぐ……!」

「正直に答えてくれ」


 また俺の口が勝手に動き出す。


「確かに……俺は殺人鬼だ……だけど!」

「そうかそうか! 僕は食人鬼、君は殺人鬼、ここは同類のよしみってことで見逃してくれないか?」

「ふざけるな! よくも! おミケさんを!」

「ああ、この猫獣人の娘が大事なのか? 君も気の多い男だね。だがまあどうしてもというなら残りの部分は返してあげるよ。プレシャスと記憶は奪っておくけど」

「――ッ!」

「今の僕から奪い返すよりも楽で、合理的な選択肢だと思わないかい?」

「う……!」


 カヘエはニヤニヤ笑ったまま俺に囁く。


「知ってるよ、君は誅手って連中の仲間なんだろう? いやあ若い。実に若い。自分の性癖を満たしながら、なんとか人間の振りをしようとしている訳だ。僕にもそんな頃が有ったなあ……」

「今のあんたは違うのか……!」

「同じさ。誅手だろうが、悪徳商人だろうが、人間に混じって人間の振りをして生きていることに変わりは無い。なんなら誅手よりも世のため人のためになる仕事をしているよ?」

「……慈善事業のことか?」

「うん、隠れ蓑にも丁度良い。良いことしたような気分になって自分をごまかしたいだけならさ。僕と来なよ」

「嫌だ! 俺は……嫌だ! お前なんかと一緒に……一緒に……」


 分かっている。

 これは同族嫌悪だ。

 俺も、このカヘエも、同類だ。

 生きてはいけない類の存在で、周囲を騙しながら人の中でぬくぬくと生きている。

 だけど、ここまで逸脱してしまったカヘエは俺が斬らねばならない。

 同類だからこそ、この男を始末するのは俺でなくてはならない。

 そうでなければこの男があんまりにも哀れではないか。

 だから俺は首を横に振る。


「一緒にするな! 俺は貴様ほど恥知らずじゃねえ!」


 俺とお前は同類だ。

 だけど、決定的に違うと表明する為に。


「そうか――残念ッ! じゃあ死んでもらう!」


 俺の腕が勝手に動き、籠釣瓶村正ダインスレイブを自らの腹に突き立てようとする。


「させねえよ」


 だがその瞬間、カヘエの背後に突如として漆黒の霧が現れた。

 霧の中から赤い瞳が光る。


「――“戦え”、アマタ!」


 身体が軽くなる。

 アルカードさんだ! 暗示の応用で、操られていた俺を助けてくれたのか!


「来たか、もう一人の誅手!」


 カヘエがアルカードさんに気を取られている間に、俺は全速力で斬りかかる。

 しかし刃がカヘエの胸元に掠ったその瞬間、俺が勝利を確信したその瞬間。

 俺は目の前に一瞬で現れたアルカードさんにものすごい力で殴り飛ばされた。

 宙を舞う身体。

 壁に叩きつけられ、肺からすべての空気が逃げ去っていく。

 あまりの衝撃に呼吸ができない。


「あ……が……」


 不思議と痛みは無い。

 籠釣瓶村正ダインスレイブの力だろうか。

 だけど、身体は動かない。骨が折れているのかもしれない。


「危ない所だったよ。アマタ君のお仲間かい? 君が強かったお陰で、僕の命は助かったよ」

「ぐっ……!」


 アルカードさんは俺を殴り飛ばした姿勢のまま、悔しそうに歯噛みする。


「だがまあ君に興味は無い。呼吸を止めて静かに死ね」


 アルカードさんは口を閉じたままピクリとも動かなくなる。

 このままじゃ不味い。


「……馬、鹿、め」

「なに、まだ喋る気力が残っているのか。すごいな君は」


 アルカードさんの着ていた服の帯が解け、格子柄の袷がはだける。

 その下には大量のダイナマイト……いや待て!? まさかあれ本当にダイナマイトじゃないよな!?

 全員吹き飛ぶぞ!


「なんだそれは!?」

「見りゃ分かるだろ。火薬だよ」

「じょ、冗談だろ?」

「高田屋カヘエ。地獄に、付き合ってもらうぜ」


 次の瞬間、俺の視界は爆炎と熱風に覆われた。


     *


「ダーリン、起きて! ダーリン!」

「……くっ、ここは」


 目を覚ますと、相も変わらずあの狂気の地下室の中だ。

 まだ生きているということは、あれはダイナマイトではなかったらしい。


「早く刀を持って! 今しか無いわ!」


 そう言われて籠釣瓶村正ダインスレイブを握り、立ち上がると、部屋の中は爆風で惨憺たる有様となっていた。

 臓物を撒き散らしながらも刻一刻と再生を続けるアルカードさん。

 足から血を流したまま倒れている隻眼のおミケさん。

 そして……


「元気、そうだね……アマタ君」


 俺の足元でまだ生きている高田屋カヘエ。

 羽織っていた着物は焼け焦げ、本人も虫の息だ。


「すいません。父さんが救った筈の命を俺が奪うなんて……間違ってるのに」


 俺は刀を振り上げる。

 悲しいが仕方ない。同類の俺にしかこいつを否定れない。


「君もとんだお人好しだねえ。お父上そっくりだ」

「へ?」


 急にカヘエが喋り始めた。息をするのも辛そうな身体で何を話すつもりなんだ。


「アマタ君、君のお父上を殉職に見せかけて殺したのは僕なんだ」

「……は? 時間稼ぎのつもりか?」

「違う違う。僕はもうどうせ死ぬからねえ。せめて殺人鬼ドウルイには親切をしてやろうと思ってさ。ちょっと僕に同情しちゃってるでしょ君?」


 カヘエはケラケラと笑う。

 その度に彼の口からはどろりとした血が溢れ出す。

 

「それ以上喋るな」

「これ、肋骨が肺に刺さってるの。普通なら痛くてしゃべれないけど、残ったプレシャスの力を使って自分の神経を操っているんだ。相当頑張っているんだぜ? だから喋らせろ」

「待て、待てよ。それはなんだ。ふざけるな。言い逃げするつもりか」


 俺の台詞を無視して、カヘエはその先を続ける。


「君のお父上は、僕の趣味に気づいてしまってねえ。監獄じゃ人が食べられないだろう? そんなの死んだのと同じだよ。だから殺した。計算外だったのは、追い詰められた君のお父上が僕を撃ったせいで、半ば相打ちみたいになったことなんだけどさ……」


 またカヘエは血を吐く。

 そして嗤う。


「――そういう訳で、僕は君の父の仇だ。遠慮するな、コロセ」

「……そうか」


 自分の口元が笑みで歪んでいるのが分かる。

 やっと気持ちよく殺せるようになったと思っているのか。俺は。


「そうだ。始めて見たけど、君はその顔が一番良い」

「そうか。じゃあ、逝っちめえな」


 祖父の真似をした強がりの江戸っ子言葉。

 何時もの人斬りの感覚だ。


「ああ、君の満足するように殺せ。好きに食ったんだ。文句は無い」

「へっ、あんた……とんだお人好しだな」

「あのさ、そう思うならさっさと僕を楽にしてくれよ。流石に半壊したプレシャスでごまかせる痛みじゃなくなってきた。精神操作系って強力な分物理的衝撃には脆くてね……」

「ったく、応とも……さっ!」


 俺はカヘエの首へと籠釣瓶村正ダインスレイブを振り下ろした。

 刃はするりと首を通り抜け、カヘエの首はゴトリと床に転がる。

 最後の表情は不思議なくらいに穏やかで、なんだかとても優しげに見えた。


「打つも果てるも一つの命か。ありがとよ、カヘエ


 そう呟くと、何故だか涙が一滴零れた。

 隣りにいたレイちゃんが、着物の袖でその滴をそっと拭ってくれた。

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