第8話 狩人生活一日目

 翌朝。

 俺は旅籠を通じて依頼を受諾し、レイちゃんと共に薬草採取の依頼へと出かけた。

 協会の出す馬車で三十分程の場所にあるエド郊外の里山である。

 普段はこのあたりの村人が、山の中で薬草をとるのだが、最近は魔獣がここまでやってくるので依頼になったらしい。

 それにしても……江戸時代なのに馬車が有ることには驚きだ。


「レイちゃん、そろそろ機嫌を直してくれないかな?」

「別に……気にしてないもん」


 今回、薬草を集めるという依頼そのものは簡単だった。

 既にノルマの八割程は背中の籠に入っている。

 だが、今日の俺は全く別の問題を抱えている。


「あ、あくまでお風呂に一緒に行っただけで……」

「……あたしに隠れて何してたのよ?」

「だから俺がのぼせかけて涼んでただけだってば!」


 そうだ。一緒に風呂まで行ってしまったが、おミケさんとは結局の所何も無かった。

 何も無かったが、それは現実での話であって、俺の脳内では別だ。

 そして、レイちゃんには俺の頭の中がなんとなく分かってしまう。

 その結果がこれである。俺が舞い上がって妄想していた内容がバレてしまったのだ。

 許してよ……妄想くらい許してよ……。


「いや、その……」


 心の中くらいは自由にさせて欲しいという思いも有るが、レイちゃんが悲しそうなのを見ているのも辛い。

 俺が言葉に詰まっていると、レイちゃんが俺の瞳を覗き込む。


「怒ってはいないのよ。怒ってないの、刀の自分が嫌になるだけで。ダーリンが昨日みたいに女の子と仲良くしているのを見ると、特に嫌になるわ。分かっているのよ。ダーリンはたまたま転がっていた刀を抜いていただけだってことも。勝手に頭の中が分かっちゃうと迷惑なことも。だからこれはあたしの一方的な……でも……」


 早口で話し続けているのは考えを整理する為?

 もしや、自分でも感情をどうすれば良いのか分からないのだろうか。

 そうか……ずっと金山奉行の屋敷の蔵で眠っていたのだから、精神的には幼いのかもしれないな。可愛いものだ。


「ごめんなさい。なんでもないわ」

「レイちゃんが居て助かっているんだよ」

「違うの……助かっている、じゃ嫌なのよ」

「そうか、それは……」

「ごめんなさい。上手く言えないの」


 レイちゃんはそう言うと姿を消してしまった。


「そうか……気持ちに整理ができたら戻ってきてくれ」


 さて、どうしたら良いのだろう。

 ともかくさっさと仕事を済ませて、しっかり話し合わなくちゃいけないかな。

 俺も心の中を覗かれっぱなしという訳にはいかないし。

 ため息の後、吸った空気が冷たい。襟巻マフラーで口元まで覆うと、俺はウイキョウに似た黄色の花の薬草を探し始めた。


     *


「おや、あんたも狩人か?」


 そう、声をかけられたのは日も高くなってからだった。薬草の入った籠を足元に置き、笹の葉に包んだ握り飯と竹筒に入れた緑茶で腹を満足させているその時だ。

 殺気を感じなかったのでゆったり振り返ると四人の狩人がこちらを見ていた。

 男が三人、女が一人か。


「貴方達もか?」


 リーダー格らしい男の様子を観察してみると、蒼い羽織に魔獣の返り血がまだらについていて、腰の太刀は何かの牙で仰々しく飾られている。

 狩りには慣れている様子だ。


「応よ。あんた、見たこと無い面だと思ってな」

「最近こっちに来たばかりなんだ」

「成る程、それで一人か」

「まあ、そんなところだ」


 勿論理由はそれだけではない。

 俺の籠釣瓶村正ダインスレイブは抜けば必ず命を奪わなくてはいけない。

 もしも魔獣に襲われた時に抜刀して、その後魔獣に逃げられたら、一緒に行動する人間に切りかかってしまう。

 自分とレイちゃんを除いて他に人が居なければ適当な獣でも探して斬り殺せばいいが、近くに人が居るのは危険なのだ。

 

「此処へは一体何の依頼で来たんだ?」

「見ての通りの薬草採りだ。そういう貴方達は?」

「ワイバーンの狩りだ。奴のせいで魔獣が増えてかなわない」

「奴のせいで?」

「そんなことも知らないのか?」


 リーダー格の男は馬鹿にした笑みを浮かべる。


「魔獣っていうのは人間の匂いには惹かれるが、自分より強い魔獣の存在を感じると慌てて逃げ出すんだ。ワイバーンが逃げ回るせいで弱い魔獣が次々飛び出してきやがる」

「成る程……」


 なにそれ知らない。

 俺はこの山を歩き回っている間、一度も魔獣を見かけてないのだから。

 適当な相槌で合わせたものの、思いもよらない話だ。

 もしかして籠釣瓶村正ダインスレイブのせいなのでは……?


「此処に来るまでに何匹斬り殺したことか……お前さんもそうだろ?」

「え、いやあ……今回は薬草採りだから……」

「はっはっは! 狩人の癖に魔物を避けてたのか!」


 リーダー格の男と彼の隣に居る二人の男がわざとらしく俺を笑う。

 

「身なりが良いから腕が立つのかと思ったが、とんだ腰抜けだな」

「どこかのおぼっちゃんかい? 遊びのつもりならさっさと帰った方が良いぜ」

「おいお前らやめてやれ。まだ初心者だろう?」


 たしなめるリーダー格の男が一番笑っているのだから世話ない。


「睨むなよ。誰だって最初はそんなもんだ。嫌なら仲間でも見つけて狩りに出るんだな」

「ちょっと兄さん。あんまり人様を馬鹿にするものじゃないと思いますよ」


 そんな時、チームの紅一点が他の男達を窘める。リーダー格の男の妹か?


「なんだい、お律。お前さん、こんな男をかばうのか?」

「仮に本当に新人ならいびるものじゃないでしょう? それに……この人、昨日噂になってた剣客じゃないですか?」

「まさかよ! お侍相手に啖呵を切った無頼の剣客がどうして魔獣から逃げ回るっていうんだ」


 やはり昨日の一件は噂になっていたか。

 下手に町に出なくて良かった。


「どうなんですか? 話に聞いた服装に良く似ている気がするのですけど?」

「……」


 自分の命を握っている訳でもない相手に、あまり詳しい話はしたくない。

 きっと、適当に下手に出ていれば満足して何処かに行くだろう。


「いえいえ滅相もありません先輩方。俺は只のちりめん問屋の次男坊ですよ。度胸試しにこうして狩人の真似事をしているだけでございます」

「ほら見ろお律! そもそも例の剣客なら妖精だって連れているだろうが!」

「そうでしょうか……ううん」


 紅一点の狩人は首を傾げる。

 他のチームの男達と違ってまだ年若い。

 俺よりも年下なのではないだろうか。

 丈の短い赤い着物を着て、脚絆で足元を守っている。


「新人よ。謙虚なのは良いことだ。長生きするぜ」

「あはは……ありがとうございます」


 なんでも良いから飯を喰いたい。弁当をまだ食べ終わってない。

 あとさっさと薬草を集めて宿に戻りたい。

 

「ところで先輩方、そのワイバーンってのはどの方角に?」

「おっといけねえ! あいつを追いかけてたのを忘れちまってた! 俺達がこれから向かう北の方角だ。せいぜい近づかないように気をつけるんだな!」


 こちらとしても面倒はごめんだ。

 俺は教えてくれたことに礼を言って狩人達を見送った。


     *


「……なーんであんな連中にへこへこしてるのよ!」


 四人組が消えてから一時間後、お茶を飲み終わって、空気の美味さに感激していると、急にレイちゃんが現れた。

 何やら頬を膨らませて怒っている。


「抜けば斬らなくてはならないだろう」

「良いじゃないの! 喧嘩売ってくる相手くらい斬ったって! 昨日の浪人だって迷いなく斬ろうとしてたじゃないの?」

「あれはほら、これから泊まる宿のお姉さんに刀をチラつかせていたから、最悪斬っても良いなって」

「じゃああの三下っぽい狩人達は?」

「何も死ぬことないだろう。別に悪いことしてる訳でもなし」


 そうだ。俺が殺ろうと思えば何時でも殺れる。

 この籠釣瓶村正ダインスレイブとレイちゃんの協力があれば容易い話だ。

 だからこそ、斬る相手は選びたい。


「おかしいわ。ならあの柳沢さんの所で働かせてもらったって良いじゃないの?」

「そうかもしれない。だけどまだ斬れば帰れると証明された訳でもないのに、あの人の命令で仕事として人を斬って回るのは嫌だ」

「なにそれ?」

「人を斬るのは今の俺には簡単な作業だ。でも、それを仕事にすることにはまだ戸惑いがある。襲われたから斬った。人の命が危ないから斬った。そういう納得が欲しいんだよ」

「納得?」

「そもそも人が人を殺すというのは過ちだ。あってはならないことだ。それでもやるというならば、胸を張って叫べる理由になる何かが必要だ。殺そうと思えば何時でも殺せるからこそ、己に恥じる所が無いと思える何かが必要なんだ」

「そんな、無理よ……殺しは殺しよ?」

「かもな。だからってそれを忘れたら俺は俺じゃなくなる。何と言われても、俺は絶対にそれを見つけてから刀を抜く」


 俺はおにぎりを包んでいた笹の葉を捨て、竹筒を小さな風呂敷の中に入れる。


「行こう、レイちゃん。俺達がこれから頑張ったら、ああいう馬鹿な手合も減っていくだろうさ」

「そうだと良いけど……」


 レイちゃんが辺りを急にきょろきょろと見回し始める。


「どうした?」

「何かが近づいてきている。只の獣じゃないわ。何か別のもの。気をつけて」


 噂の新人狙いの物盗りか?

 俺が刀に手をかけたその瞬間、一陣の風と共に竹林が大きく揺れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る