第9話前編 必殺! 異世界で晴らせぬ怨み晴らします! 上

 竹林が大きくざわめく。

 見上げれば、黒い装束に身をまとう人影が竹から竹へと飛び移っているのが見える。

 忍者か?


「来るわ!」


 レイちゃんの警告の直後、人影は俺に向けて手裏剣を投擲する。

 忍者だ!?


「抜剣! 籠釣瓶村正ダインスレイブ!」


 抜いた刀でその手裏剣を弾き飛ばす。

 慌てた人影は俺達に背中を見せる。


「逃げられるわよダーリン!」

「知っている。追うぞ」


 俺は逃げ出す忍者を追いかけて走り出した。

 だが竹を飛び回る忍者と刀を構えながら地面を走る俺では速度に差が有る。

 じわり、じわりと距離は開き、次第に姿を捉えるのも難しくなっていく。


「いかん、このままじゃ逃げられる……!」

「ダーリン、まだ手は有るわ」

「なんだ?」

「その籠釣瓶村正ダインスレイブをあいつらめがけて思いっきり投げつけて頂戴」

「投げる!?」

「良いから! 早く!」

「ええい、ままよ!」


 こうなったらなるようになれ。

 俺は思い切って籠釣瓶村正ダインスレイブを投げつけた。

 するとどうだろう。

 風を切る音と共に、籠釣瓶村正ダインスレイブは竹の隙間を縫うようにジグザグに飛び、竹から竹へと飛び移る忍者の胸へと突き刺さったのだ。

 忍者はくぐもった悲鳴を上げ、地へと落ちていく。


「マジかよ……」


 地に落ちた忍者はピクリとも動かない。死んでいる。


「この剣はドウェルグたちによって鍛えられ、ひとたび抜かれれば必ず誰かを死に追いやる。その一閃は的をあやまたず、また決して癒えぬ傷を残すのだ」


 ポカンとしていた俺の隣でレイちゃんは呟く。

 普段の柔らかく明るい話し方からは想像も出来ないほど暗く冷たく鋭い声だった。

 

「どうしたんだレイちゃん?」

「古い詩の一節よ。この世界で籠釣瓶村正と呼ばれるようになる前から、ダインスレイブあたしはそう謳われてきた剣なの」

「だから、絶対に当たるのか?」


 俺は地面に倒れ、冷たくなっている忍者から籠釣瓶村正ダインスレイブを抜き、血を払って鞘にしまう。

 近づいて初めて気がついたのだが、忍者は案外小柄だった。

 もしかして子供なのか? だとしたら嫌だな。


「今みたいに投げても、目が見えないまま振っても、ダーリンが望む限りそれは相手に当たる。ダーリンが斬りたい相手を斬る為ならばいかなる因果を捻じ曲げてでも、あたしは相手の命へと突き刺さるの」

「成る程……ありがとうレイちゃん。助かった。今晩元の世界に帰れるかどうか、楽しみだな」

「残念だけど、それは人間じゃないわ」

「人間じゃない?」

「その黒い頭巾を取ってみなさい」


 言われるがままに俺は忍者から頭巾を奪い取る。

 毛の一本も無い頭皮、赤い肌、つり上がった黄色い目、長い鼻。

 

「うわっ」

「やっぱり小天狗よ。何者かによって訓練を受けた天狗ニンジャってところかしら」


 天狗で……ニンジャ!?


「これも魔物なのか?」

「ええ、人間並みの知能と身軽な身体を持った魔物よ。まだ子供だから戦闘能力は大したことないけど、今みたいに地形を活かして襲いかかられたら厄介ね」

「それって滅茶苦茶悪質じゃないか? 天狗とか駆逐できないのか?」

「普通は人を襲ったりしない筈なんだけどねえ、誰かが仕込んだのかしら?」

「誰かが仕込んだ? だとすると厄介だな」

「厄介?」

「こいつ並みに訓練された天狗ニンジャが大量に居たら危険だろう」

「そうねえ……あら?」

「どうした?」

「大変よ!」


 レイちゃんは悲鳴を上げる。


「さっきの死体が無いわ!」


 先程まで足元に有った筈のニンジャの死体が消えていた。


「慌てるな」


 確かに死体は消えた。しかし血痕は点々と続いている。

 その痕跡を追えば、逃げたニンジャの行先は分かる。


「あそこだ!」


 天狗ニンジャは胸から血を流し、這いずるようにして逃げている。


「仕留めるわよダーリン!」


 逸るレイちゃんを止め、彼女に小声で囁く。


「まだだ」

「は?」


 天狗ニンジャはもう弱り切っている。

 ここはゆっくりと追いかけて巣の位置を特定し、協会に報告すべきだ。


「目の前の相手を殺すだけじゃ駄目だ。根絶やしにしないと」

「あっ、そうか! さっすがダーリン! すごいわ!」

「レイちゃんが居なければ何もできないよ、俺は」

「……」

「どうした?」

「……最初からそう言ってくれたらここまで臍だって曲げなくて済んだのに。うふふ、もう!」


 レイちゃんは嬉しそうに俺の背中を叩く。

 いやはや、女の子というのは良く分からない。


「あんまり大声を出さないで。姿を隠しながら追いかけるよ」

「はーい!」


 俺達は茂みに身を隠しながら天狗ニンジャの追跡を開始した。


     *


 天狗ニンジャはしばらく這いずって山の奥へと進み、そこにぽつねんと立っている山小屋の前で力尽き、息を引き取った。

 しばらく様子を見てると、中から他の小天狗が現れて、周囲の様子を気にしながら倒れたニンジャを中に引きずり込んだ。


「また小天狗か」

「変ねえ? 大人の天狗が居ないなんて」

「レイちゃん、ちょっと様子を探ってきてくれないか?」

「あたし?」

「レイちゃんにしか頼めないことなんだ」

「あたしにしか!? うーん……そう言われちゃうと仕方ないわねえ。ちょっと待ってて頂戴」


 レイちゃんは小さな体を更に小さく、全長10cm程になってそっと山小屋へと近づく。

 彼女は山小屋の窓の隙間から中の様子を伺い、すぐに帰ってくる。


「大変よ! ダーリン!」


 レイちゃんは真っ青な顔で戻ってくる。


「なに? どうした?」

「さっき会った狩人達が殺されてる!」

「なに!? 四人ともか?」


 ムカつく奴らだが何も死ぬことは無いだろうに。

 態度は大きかったが、一度仲良くなると情に厚そうなタイプと見ていたんだけどな……。


「いや、女の子の姿だけ見えないわ」

「……よし、助けに行くか」

「鼻の下伸ばしてるわね?」

「違うっての。ここで放っておいて死んだら寝覚めがわりいや」


 言葉遣いを切り替え、戦闘モードに少しずつ移行していこう。

 便利だな、べらんめえ口調。


「もう死んでる可能性の方が高いわ」

「ここで見捨てりゃ男がすたらあよ」

「ダーリン、そこまでする義理は無いでしょう?」


 痛いところを突かれてしまった。

 戦う気持ちが少し揺れる。


「……正直に話すとね」

「なあに?」

「こっちに来てからさ。自分がどんどん人間じゃなくなっていくような感覚があるんだよ。剣を振るだけで簡単に人を殺せちゃうし、目の前の相手をどうやって殺すかってアイディアも次から次に浮かんでくる。まるで頭のおかしい殺人鬼だ。籠釣瓶村正ダインスレイブってのは抜いた時にだけ効果を持つ筈なのに、変だと思わないか?」

「それは……」


 口籠るレイちゃん。やっぱりおかしいのか。剣を抜いてもいないのに、自然と殺しをする算段ができるなんて。

 それを理解した上で、俺は籠釣瓶村正ダインスレイブを抜き放つ。

 そして静かに宣言する。


「俺は人間で居たい。暖かくて血の通った人間で。俺の思い描く理想の人間はここで女の子を見捨てない」


 レイちゃんは肩をすくめ、溜息をつく。


「好きにしたら? どんなダーリンだってあたしは付き合ってあげるわよ」

「それはお前が剣だからか?」

「違うわ、きっと」


 俺はにやりと笑うと山小屋へと駆け出した。


     *


「うっ……こいつはひでえ!」


 扉を叩き切り、乗り込んだ山小屋の中はおぞましい惨状となっていた。

 むせ返るような血の香り。吐き気のする甘い香り。二つが混ざり合い、思わず顔をしかめてしまいそうな悪臭となっている。

 土間には全身を切り刻まれた裸の男が三人。

 目を凝らせばなんとなく先程の狩人とは分かるが、あまりにむごい。


「ダレダ!? アタラシイニク!」

「タノシイ! タノシイ! ウゴクニク! タノシイ!」


 俺を見つけ、けたたましく笑う四匹の小天狗達。

 彼等は男達の身体に突き刺さっていた槍を引き抜いてこちらに向ける。

 魔獣というのは思ったよりも邪悪な生き物らしい。


「そうかい、楽しそうで何より」


 腹のあたりでチリチリと燃える不快感が焦げ臭い匂いを立てる。

 情報を聞いてから切るつもりだったのに、我慢がならず、身体は勝手に動いていた。

 最短距離で一番近くに居た小天狗へと突撃し、首を刎ねる。


「シンダ! シンダ!」

「コロセ! コロセ!」


 小天狗はこちらに向けて槍を突き出す。だがあまりに遅い。


「借りるぞ、おまな


 俺は跳躍した。

 そして槍の上に飛び乗り、そこからもう一度跳躍。

 そのまま小天狗の頭上を取る。


「――暗殺魔剣・足譚」


 頭上から一振り。

 着地して横薙ぎに一振り。

 返す刀で一振り。

 頭が真っ二つになる天狗。

 首と胴体が別れる天狗。

 袈裟懸けに斬られて鮮血を撒き散らす天狗。

 三匹の小天狗はあっという間に物言わぬ死体になった。


「一丁上がり……と」


 俺は振り返って男達の死体を眺める。これで少しは彼等の無念を晴らせただろうか。

 

「ねえ、ダーリン」

「どうした?」

「まだ生きているみたいよ。本当にわずかだけど……生命の気配が……」

「なに?」


 信じられない。

 この三人、皮膚が有る場所を見つける方が難しい有様じゃないか。

 そう思っていると、地面に放置された男達の中の一人がか細い声を上げる。


「そこに……誰か居るのか?」


 驚いた。本当に生きている。


「居るぞ」

「もしあんたが人間なら、お律を……妹を……」

「助けろと?」

「この壁に……隠し扉が……」


 男は山小屋の壁を指差す。確かにそこだけ壁の色が薄くなっている。


「頼む、妹を……いや」

「なんだ?」

「あのカマ野郎をぶち殺して……妹、俺達の……仇、を」

「どうした? 返事をしろ。おい、おい……!」


 返事は無い。

 レイちゃんが俺の肩を叩いて首を左右に振る。


「ダーリン、今度こそ死んだわ」

「だな。最後に仇を討ってくれと言っていたな」

「どうするの? 殺す訳?」

「見てから決めるさ。まずはあの女の子を助けに行こうか」


 俺はそう言うと、隠し扉の有る壁を切り裂いた。

 努めて軽い調子に保った言葉とは裏腹に、刀を握る手には強い力が篭もっていた。

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