第19話 天ヶ瀬アマタは振り返る【総集編】

「何がどうしてこんなことになったのか。まず説明するよ」

「良いのダーリン?」

「ダーリンってどういうこと?」

「其処のところについても説明するね……」


 見慣れた我が家のリビングで、俺とレイちゃんは母さんにこれまでの事情を説明することとなった。

 母さんの淹れてくれたコーヒーを片手に、俺は話を始める。


「ある日、夢を見たんだよ」

「夢?」

「時代劇みたいな悪代官に追い掛け回される夢」

「大國長庵って奴よ! 金山奉行で、違法な取引を行っている所をダーリ……」

「ダー? なに? アマタがどうしたの?」


 母さんはあくまで表情は変えない。

 だがレイちゃんに向けて無形のプレッシャーを放ち、牽制している。


「ダ……」

「なに?」

「うぅ、アマタが見てしまったの……」


 屈した。レイちゃんが屈した。

 妖精であろうとなかろうとお構いなし! 母は強しか!


「ふうん。それで?」

「逃げ回っている間に、レイちゃんを見つけて彼女に助けて貰ってその悪代官の屋敷から脱出したのさ」

「どうやって?」

「人を……刀で斬って」

「夢じゃないの? 貴方、剣道だの居合だのなんてやったことないじゃない」

「夢だったらレイちゃんの説明がつかないよ」

「そうね、でも貴方が刀を使えた理由は?」

「それはあたしのせいだと思うわ」

「あら、レイちゃんが何かしたの?」

「あたしは元々刀に取り憑く妖精で、ダー……アマタが刀を抜く時に力を貸したから……」


 母さんは黙ってレイちゃんを睨んだまま、一言も喋らない。

 俺も何を言えば良いのか分からない。

 しばらくしていると母さんはため息を吐いた。


「……そう。貴方が人を殺したというならば、そうせざるを得ない状況だった。お母さんはそう信じているわ。貴方は意味もなくそんなことをやる子じゃないもの」

「うん……ありがとう」

「アマタ……貴方は、将来お医者さんになりたいと言っていたわよね」

「はい……」

「夢の中とは言え、人殺しをどう思っているの? 辛くなかった?」


 正直に言えば人を殺すことが楽しくてしょうがない。

 でも、良い人や好ましい人は駄目だ。悲しくなってしまう。

 裏で材木問屋と手を組んで、奴隷の売り買いを行っていた大國長庵。

 魔獣の仕業と見せかけ、子供の天狗を薬漬けにした上、若い狩人を拉致・拷問して遊んでいた天狗使いの松平万作。

 そして、自らの裁量一つで怪しい人間を地下の岩牢に閉じ込め、社会的に抹殺していた鳥居庸蔵。

 ああいう悪党は斬るのが楽しくて仕方なかった。

 これはきっと俺自身の生まれ持った性質だろう。

 こんな事を考える俺は、本来ならば奴らと何ら変わらない邪悪だ。この邪悪を飼い馴らして、人の中で生きていかなくてはいけない。


「……辛くはなかった。必要だと判断したから、そうしないともっと沢山の人が死ぬから、何より自分が死ぬから、やるしかないと判断した。だから身体が勝手に動いた」

「そう……貴方、辛い思いをしていたのね」

「俺は辛くは……」

「アマタ、私が言う辛い思いっていうのはね。貴方が考えているのとは違うわ」

「何?」

「貴方のように生まれついた子が、今の日本で普通に生きていくのが辛かったんじゃないかなって思ったの」

「……母さん」


 恐ろしい。

 母さんにはなんでもお見通しだ。


「貴方、井上さん家のユウナちゃんのお友達とばかり遊んでいたでしょう? 中学の頃のお友達とはパッタリご無沙汰じゃない。実は上手く行ってなかったのかなって気にしていたけど、きっと貴方が馴染めなかったんでしょう? 腹を割って長く付き合える友達が居なかったんでしょう?」

「……うん」

「やっぱりそうね。あんまり人と踏み込んだ仲になりたがらないなって思ってたけど……それなら納得行くわ」

「ちょっと待って母さん。俺はそこまで――」

「ごまかさなくて良いわ。身体が勝手に動いた? それなら今の返事だって口が勝手に動いて理路整然と説明できる筈よ。でも貴方は迷った。迷った末に、義務感を理由にした。嘘ではないのでしょうね。貴方が良い子になるように、おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんも私も大切に育てたもの。誰かの為に自らの手を汚してでもって考えるようになったって不思議ではない。だけど、それを語る貴方の表情はあまりにも悲壮感が無かったわ」

「……っ!」


 自らの顔に手を触れる。

 何時もと変わらない。驚くほど変わらない。顔面のこわばりというものが一切感じられない。

 気分もそうだ。特に悲しいという感情は無い。強いて言えば、気恥ずかしさくらいだ。


「人殺しをすると心が躍ったんでしょう?」

「――母さん!?」


 悲鳴を上げてしまった。

 なんでもお見通しだからといってここまで分かってしまうものなのか?

 レイちゃんが慌てて俺と母さんの間に入る。


「ちょ、ちょっと待って欲しいのー! お義母さ――」

「百合さんで良いわよ? 

「ゆ、百合さん」

「別に怒ってはいないわ。貴方がアマタに自らの精神性を自覚させる切っ掛けになったことも、貴方がアマタとどんな関係であったとしても、特に怒ってはいないから安心して頂戴。それで何を話したかったの?」

「うぅ……ア……アマタは……」

「なに?」


 流石に見ていられない。

 

「母さん。あまりレイちゃんを怖がらせないでくれないかな」

「少し黙ってなさい。男の子が女の子の話を遮るものではないわ」


 母さんがレイちゃんを鋭い瞳で睨みつける。

 何か一言でも妙な事を話したら絞め殺すぞ、と言わんばかりの瞳だ。


「――ああもう! は人を斬らないとこっちの世界に戻れなかったの! 家族の貴方に会う為に必死で戦ってたんだから!」


 だがレイちゃんは突如として大声で叫んだ。

 そして逆に母さんを睨み返す。


「あら、それは知らなかったわ……教えてくれてありがとう」


 母さんはそんなレイちゃんにニコリと笑う。

 母さん、なんで急に機嫌が良くなっているんだ?


「ねえレイちゃん。それで悪代官の屋敷から逃げ出した後はどうなったのか教えてくれない?」

「大國長庵の屋敷から逃げた後、幕府の天文方……ウラニボリって呼ばれる学者さんのお屋敷に匿ってもらったの。違う世界から来た人は珍しいからって。それでその人のお世話になって魔獣を狩る狩人になったの」

「狩人? 魔獣?」

「この世界だと伝説になってるモンスターみたいな奴らよ! ドラゴンとか!」

「ああー、そういうことね。素敵ね」

「でもそこで新人の狩人を狙った人攫いが居たの!」

「斬ったの?」

「斬ったわ! 松平万作って奴! 政府高官の親戚だったみたいだけど、そんなことダーリンには関係ないわ!」

「逮捕されないのかしら?」

「逮捕されたわ! その一件と関係ない無実の罪を着せられて!」

「まあ大変!」

「ダーリンの機転で脱獄してきたから安心して! ついでにダーリンを逮捕した悪い町奉行鳥居庸蔵も斬ってきたわ!」

「そうなのアマタ?」

「レイちゃんの言う通りです……」

「本当にそうなのね……」

「ついでに鳥居庸蔵に捕まっていた大國長庵の娘まで助けちゃったんだから!」

「どんな子?」

「十二くらいで可愛いわよ! 世間知らずだけどとっても良い子だったわ! でも牢屋に捕まっている間に肺を病んでいたみたいで……」

「あら、肺を? どんな症状か分かる?」

「血を吐いていたわ。あと熱も少し出てたような……」

「肺炎かしら……? 心配ねえ……」


 母さんは溜息をつく。


「あ、あの、母さん……俺が向こうで人を殺してしまったことについては」

「過ぎたことは仕方が無いけど、こっちで人を殺しちゃ駄目よ? 夢の世界ならまだしも、この世界で人なんて殺したら貴方の人生台無しよ? ちゃーんと我慢すること」

「母さん、軽くない?」

「貴方が辛そうにしてたらもっと言う事はあるんだけど、貴方が無事なら他に言うことも無いもの。ああでも、そうね」

「なに?」

「レイちゃんに一言有るわね」

「え? あたし?」

「アマタを助けてくれてありがとう」

「あたしが?」

「普通、人殺しが楽しかったなんて言う男の子を大好きになってくれる人なんて居ないわ」

「それは、あたし自身が刀だから……」

「そうね。でも、アマタの生まれついた性質を受け止めることができるのはきっと貴方だと思う。違うかしら?」

「勿論! ダーリンの刀は私だけなんだから!」


 母さんは優しく微笑み、レイちゃんに向けて手を伸ばす。

 レイちゃんの艶やかな金髪を優しく撫で付けて彼女に語りかける。


「じゃあ良いわ。アマタは人間的にはまだ未熟だけど、善くあれかし正しくあれかしと願って育てた一人息子です。明日も、明後日も、生きてここに戻ってこられるように力を貸してあげてね?」

「百合さん……」

「ママさんでも良いわ」


 母さんは笑顔のまま頷く。


「良いのー?」

「あ、でもね。アマタをダーリンって呼ぶなら孫の顔を見せてもらえるわよね? 大丈夫なの? 貴方が妖精っていうのは分かったけど、そこら辺がしっかりしないとちょっと困るっていうか……天ヶ瀬家のピンチっていうか……」


 母さんは30cm程のレイちゃんの体を心配そうに見つめる。

 あの、いや、この人何を言い出しているんだ……?

 顔が一気に熱くなってきた。なんでこんな生々しい話を……!


「や、やめてくれないかな母さん!?」

「やってやるわよ! その気になれば五倍くらいには大きくなれるもん! 疲れるけど!」


 なれるの!?


「その意気や良し!」

「やめてくれないかな二人共!」


 もう此処にいるのが辛くなって、助けを求めるように仏壇の有る方を眺めると、父さんの遺影が笑っているような気がした。

 ねえ父さん。

 少し常識外れな気はするけれど、俺は優しい人々に囲まれています。

 だから俺はまだ、頑張れます。カラカラ笑う母さんと顔を真赤にしてキーキー叫ぶレイちゃんを見ると、俺はそう思えます。

 天国の父さん、俺は今結構幸せです。

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