8-2

介護、福祉の現場では少子高齢化の影響をもろに受け、現場の人員不足は深刻だった。東京都は介護分野にいち早くアンドロイドを実用化し、この問題解決に乗り出した。実用化から既に10年以上が経過しているため、経年劣化によるアンドロイドの故障や、予期せぬシステムエラーで自動停止する機体も最近では増えてきた。


「“大森かしわ園”……、あれだな」

「特別養護老人ホーム 大森かしわ園。間違いない」


ティエラが車に乗っていると、カーナビゲーションシステムを使う必要がない。GPSのシステムとティエラの電子頭脳がリアルタイムで同期しているためだ。このあたりは再開発で、すぐに街並みが変わってしまうから、カーナビゲーションシステムが役に立たないことも結構ある。守月は方向音痴で全く役に立たないから、ティエラが隣に乗っていると、本当に助かる。


僕たちは高層マンションのような建物へ入っていった。ここはいわゆる高齢者施設。入居している高齢者を介護するために配備されいたアンドロイドが、昨日の夕方、何の前触れもなく起動停止してしまったとのことだ。


「お待ちしておりました。当施設の責任者をしております、田中と申します。どうぞ、こちらです」


僕たちが施設の正面玄関から入ると、待っていてくれた田中と名乗った女性が、施設の中を案内してくれた。建物内は明るく、光がたくさん入るよう設計され、清潔感もあるきれいな内装だった。


「ここです。どうぞお入りになってください」


医務室と書かれた部屋の奥には、3つほどベッドがあり、その一番奥に40代くらいの男性が横たわっていた。


「ずっと一緒に仕事をしてきました。昨日、自分からこの場所で横になって、このまま動かなくなったんです」


僕は男性が横たわっているベッドの近くに行き、彼の後頸部にあるアクセスポートを開いた。


「ティエラ、個体識別番号はM-168794。エラー種別は自律的起動停止。間違えないか?」

「経年劣化による電子頭脳のシステムエラー。大丈夫、既に起動停止している。このまま回収できる」


僕は施設長の女性に向き直ると、この状況を説明した。


「彼は経年劣化によるシステム異常のため、安全装置が起動し、自律的に停止しました。このアンドロイドは法律の規定で、東京都が一度回収しますが、保険福祉局に申請していただければ、代わりのアンドロイドが再配備されます」

「彼はこのまま修理できないのでしょうか」

「システムエラーを起こしているので、再起動するには、内部システム全体を交換する必要があります。その際、彼の記憶や人格も消えてしまいます」

「そうですか。彼はもう……」


田中さんはしばらくうつむいていた。僕たちはかける言葉もなく、その場にしばらくいた。

帰り際、田中さんは僕たちにこういった。


「アンドロイドでも自分が死ぬと言うことが理解できるのでしょうか。彼にもわかっていたのでしょうか、自分がいずれこうなると言うことが」


僕は何も答えることができなかった。


「少なくとも彼はここで仕事ができて幸せだったと思います」


僕の少し後ろでティエラはそういった。


*****


「ティエラ、アンドロイドの寿命ってどれくらいなんだ?」


帰りの車の中で僕はティエラに聞いた。公式な仕様ではアンドロイドに寿命という概念はない。機体そのものは、再利用が可能だし、アンドロイドに期待されている役割は、減少した生産年齢人口がもたらした労働力不足を補うことである。そこには本来、人間性というものはあまり求められていないのだ。つまり大方の人はアンドロイドを消耗品として見ている。


ただ人工生命リバティーはアンドロイドの中で成長を続け、現場で長く稼働していると、人とのコミュニケーションもうまく取れるようになっていく。長年一緒に働くことで、人によっては大事な職場の仲間、という認識が芽生えることも多い。こうしたアンドロイドが経年劣化で起動停止してしまうと、心的なストレスを受けてしまう人も確かに存在する。東京都ではこのような“アンドロイドロス”つまり、アンドロイドを失ったことによる心的ストレスを少しでも軽減するために、アンドロイドの個人所有を認めていない。


「アンドロイドに寿命と言う概念はないけど、これまでの東京都の回収データによると、起動承認を得てから、起動停止まで、平均11.5年」

「そうか、だいたい10年くらいか」

「わたしも10たったら、こわれてしまうのかな」

「ティエラ……」


限られた時間だと、最初から分かって生きていくこと、それは、明日死ぬ確率が極めて低い今の僕にはとても想像のつかないことだ。生きている時間の中で死というものを知るには他者の死を見るしかない。ティエラはアンドロイドの“死”を見ることで、自分にとっての死というものと、必然的に向き合わざるを得ないのかもしれない。


「10年もたてば、電子頭脳の記憶とか、そういうのも失わずに再起動できる技術が生まれているはずだよ。きっとね」

「うん」


僕は助手席に座るティエラを見た。いつも窓から外の景色を見ているティエラだけど、今は僕の方を向いている。


「優樹、ありがとう」


その時、携帯通信端末が着信を知らせた。僕は端末をハンズフリーモードに切り替え応答した。


『高地だ。今どこにいる』

「高地さん、お疲れさまです。今、大森付近です」

『そうか。近くだな。緊急で伝えたいことがある。寄り道せずに帰ってきてくれ』

「了解です。緊急って何かあったんですか」

『近藤至の計画、その一部が判明した。アンドロイドの密輸計画だよ』

「密輸??」

『詳しくは後で話す。すぐに帰ってきてくれ』


よほど忙しいのだろうか。高地は突然、通信を遮断してしまった。


アンドロイドはたとえ国内でも東京都以外に持ち出すことはできない。すべてのアンドロイドは東京都で管理しているというのに、それを国外に輸出することなんて、どうやったらできるんだろう。僕はこの時、なぜか漠然とした不安を抱えていた。なんだか嫌な予感がする。

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