3.疑問

3-1

スミス&ウェッソンM36、見た目からして古臭い拳銃だ。ティエラに支給された拳銃は、このM36の改良版らしいが、それにしても旧世代の代物あることに間違いはない。回転式リボルバーに装填できる実弾はたった5弾のみ。これで想定される有事とはいったいどんな状況なのだろうかと考えざるを得ない。


人間が音を感知したときに、耳の痛みを感じる閾値は130デシベルと言われているそうだ。そして、この旧式の拳銃を発砲した時に発生する、乾いた轟音は僕の体感的には180デシベルと言ったところだろう。防音のためのヘッドセットをしていないと気が狂いそうになる。


僕とティエラは午後から、かつては府中と呼ばれていた地域にある警視庁警察学校の術科訓練棟に来ている。ここは東京都第1区の西側になるが、付近には警察学校以外の建物はほとんどない。


術科訓練棟は高校時代、毎日のようにバスケットボールをした、あのなつかしい体育館を彷彿させる施設だ。そしてこの訓練施設の射座数は12射座。他に射撃訓練をしている警察官はいなく、僕たち二人だけだ。


5弾すべてを撃ち終えたティエラは、こちらを振り返って、何か言いたそうにしている。僕は轟音から耳を保護するためのヘッドセットを外した。


「どうだい、調子は」


返事を聞かなくとも、20メートル先の的を見れば、なんとなくダメそうなのは分かる。5弾全て同じ場所を撃ち抜いているのに、標的から完全にずれている。つまり、射撃制度は非常に高いが、照準の妥当性に問題あり……といったところだろうか。


「優樹、ごめん。手伝ってほしい」


ティエラはいつも唐突に話し出す。僕はそんなティエラの言葉に戸惑うのだけど、なんだか少しだけ懐かしい気持ちにもなる。アメと一緒にいたころはいつもこんなふうだった。


「ああ。どうすればいい?」


旧式と言えど、本物の拳銃を見たのは今日が初めてだ。銃に関する知識も、射撃に関する知識もあいにく持ち合わせてはいない。僕に何が手伝えるのだろうか、そんな疑問にまみれながら、射座に立っているティエラに近づいた。


「私の腕を持って、あの的、中心を狙って」

「俺が?」


的を狙うと言っても射撃訓練などまともに受けたこともない僕に何ができるというのか。いつも使ってるバークパルサーは無抵抗なアンドロイドに至近距離から適当に発射しているだけだ。彼女が何を考えているのか全く分からなかったが、僕はティエラの後ろに立った。そして、銃を構える彼女の両腕を外側から抱えるようにして、真正面を向いた。


狭い肩幅、低い身長、長い後ろ髪。間近でティエラを見ると、この子はアンドロイドではなく、本当は来宮アメなのではないかと思えてくるくらい、何もかもそっくりだ。


「俺もあそこまで距離のある標的を狙うのは初めてだよ。上手くいくかな」

「大丈夫。優樹が位置を定めたら教えて」

「ああ」


僕は20メートル先の的を睨めつけながら狙いを定める。確信は無いが、こんなものだろうか。


「ここかな」


その瞬間、空気を切り裂くような短い轟音が僕の鼓膜を震わせた。

――ああ、うるせぇ

ヘッドセットをしてこなかったことをひどく後悔した。ひどい耳鳴りと、硝煙のにおいが鼻をつく。


「もう少しだけ左」


ティエラの声がものすごく遠くで聞こえる。至近距離からの爆音が僕の聴覚を鈍化させたのだ。


「このあたり?」

「あと2ミリ」


2ミリの意味が分からない。とりあえず僕はわずかに腕をずらした。


「そこ」


ティエラの言葉が先か、銃声が先か。とにかくもう1弾発射。

――ああ、鼓膜が…。

正面に目を向けると、見事に標的の中央を打ち抜いていた。そして間髪入れずにティエラはその後、3弾を連射した。


「これで大丈夫。照準センサーがちょっとずれてたみたい。平均誤差半径をマニュアルモードで修正したからもう大丈夫。ありがとう」


なにが大丈夫だ。何がどう修正されたか知らないが、僕の耳は全然だめだろう。

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