2-3

機動捜査課のオフィスへ戻ると、案の定、高地に呼び出された。何を言われるのかは大抵わかる。いつものことだ。


「お前というやつは本当に……。アンドロイドだって、人格や心のようなものがあるし、彼らと関わっている人間たちと記憶を共有しているんだぞ。確かに異常行動機体は一度回収しなきゃならない。ただ、少しやりすぎじゃないか。回収時には所有法人への配慮も必要だと、行動規範に書いてあるのはお前も知っているだろ?」


そんなことは十分に分かっているつもりだ。今更言われるまでもない。しかし相手は正常起動していたわけではない。異常行動機体は所有法人の同意なしで起動停止できる権限が僕らにはある。


「お前、ここに来る前は整備課のエンジニアだったんだろ?アンドロイドにも俺ら人間と同じ人格があるってことをお前が一番良く分かっている気がするんだがな」

「こいつらはただの機械ですよ。人格なんてものはリバティーという人工生命プログラムの生み出した表象に過ぎない。暴走したら起動停止する、それが僕らの仕事じゃないですか」


別に理解してほしいわけじゃない。ただ僕は同じ話を何度も聞きたくないだけだ。僕には僕のやり方がある。法令に違反しない限りは僕は自分のやり方を貫きたい。


「アンドロイドにもアイデンティティがあるんだ。星崎、なあ、せめて回収時には所有法人の代表者と別れの挨拶くらいさせてやってくれ」

「機械にアイデンティティがあるとするならば、それは機械であることのみでしょう。僕には関係の無い話です」


アイデンティティなんてものは人間ですら保てていないじゃないか。僕はそう思う。


「高地課長。上野局長がお呼びです。局長室までお願いします」


緊張感が張りつめた部屋に、懐かしい声……いや、ティエラの声が聞こえた。


「ああ、わかった。すぐ行くよ。星崎、すまん、少し言いすぎた。報告書を書き終わったら、ティエラを整備課まで送ってくれ」


整備課まで送る?子供じゃあるまいし。

僕はため息をつき、それでも気を取り直しながら、自分のデスクチェアに座り、パソコンのモニターと向きあった。なんとなく目の前の風景に違和感がある。机の位置が移動しているのだ。隣に目をやると、ティエラのデスクは僕の隣に用意されていた。


僕が書類を作っているあいだ、ティエラは黙って僕の隣に座っていた。

彼女が隣にいる、それだけで気が散ってしまうのはどうしてだろうか。何かを話したいわけじゃない。彼女はアメではないことは分かっている。ただ過去の記憶が僕の仕事の邪魔をしている。そう、ただの記憶であり現実ではない。


「あの……」


報告書を概ね書き終えたころ、隣で座っていたティエラが話しかけてきた。


「ああ、どうした?もう少し待っててくれ。すぐに終わらすから」


デスクの片隅においてある冷めたコーヒーを口に運ぶ。報告書ほど、面倒くさいものはない。こういう書類仕事が一番嫌いだ。誰も読まないこの書類を毎日毎日書き続け、ただ延々と時間を浪費してく。


「君のこと、何て呼べばいい?星崎優樹……だよね。優樹でいいかな?」


いきなりティエラに名前で呼ばれ、僕は口に含んだコーヒーを吐き出しそうになった。


「ああ、まあ、なんでもいいよ」


動揺した僕の心を悟られないように、平静を装いながら、報告書を添付するためのメールアプリケーションを起動する。そういえば今朝、僕はティエラに自己紹介もしていなかったことに、今更ながら気が付いた。


やっつけ仕事で書き終えた報告書のファイルをメールに添付する。メールを作ることさえも面倒くさい。こういう時、仕事のできるやつはテンプレートを作って作業の効率化を測ったりするのだろうけど、そのテンプレートを作ることさえも面倒くさい。”面倒くさい”が循環して余計にやる気を削いで行く。


「ティエラ、終わったよ。行こう」


僕は小さくため息をついて、時計を確認すると20時を回っていた。


「これで残業代が出ればまだいいが。整備課の石上はもう帰っちまっただろうか」


僕は独り言のようにつぶやき、椅子から立ち上がると、ティエラと一緒に機動捜査課のオフィスを出た。隣の整備室に目をやると、予想に反して、石上はパソコンに向かって作業をしていた。


「星崎、遅い。ティエラに無理させるなとあれほど言ったでしょう?」

「ごめん、遅くなりました」


僕はとりあえず、あやまっておいた。この時間に大きな声を聴くと、精神的にかなり消耗する。


ティエラは静かに充電ポッドに腰を下ろす。充電灯が充電中を示す青色にともると、発せられた青い光がティエラを包む。充電中のティエラを見ていると、やはり人ではないのだな、とあらためて思う。見た目も、会話も、しぐさや行動も、人のそれと変わらない。自分で考え、学習もする。だけどアンドロイドなのだ。


初めてティエラを見たときのように、彼女は両足を抱え、そして僕の方に顔を向けた。視線が合う。それを視線と言うべきか僕には良く分からないのだけれど。


「優樹、今日はありがとう」


ティエラの意外な言葉に僕は何も答えることができなかった。どこかで聞いたような言葉。そう、それは過去の記憶の中の言葉。――優樹、今日はありがとう、楽しかったよ。


「“ゆうき”?あんたたち、いつからそんな関係なの?ティエラ、もしかして星崎に変なことされたの?」


石上が僕をにらみつける。


「星崎、てめえ、ティエラさんになんかしたら承知しないからな!」


石上の大きな声に僕は我に返った。しかし、今日という日は何と言うか。浄水場に行って、アンドロイドを起動停止して、守月に説教され、高地に説教され……、まあ、もうどうでもいい。とにかく最悪な1日だ。


「なんもないですよ。俺、もう帰りますね」


僕はそういって整備室を後にした。扉越しに石上の声が聞こえる。ティエラの今日の一日のアクティビティデータを解析し直してるんだろう。ティエラにはあんなに優しく話せるのに、なんで僕にはあんなにきついしゃべり方なのだろうか、こればっかりは永遠の謎ではある。


帰り際に局長室から出てくる高地に偶然出くわした。局長室と言っても会議室より狭い空間だ。5区管理局の一番奥にある部屋。昼間でも外の明かりが届かない、薄暗い場所である。


「高地さん、なんかまずいことしたんですか?」

「あほかお前は。ああ、星崎、ちょっといいか?」


僕は高地と一緒に裏口のドアを開け、外のベンチに腰を下ろした。高地は自動販売機でコーヒー2本買うと、一本を僕に向けて放り投げてきた。


「陸自に引き渡したアンドロイドは東京都の管理局全体で5体、お前も知っていると思うが、災害救助用として配備するそうだ。すでに田邉重工でメンテナンスが行われている。その5対のアンドロイドの管理業務を5区で行ってほしいというわけだ。正式な業務通達は既に受けていて、メンテナンス終了後、監視業務に取り掛かれと局長命令だ」

「5体全部ですか?陸自の所有なんですから、陸自でやれば良い話でしょう。なんでいっかいの都道府県職員が関わらなきゃいけないんですか。こっちは人手が足りませんよ」


機動捜査課は慢性的な人手不足だ。区内配備アンドロイド数に対する人員は定数確保されていることになっているが、5区は老朽化したアンドロイドが多すぎる。つまりアンドロイドの異常行動の入電が他の区よりも圧倒的に多いのだ。


「なんでも陸自東部方面総監からの直接命令らしい。既に東京都も承認しているそうだ。お前を現場から外すことはできない。だからこの作業は守月が適任かと考えてはいるが……」

「今後はティエラと組んで仕事をすると言うことになるわけですか」

「すまんな、そういうことになる」


高地は缶コーヒーを一気に飲み干すと、ため息をついた。


「高地さん、ティエラの仕様データを見ましたよ。あれは機動力という観点からすれば一般人と変わらん代物じあないですか。むしろそれ以下といったほうがいい。いったい、何の役にたつんですか?」

「機動捜査課のアンドロイドが活躍せにゃならん時代など永久に来ないと思うがな」


*****


「ティエラ、今日は疲れたでしょう。お疲れ様。アクティビティデータをみてるけど、異常なさそうね。なんともない?」


石上はパソコン端末のモニタをチェクしながら、ティエラに話しかけた。ティエラの1日の活動状況は整備課のパソコン端末でデータベース化され、東京都全体で共有できるシステムになっている。ティエラの視覚映像から身体出力データまで、あらゆる記録がデータベ―スとして蓄積され、今後のアンドロイド運用に生かされていくのだ。


「ルナ子?」

「うん、何?」

「星崎優樹ってどんな人?」


石上はパソコンのモニタから目を離すと、やや驚きの顔つきでティエラの方を向いた。


「やっぱあんた、あいつに何かされたの??」

「わたし優樹を知ってる」

「へ!?」

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