第7話-憂虞-

東京都第1区アンドロイド管理局による日本通信社、代々木ビルの強制捜査が入ったのは、僕たちが不審な通路と、「田邉重工ネットワーク管理室」を発見した翌日の早朝だった。


現場に唯一放置されていた物的証拠、起動停止していたアンドロイドは、田邊重工から盗み出された盗難アンドロイドであることが判明した。この機体も頭部が完全破壊されていた。これで3体すべてのアンドロイドが回収されたが、近藤至のゆくえは未だ不明なままであった。現在、警察も捜査を継続しているが、手掛かりはつかめていない。


5区管理局では“来宮文書”をはじめ、僕らが押収したパソコン端末や文書資料からティエラにインストールされているクロノスプログラムに関する解析が進められていた。


クロノスプログラムはアンドロイドの遠隔同期に関わるシステムであることが示唆されていたが、プログラム開発者である来宮隆は既に死亡しており、またティエラの設計にかかわった人間が、来宮ただ一人だったという事実からその機能や目的に関していまだ良く分かっていない。いずれは警察へのアンドロイド配備を考えている東京都としても、不審なプログラムを保持したまま配備するわけにはいかないと考えたのだろう。このプログラムがいったいどんな目的で、どんな役割を果たすのか、明らかにしておく必要があったようだ。


「ティエラ、毎日座りっぱなしで疲れない?」


整備課の石上ルナ子は、ここのところずっとクロノスプログラムの解析作業に追われている。


「大丈夫。私には疲れるという機能は無いから。ただ充電が必要なだけ」

「ああ、そうだったね。今、あなたの記憶の断片を再構成しているのだけど、なかなかうまくいかなくて」

「記憶の断片?」

「そう、あなたの電子頭脳には、始めから何かのプログラムに関するデータが保存されていたようなのよ。クロノスプログラムって呼んでるやつなんだけど。それを誰かが意図的に断片化して、システム全体にばらまいているというか。たぶん、アメさんの記憶の一部もそこにあるんだと思う。だからティエラ、前に優樹のこと知ってる、って言ったでしょ。たぶん断片的な記憶があなたの頭の中に残っているのよ」


来宮隆は人の宣言記憶、つまり言葉で表現できるような事実と経験を保持している記憶を電子化して、アンドロイドの電子頭脳内に保存する技術の開発もしていた。誰かの記憶を取り出して、他の誰かと共有する。自分の娘の記憶を、その大切な思い出を、自ら作ったアンドロイドと共有させることで、彼は娘の存在にもう一度触れたかったのかもしれない。


********************


僕は管理局の裏口から外へ出ると、自動販売機で缶コーヒーを買い、隣のベンチに腰を下ろした。自動販売機のコーヒーはいつの間にかコールドからホットに切り替わっている。缶コーヒーを握ると少し熱い。一口飲んだ後の息が白くなる。


「先輩、デートどうでした?」


守月もコーヒーを買いに来たらしい。自動販売機の前に立ち、ズボンの後ろのポケットから財布を取り出すと小銭を探している。


「リハビリだよ、あほ」

「アンドロイドにリハビリの必要はないって石上さん言ってましたよ?」

「高地さんが外に連れ出せって、言ったんだよ」


コーヒーを買ってきた守月が僕の隣にすわった。


「星崎さん、話は変わりますけど、クロノスプログラムってなんでしょうね。僕らはアンドロイドの管理を東京都の専用管理ネットワーク回線で行っているでしょう?遠隔同期っていうのは、このネットワーク回線を使わなくても、アンドロイドを管理することができるってことなんですかね」


守月はやはり鋭いところを突いてくる。クロノスプログラムについて、ティエラが搬入された当初、田邊重工システム開発部は、主観的な時間感覚を有し、人間の行動に完全に同期できるとかいう、なんとも不可解な説明をしていたが、近藤が失踪事件を起こした以上、これはもう全く信用できない。


「最初は空気が読めるアンドロイドって説明でしたよね。ティエラさんはどちらかというと空気が読めないタイプだと思うんですよね。ああ、星崎さん、ごめんなさい」


――大丈夫、同感だ守月。


「人間の主観的な時間感覚なんていうものがプログラム上で再現できると思うか?」

「それは無理だと思いますよ。だって主観的なものを客観的に再現するって、なんだかおかしくないですか?」

「俺もそう思う。田邉重工の近藤がいなくなった今、ティエラが配属された時の説明内容は全く信用できない。クロノスモデルというのはそもそも来宮隆が作ったもので、近藤が作った代物じゃないしな」


クロノスモデルいや、ティエラの設計にかかわった人物がもはやこの世に存在しない以上、今は石上の解析結果にすべてがかかっていると言ってもいい。


「ですよね。でも盗難アンドロイド、全て回収できてよかったですね。結局全て、星崎さんとティエラさんが見つけたんじゃないですか?」

「おお、良く考えればそうだな。これはボーナスに期待できそうだ」

「先輩は本部局長命令違反でクビになるところだったんですよ。ボーナスなんて出ませんよきっと」


高地は本部局長にまで頭を下げてくれたらしい。あいつは何も言わないが、そういうやつだ。だからいつまでも課長どまりなんだ。僕はそんな課長の下で働けて幸せだと思う。


「このあと午後1時から、上野局長よりクロノスプログラムに関する解析結果の報告がある。お前ら機動捜査課の会議室に集まってくれ」


高地のことを考えていたら、本当に高地のばかでかい声がしたので少し驚いた。


「はい、わかりました。先輩、あと10分しかないですよ。先行きますね。何かわかったんですかね」


なんだか守月はうれしそうだ。僕は腕時計を見る。


********************


機動捜査課と整備課の職員が会議室に集まると、上野局長が話し始めた。


「ティエラの電子頭脳に組み込まれているクロノスプログラムについて、解析が概ね終了した。クロノスプログラムの機能については、ほぼ分かったと言っていい」


守月の目が輝いている。こいつは子供みたいなところがあるが、まぁ、なんというか好奇心が旺盛なのだろう。


「当初、クロノス型アンドロイド、つまりティエラは、従来のミネルウァ型アンドロイドと異なり、人間の時間感覚と同じような概念を持っていると田邊重工から説明があった。人の行動と完全に同期できるために、例えば警察の捜査員とアンドロイドが共同でミッションを行う際、ミネルウァ型アンドロイドとは比べ物にならないほど円滑に行動連携できるというシミュレーションデータが示されていたんだ。しかし、こうした事実は、その信憑性も含めてクロノス型アンドロイドの本来の性能ではないことが分かった」


やはり田邊重工でさえもクロノスプログラムの本当の意味を知らなかった。相対性理論上示唆される、人間個々の時間感覚なんて、客観的なデータとして再構築しようがないのは守月でも分かっている。日本のエリート集団が集まる田邊重工システム開発部が、このことを理解していないはずがない。


「人間との共同ミッションにおいて、人間の時系列的な行動と、完全に同期できるというのはあくまで建前だ。もちろんそうした試験データもあるようだが、これについては来宮自身が書いた論文にミネルウァ型アンドロイドとの行動様式に統計学的な有意差を認めなかったと記されている」


「局長、それはつまりどういうことですか?」


守月は自分のわからないことを明確にして、質問するのが上手い。なんとなく受け流してしまいそうだが、ここは確かに重要なところかもしれない。


「来宮はクロノス型アンドロイド試作機、これはティエラの前身モデルなんだが、それと、ミネルウァ型アンドロイドを比較して、人間との同期性、つまり共同ミッションの成功割合を評価した研究を行っていた。その結果によれば、いずれのモデルにおいても、ミッション達成率、主観的同期性評価などのアウトカムに統計学的な有意差を認めなかった。これは当初、我々が受けたティエラの機能に関する田邊重工の説明は、でたらめとは言わないまでも、何の根拠もない話だったということになる」


ティエラは確かにミネルウァ型アンドロイドと変わらないのかもしれないけれど、僕には他のアンドロイドにないものを持っているような気がするのは、おそらくアメの存在なのだろう。他のアンドロイドと違うのは、ティエラが、アメの非宣言的記憶と宣言的記憶の両方を断片的にではあるが共有しているからなのだ。


「では、ここからは石上君に説明してもらおう」


「はい。では私がクロノスプログラムの機能について説明します。が、その前に、アンドロイドの管理システムについてあらためて説明させてください。アンドロイドは二つのネットワーク回線に常時接続されていることは皆さんもご存じだと思います。」


そうアンドロイドにはネットワーク回線が二つ接続されており、一つは通常のインターネット回線だ。これによってアンドロイドはネットワーク上の様々な情報にアクセスし、学術的知識や人間の行動スタイル、テキスト化されたあらゆる情報を入手することができる。ティエラが田邉重工システム開発部の強制捜査の時、来宮隆の生存状況や、来宮アメの名前を瞬時に答えられたのも、東京都の住民登録データベースにインターネット経由でアクセスできるからなのだ。


「そしてもう一つは管理局専用の東京都アンドロイド管理ネットワーク。アンドロイドの位置情報、内部のシステムエラー、アンドロイドから送られてくる視覚映像など、東京都がアンドロイドの管理に必要とする情報のやり取りは全てこの回線から行っています」


管理ネットワーク回線のセキュリティは世界的にも高レベルなものだ。事実上、アンドロイドと人を明確につなぐ唯一の回線ネットワークともいえる重要なものだから。管理ネットワークに接続されていないアンドロイドは僕らの管理下にないということ。アンドロイドを起動する際は、必ず管理用ネットワークに接続登録をする必要があり、その管理番号として、アンドロイドには1体1体に個体識別番号が付与されている。


「アンドロイドに何らかの異常を認めた場合、管理局の機動捜査員が現場に行き、状況を確認したうえで、所有法人の同意をとり、その場でアンドロイドを回収もしくは起動停止することが法律上、定められていますが、特例も認められています」


そう、僕これまで、異常行動を起こしたアンドロイドに対して、起動停止以外の選択をしたことがなかった。


「その特例とは、緊急時において、迅速に起動停止しないと、アンドロイドが人や物に重大な危害もしくは損害を加える可能性が高い場合です。その場合、各地区の機動捜査課は、本部局長命令に基づき、管理ネットワークを使った遠隔起動停止の実行が認められています。なお、その際は当該地区アンドロイド管理局職員の起動停止承認書への押印が必要となっています」


非常にややこしい手続きが必要なのは、アンドロイド製造及び管理に関する法律に、アンドロイド保護条項があるためだ。東京都のアンドロイド管理局職員でさえ、原則的には所有法人の承諾なしに勝手にアンドロイドを起動停止することはできない。


遠隔起動停止を行うには本部局長の命令書が必要なのだ。遠隔起動停止命令が発令されると、当該地区の機動捜査課における任意の職員が、アンドロイドの起動停止の承認する必要がある。これは本部局長命令単独でのアンドロイドの起動停止を避けるためだ。現場の状況確認が十分でなく、また所有法人との連絡が取れない緊急時、単独命令だけでアンドロイドを破壊することは人権的な問題であるという指摘があり、当該地区の機動捜査課職員が承認書にサインする必要がある。


「前置きが長くなりました。結論から言うとクロノスプログラムは管理ネットワークを経由せず、通常のインターネット回線を経由してアンドロイドの起動停止が行えるプログラムです。個体識別番号情報を入力し、クロノスプログラムを作動させるだけで、その識別番号が付与されているアンドロイドの起動停止を行うことができます。これは一種のウイルスプログラムなんです。」


管理ネットワークを使わずに遠隔起動停止ができるプログラム、それがクロノス。来宮隆はいったい何の目的でこのプログラムを作ったのだろうか。


「クロノスプログラムはティエラの電子頭脳の中に、断片的に残されていましたが、整備課の端末内で再構築に成功しました。ティエラの後頸部にあるアクセスポートを経由してパソコン端末で操作可能です。個体識別番号はアンドロイド5体まで入力することができますが、遠隔起動停止は1回しかできません」


石上の説明は毎度のように長いが、今回に限っては順序良く、そしてわかりやすく話そうとしていることが良く分かる。


「石上、1回しか使えないってどういうことだ」


高地が初めて口を開いた。どちらかといえば武闘派の高地にはなかなか難しい話だったかもしれない。


「クロノスプログラムを作動させるとティエラの電子頭脳に対してもウイルスプログラムが作動してしまうからです。つまり遠隔起動停止を行うと、ティエラ自身も起動停止してしまう、そういうことです」


クロノスプログラムを発動させるということはティエラの死を意味する。いや、正確には電子頭脳が破壊されるだけだ。システムをクリーンインストールすればティエラとしての機体は何度でも復帰できる。でも彼女の今を形作っている記憶や人格は消えてしまう。


「なんでそんな仕様になってんだ?」


高地の声が大きくなる。確かに、何故こんな仕様にしたのか、その目的は理解しがたい。


「来宮隆はこのシステムを近藤に発見されないよう、極秘で開発していた形跡がうかがえます。このシステムを作動させたら、その存在そのものも消さなければいけない、そんな理由があったのかもしれません。今現在、このプログラムの使用目的は不明です」


「というわけだ。石上君、ありがとう。みんな大体は理解してもらえただろうか。質問は後で石上君にしてくれ。それでは解散」


********************


自分を破壊するプログラムが自分の中に存在する。それはとても恐ろしいことかもしれない。


僕とティエラは近藤至の行方を捜索するため、東京湾沿岸部の京浜工業地帯跡に来ていた。近藤はここから何かのコンピューター端末を持って逃走した。あれから目撃例は今のところ、報告されていない。


無機質なパイプがむき出しの建物、骨組みだけになった工場の廃墟や、崩れかかったコンクリート製の建物。建物内の床は既に苔むしていて、もうすぐ冬が来ると言うのに雑草に覆われている。


近藤は、あのアンドロイドと待ち合わせをしていたのだろうか。それともリミッター解除後のアンドロイドのテスト運用をしていたのだろうか。


「なにか手掛かりになるようなものがあると思ったんだけど、何もなさそうだな」


僕はティエラに言った。盗難された3体のアンドロイドも無事に回収されたし、なんだかこの事件は近藤の失踪以外ほ、ぼ解決されたような気もする。


「根気よく探そう」


僕たちはそれから数時間、廃墟の中を歩き続けたが、やはり手がかりらしきものは見つからなかった。


「もうすぐ日が落ちるな」


廃墟を包む夕日は、まるでこの世界が全て滅んでしまった後のような、そんな光景を浮かび上がらせる。太陽の高度が極めて小さくなり、その光の波長が対称的に長くなる時間、この瓦礫ばかりの場所では幻想的とは言えないまでも、非日常的な風景の中を僕たちは歩いている。


「ねぇ、優樹、クロノスプログラムのこと聞いた?」


僕の少し後ろをティエラは歩いている。どうしても僕の方が歩くのが早くなってしまう。


「ああ、石上さんからね」

「あのプログラムを使うと、わたしも起動停止する」

「うん、そうらしいな」


ティエラの足音が止まった。僕も歩みを止めゆっくり後ろを振り返る。


「少し怖いな。自分が自分でなくなってしまうプログラムが自分の中にある。それがもし、勝手に作動してしまったら、どうしようって」

「そんなこと、ありえな……」

「ありえない、それは分かってる。そんなことあり得ないけど、自分が消えてしまうということを考えたらちょっとこわくなって」

「ティエラ……」


かわたれどき。誰そ彼。日没直後、雲のない西の空に、夕焼けの名残りの赤さだけが残り、そこにティエラのシルエットを浮き上がらせている。


「大丈夫。そんなプログラム、俺が使わせない」

「優樹の記憶、優樹との思い出、なくしたくないよ」

「心配しなくていい」


僕はティエラを抱きしめた。


********************


「高地さん、本部から例の盗難アンドロイドの解析結果に関して資料が送られてきてますけど、見ますか。なんか至急って書いてありますよ。」


守月が高地に分厚い封筒を手渡す。この日はたまたま上野局長が出張中だった。だから高地がその資料を見るよりほかない。


「しかし至急ならメールに添付すれば良いのになぁ」

「とんでもなく分厚いですし、メールじゃ添付できないとかなんじゃないですかね」

「相変わらず適当だなぁ。ああ、そうだ。今日はお前、定時であがっていいぞ。どうせ俺はオンコールだし、しばらくここにいるからよ」

「あ、ほんとですか。じゃ、この報告書、明日でいいすね。ありがとうございまーす」

「お、おい、報告書は仕上げていけよ」

「おつかれさまです」


高地は呆れ顔で守月が置いて行った資料を手に取った。分厚い封筒に、田邊重工盗難案件捜査資料(至急確認)と書かれている。盗難アンドロイド3体はいずれも電子頭脳が破壊されていた。うち1体は星崎が破壊してしまったのだが。それでも、断片的なデータ収集はできたということだろうか。


高地は封を開け、中の資料を取り出す。


「至急ならメールでも電話でもよこせばよいものを。しかし、すごい枚数だなぁ。読む気がしないが、どこから読もうか」


ぱらぱらと資料をめくっていた高地の表情が一瞬にして凍りついた。


「アンドロイド密輸計画?それと、このアンドロイドは……これはまずいことになっている」

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