3-3
「アンドロイド不法投棄の入電だ。場所は川崎にある田邉重工の旧京浜工場跡地。星崎、ティエラと一緒に現場に行ってくれ」
旧京浜工場跡地周辺はアンドロイド所有法人が事実上、消滅している。うろうろしているアンドロイドの全てうちで回収してしまえば、この不法投棄入電もいくらかは減るだろう。
非効率的だと僕は常々思っているが、法律上、一度配備したアンドロイドは正常に起動している限り、所有法人の承諾が無いと回収や強制起動停止ができないことになっている。しかし、承諾を取ろうにも、法人代表者があの場所には存在しない、なんてことがざらにあるのだ。あそこのアンドロイドたちは自分らの意志で充電し、自分らの仕方で生活している。ある意味でアンドロイドたちの生活圏なんだ。人が関わるような場所じゃない。
「星崎、聞いているか?」
「あ、はい」
「それから、昨日ティエラが見たとかいうアンドロイドの件は、上野局長にも報告してある。まあ、まず大丈夫だとは思うが、ありえん話でもないのでな。また状況が分かったら連絡する」
田邉重工が保有するアンドロイド製造拠点はかつてはここ、京浜工業地帯にいくつもあったそうだ。しかし今現在は、事業の縮小と労働人口の減少により、京浜地区には稼働している工場は一か所もない。不法投棄されていたのは、そんな工業団地の一画、産業廃棄物処理センタ-の隣だった。この場所は、そもそも様々なゴミの不法投棄が多く、当然ながらアンドロイドも含まれる。経年劣化や事故で壊れてしまったアンドロイドは、見かけが人だろうが、ただのゴミと同様なのだ。実際、この場所に来るのはこれで何度目だろう。いつもと違うのは、隣に守月ではなくティエラがいることぐらいだ。
「優樹、生体反応の無いアンドロイド、あそこにいる」
ティエラの視線の先には投棄されたと思われるアンドロイドの両足が見えた。見た目は人の死体のように見えるが、あれは人ではない。
「おかしい。個体識別番号が設定されていない」
ティエラはそう言って走り出した。
「おい、待てって。個体識別番号が設定されてないってどういうことだ?」
ティエラの歩行速度が極端に遅いことは、彼女の仕様データを見ていて知っていたが、実際、本当に遅い。僕が普通に歩く速度と、速足で歩くティエラの速度に大差はないのだ。きっと歩幅の問題なのだろう、と考えていたが、ティエラの身体能力は本当に人並み、いやそれ以下だ。
”待てっ”て言いたくなるのは、ティエラの移動速度が速いからじゃない。彼女の行動が毎回、唐突過ぎるのだ。たしかクロノス型アンドロイドは空気が読めるとか言っていた気がするが、こいつに限ってそんなことはない気がする。
「個体識別番号がどうとかって、確か昨日も……」
横たわっているアンドロイドの全身を見て僕は驚愕した。頭部が鈍い鈍器のようなものでめちゃくちゃに破壊されていたからだ。顔は原型をとどめておらず、後頭部はえぐられたようにくぼんでいる。
個体識別番号がどうあれ、この状況は、アンドロイドの製造及び管理に関する法律におけるアンドロイド保護条項違反である事には間違いない。
「ティエラ、これはまずいことになりそうだ。とりあえずこの機体は回収するが、現場の状況を画像データで残しておく」
「わかった。3D画像で保存しておけるから大丈夫」
ティエラが現場の画像を保存しているあいだ、僕はアンドロイドの後頸部に設置されているインターネットアクセスポートを開いた。本来ならば、そこには個体識別番号の刻印があるはず……。
「まずいことになっている」
僕は携帯通信端末を取り出すと、高地に緊急連絡した。
「高地さん、ちょっとまずいことになっています」
『どうした、何かトラブルか?』
「ティエラが今、画像を送ります」
僕はティエラの方を見ると、彼女は軽くうなずいた。
『送られてきたぞ。こりゃひでえな。アンドロイド保護条項違反であることには間違いなさそうだ』
「それと、後頸部、アクセスポート見てください。このアンドロイド、個体識別番号が付与されていません」
『――分かった。お前たちはそのアンドロイドを回収してすぐに帰投してくれ』
僕たちが機動捜査課に戻ると、上野局長より会議室に集まるよう指示があった。この会議室が使われるのは、何年振りだろうか、あまり良く思い出せない。ここは昼休みに漫画を読んだり、昼寝をしたりと、少なくとも、本来意図された目的でこの部屋が使われたことはここ数年で1回もないように思う。
少し遅れて上野局長が会議室に入ってくると説明を始めた。
「田邊重工より、承認手続き前アンドロイド3体の盗難届が本日付で提出された。ただ、実際に盗難被害があったのは1週間ほど前だ。また同じタイミングで田邉重工のシステム開発部長、
「1週間も放置していたんですか、田邊重工は」
高地が大きな声で上野の説明を遮る。アンドロイドが盗難された場合、所有法人は可及的速やかに盗難届けを管理局に提出しなくてはならないことになっている。この可及的速やか、という表記があいまいすぎるのだ。
「自社内でこのトラブルを解決しようとしたらしい。そのせいで都への届け出が遅れたと報告を受けている」
「近藤至って何者なんですか?」
守月も相変わらず空気の読めるような読めないような質問をするが、その問いに対する答えはしばしば重要だ。
「近藤はリバティーの開発者よ。今、東京都で実用化されているアンドロイドのすべては彼の手で作られた、と言っても良いわね」
石上が補足した。で、結局のところ近藤至という人物が失踪が意味することは何なのだろうか。僕にはこの時、話の文脈がいまいち呑み込めなかった。
「昨日、ティエラと星崎君が新宿で目撃したアンドロイドもおそらくこの盗難機体の1つだと思われる。個体識別番号が付与されていない、ということは東京都の管理用ネットワークにアクセスされていないということだ」
これが意味することは良く分かる。東京都の製造承認、起動承認を得ていないアンドロイドは、都のアンドロイド専用管理用ネットワーク、つまり僕ら管理局の監視下にないということ。僕らの監視下に無いアンドロイド(その存在は許されないが)は自由に歩き、自由に行動する。充電設備さえあれば、国内旅行はおろか、海外旅行にだって行ける。万が一、故障しても、動力システムが生きている限り、彼らは自立的に行動できる。電子頭脳がいかれちまっても、動力システムだけが正常に作動していれば、どんな行動でもとりうるだろう。さらに何らかの要因でセーフティープログラムのリミッターが外れてしまえば、人間を殺傷することも容易だ。
「本件は警視庁との合同捜査となる。高地課長と守月君は旧京浜工業地区エリアの捜索を、星崎君とティエラは田邊重工本社システム開発部の家宅捜査を頼む。押収物が多いかもしれないから、うちの経理課の人間も使ってくれていい」
上野局長から捜索差押許可状を受け取ると、僕たちは田邉重工本社ビルへ向かった。田邉重工本社ビルは、管理局のある東京都第5区品川の隣、大崎にそびえる高層ビルだ。今回捜査するは同ビル25階のシステム開発部。近藤至が率いる同社システム開発部は、世界で初めて「心」を持つアンドロイドの基本プログラムを産み出した部署だ。近藤至の名は一躍世界に知れ渡ることとなった。そんな近藤がなぜいなくなってしまったのだろうか。盗まれたアンドロイドと、何か関係があるのか。この時、僕の頭の中は疑問だらけだった。
僕たちは本社ビルにつくと、1階の総合受付で東京都の職員証を見せ、事情を説明し、そのまま25階のシステム開発部のオフィスへ向かった。
オフィスの扉を開けると、そこにいた田邊重工社員は動揺していたようだった。田邊重工を敵に回すことはできる限り避けたいというアンドロイド管理局職員の本能が働いたからだろうか、僕はできる限り穏便に作業をこなしたいと思った。
「アンドロイド製造及び管理に関する法律違反の疑いで強制調査を行ないます。皆さんこの部屋から出ないでください」
このオフィスにあるパソコン端末を全て押収。書類なども全て持ち帰る予定だった。デスクの上にあるいくつかのパソコンの電源を落としながら、押収作業を進めていると、部屋の奥にあるパソコン端末をティエラが触っているのが見えた。
「ティエラ、あんまり触るな。全て押収して、管理局で精査するから」
「優樹、これを見て?」
まったく、こいつは、人の話を聞かないやつだ。いつものことだったが、勝手に証拠品をいじられては困る。僕はティエラが覗き込んでいるパソコン端末のモニターを見た。
「このパソコン、すべてのファイルがフォーマットされていた」
「つまりどういうことだ」
今日は良く分からないことだらけだ。みんなちゃんと説明してくれ、頼むから。
「意図的にデータがすべて消されたと言うこと。今、復元ソフトで消されたデータを再構築している」
やはりアンドロイドの電子頭脳は人間の能力を軽く超えている。僕はデータを復旧しているティエラに感心しながら、押収すべき証拠品に対して勝手にこんなことして良いのかと少し不安になった。
「修復完了」
ティエラはそういうとパソコンを再起動した。立ち上がったモニターを覗き込むと、デスクトップにいくつかのフォルダが貼り付けてあった。その一番下に「来宮文書」と名付けられたフォルダを見つけた。
――来宮!?
それはアメの名字。都内でも実に珍しい名字で、全国的にもそれほど多い名字ではない。僕は無意識にそのフォルダを開けていた。中にはいくつかファイルが入っている
『[原著]脳内記憶シグナルの電気的アルゴリズム構築について』
『[原著]宣言記憶の神経シグナルパターン解析』
『[原著]人工生命自立型安全システムに関するプログラムの開発』
『[最高機密(Top Secret)]強化セーフティープログラム解除手順』
学術論文の類だろうが、4つ目のファイルは明らかに違う。これはアンドロイドのセーフティプログラムを解除するためのマニュアルだろう。最重要機密扱いのファイルということなのだろうか。ファイル自体はロックがかかっていて開くことはできなかったが、ファイルのプロパティを開くことはできた。僕はプロパティに表示されているファイルの作成者を確認した。
“来宮隆”
まさか、という感覚が僕の手を震わす。
「ティエラ、この人物が何者かわかるか?」
「東京都に住民登録があれば……。まって今検索をかけている」
ティエラの電子頭脳は常時インターネットに接続されており、東京都の特別司法警察職という立場にあるティエラは、東京都のデータであれば、いつでも住民登録に関する情報にアクセスできる権限を与えられている。
「
「元ってどういうことだ?」
「2年前に死亡届が出されている。死因は自殺」
「すまんティエラ、分かったらでいい。来宮隆の家族構成に関する情報はあるか?」
僕はゆっくり息を吐く。
「家族構成に関する登録データは6年前から更新されていない。来宮隆、長女……“来宮アメ”」
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