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当時、僕は東京都第1区を管轄しているアンドロイド管理局整備課のエンジニアだった。人工知能が人間の頭脳をこえるという”シンギュラリティ”、いわゆる技術的特異点は、2045年に起こると予測されていたが、技術開発は、人間の脳が予測した時代よりも前倒しで発展したようだ。2030年、東京都はアンドロイドの試験運用を既に開始している。


2055年の今、アンドロイドと人を見分けるのは困難である。田邉重工が開発したミネルウァ型と呼ばれるアンドロイドは、同社が開発した人工生命「リバティー」を搭載することより、世界でも初めて、心を持つアンドロイド、とまで賞賛された。別に機械を擬人化する必要はなかったのかもしれない。ただ、減少していく人口に対して、人はやはり人らしきものを求めていたのかもしれない。


高齢化が深刻な東京都では、全国に先駆け、アンドロイドの実用化計画を積極的に進めた。医療、介護福祉、教育分野、あるいは建設現場にミネルウァ型アンドロイドが積極的に導入され、そのアンドロイドは東京都が管理することになった。


現在、東京都第1区から第5区にそれぞれ1か所ずつアンドロイド管理局が設置され、アンドロイドの管理、監視業務が行われている。1区管理局には全体を統括する管理局本部が組織されており、小規模ながらも官公庁として東京都では重要な役割を担っている。各局に設置されている機動捜査課は東京都の特別司法警察職であり、アンドロイドの異常行動や暴走、また犯罪行為に対処する唯一の組織でもある。


各地区の管理局機動捜査課にも、試験的にアンドロイドが1体ずつ配備されており、人間の機動捜査員と共に公務に従事していた。僕の仕事は、そのアンドロイドのメンテナンスやアクティビティーデータの収集解析を行うことだった。


アメと星空を眺めた後、その日のうちに済まさねばならい報告書を書くために、僕は職場に戻ったんだ。そしてその数分後、僕はその場でアンドロイド暴走の入電を聞いた。


建設現場の多い東京都第1区は、建設作業に従事するアンドロイドが多く配備されていた。旧目黒・世田谷地区周辺であるこのあたり一帯は、人口の過疎化に伴い、街の再整備が積極的に行われている地域だったからだ。


自宅へ帰る途中のアメは建設作業用アンドロイドの転落事故に遭遇してしまった。暗闇の中、アメは人が転落したと勘違いしたようだ。アンドロイドはやはり人間と見分けがつかない。


高所から転落したその衝撃により、頭部に重大な損傷をうけたアンドロイドは、セーフティーモードが破壊されたうえに、自己防衛プログラムが誤作動状態だったそうだ。横たわるアンドロイドの体に触れようとしたアメを、その”機械”は力の限り払いのけた。建設作業用にカスタマイズされていたアンドロイドの腕力は、小柄なアメの体を10メートル近くも跳ね飛ばしたといわれている。


運悪く、アメの身体の真下には鋭利な建築資材用の鉄骨が、地面と垂直にたてかけられていて、宙を待ったアメの身体が重力のなすがままになったその直後、彼女の頭部に鉄骨が突き刺さった。


即死だったそうだ。僕は彼女の死を知った翌日、職場に退職願を提出した。

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