7-3
自分を破壊するプログラムが自分の中に存在する。そしてそれがいつ発動するか、自分でコントロールできない。アンドロイドでも人間と同じように恐怖という感情があるという。
クロノスプログラムの機能を知ったとして、僕だったらその恐怖に耐えられないかもしれない。
僕とティエラは近藤至の行方を捜索するため、東京湾沿岸部の京浜工業地帯跡に来ていた。近藤はここから何かのコンピューター端末を持って逃走した。あれから目撃情報は今のところ、報告されていない。
無機質なパイプがむき出しの建物、骨組みだけになった工場の廃墟や、崩れかかったコンクリート製の建物。建物内の床は既に苔むしていて、もうすぐ冬が来ると言うのに、辺り一面は雑草に覆われている。
近藤は、あのアンドロイドと待ち合わせをしていたのだろうか。それともリミッター解除後のアンドロイドのテスト運用をしていたのだろうか。
「なにか手掛かりになるようなものがあると思ったんだけど、何もなさそうだな」
僕はティエラに言った。盗難された3体のアンドロイドも無事に回収されたし、なんだかこの事件は近藤の失踪以外、ほぼ解決されたような気もする。
「根気よく探そう」
僕たちはそれから数時間、廃墟の中を歩き続けたが、やはり手がかりらしきものは見つからなかった。
「もうすぐ日が落ちるな」
廃墟を包む夕日は、まるでこの世界が全て滅んでしまった後のような、そんな光景を浮かび上がらせる。太陽の高度が極めて低くなり、その光の波長が対称的に長くなる時間、この瓦礫ばかりの場所では幻想的とは言えないまでも、非日常的な風景の中を僕たちは歩いている。
「ねぇ、優樹、クロノスプログラムのこと聞いた?」
僕の少し後ろをティエラは歩いている。どうしても僕の方が歩くのが早くなってしまう。
「ああ、石上さんからね」
「あのプログラムを使うと、わたしも起動停止する」
「うん、そうらしいな」
ティエラの足音が止まった。僕も歩みを止め、そしてゆっくり後ろを振り返る。
「少し怖いな。自分が自分でなくなってしまうプログラムが自分の中にある。それがもし、勝手に作動してしまったら、どうしようって」
「そんなこと、ありえな……」
「ありえない、それは分かってる。そんなことあり得ないけど、自分が消えてしまうということを考えたらちょっとこわくなって」
「ティエラ……」
かわたれどき。誰そ彼。日没直後、雲のない西の空に、夕焼けの名残りの赤さだけが残り、そこにティエラのシルエットを浮き上がらせている。
「大丈夫。そんなプログラム、俺が使わせない」
「優樹の記憶、優樹との思い出、なくしたくないよ」
「心配しなくていい」
僕はティエラを抱きしめた。
*****
ティエラを整備課に送った後、機動捜査課のオフィスに戻ると、高地しかいなかった。最近はみんな定時で帰る。上野局長もこのところ新宿の管理局本部にいることの方が多い。その時、経理課の職員が分厚い封筒を持ってきた。
「高地さん、本部から例の盗難アンドロイドの解析結果に関して資料が送られてきてますけど、見ますか。なんか至急って書いてありますよ」
上野局長がいないこの状況で、高地がその資料を見るよりほかない。
「しかし至急なら電話なり、メールに添付するなり、方法はあるだろうに」
高地は首をかしげている。
「とんでもなく分厚いですし、メールじゃ添付できないとかなんじゃないですかね」
「相変わらず適当だなぁ。ああ、そうだ。星崎、今日はお前、定時であがっていいぞ。どうせ俺はオンコールだし、しばらくここにいるからよ」
「あ、ほんとですか。じゃ、この報告書、明日でいいすね。ありがとうございます」
「お、おい、報告書は仕上げていけよ」
今日は久しぶりにマッカランを飲みたい気分だった。僕は急いで、デスクを片付けると、呆れ顔の高地を残してオフィスを出た。
誰もいなくなったオフィスで高地は送られてきた資料を手に取った。分厚い封筒には、田邊重工盗難案件捜査資料(至急確認)と書かれている。封を開け、中の資料を取り出す。
「しかし、すごい枚数だなぁ。読む気がしないが、どこから読もうか」
ぱらぱらと資料をめくっていた高地の表情が一瞬にして凍りついた。
「アンドロイド密輸計画……。それと、このアンドロイドは……これはまずいことになっている」
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