8.意志
8-1
陸上自衛隊の朝霞駐屯地、この広大な敷地内の北側に、装備施設本部棟はひっそりと建てられている。この建物の地下1階には、銃火器などを保管している装備管理室があり、見た目とは裏腹に重要な施設の一つだ。
佐々木孝之は装備部長室から出ると、狭い廊下を抜け、地下1階に続く階段を下りて行った。装備管理室のドア横に設置されているカードリーダーに自分のIDカードを通すと、小さなモニター画面を親指で押す。指紋認証システムのアラーム音が小さく鳴り、装備管理室のドアが開いた。靴音だけが響く薄暗いこの室内の奥には、5体のアンドロイドが充電ポッドに着座している。
数日前に機動捜査課より移譲され、田邉重工本社にで、災害救助用にカスタマイズされたこの機体は、現在、待機モードで稼働中である。佐々木は腕を組んだまま、充電中の5体のアンドロイドを見つめている。
携帯通信端末のバイブレータ音が室内に鳴り響く。佐々木は胸ポケットから通信端末を取り出した。
『佐々木部長、こちらの準備は完了しました』
「良くやった。近藤君、最後までしっかり頼む。計画は予定通りだ。私が指示したタイミングで、アンドロイドの管理アクセス権を奪え」
「はい」
そういって、佐々木は通信端末をいったん切ると、再度、誰かと通話をはじめた。
「ああ、私だ。通訳を頼む。――作戦は予定通り進行中だ。あとは要求さえ受け入れられれば、何も問題ない。――受け入れられない可能性?――ああ、それはないだろう。大丈夫だ。心配するな。すべては計画通りだ。――では、また連絡する」
*****
いつものように機動捜査課のオフィスのドアを開けると、高地の姿が見えなかった。
「あれ、守月一人か?高地さんは?」
「高地課長なら、上野局長と一緒に新宿の本部会議に行きましたよ」
今日、会議が予定されているという記憶はない。僕は壁に掛けられているスケジュール表を見たが、やはりいつものように空欄ばかりが目立つ。しかも局長と課長2人揃っていくなんて珍しい。
「この人で不足の時に、2人で一緒なんてなぁ」
「なんでも緊急だそうで。高地さん、昨日もあんまり寝てなかったみたいです」
この部署はもちろん24時間対応だけど、大抵いつも高地がオンコール。つまり自宅に帰っても緊急要請に対応できるよう、準備している。一般的なアンドロイドの通常作動設定では、夜になると充電モードに移行するので、24時間対応にする必要性はあまりない。ただ、これもでも一応は特別司法警察職員なので、緊急対応できるよう準備しておかねばならない規定になっている。
「大変だな、あの人は」
僕は自分のデスクに座ると、京浜工業地帯の捜索に関する報告書を書き始めた。あの日はまる一日歩いたが、結局手がかりなんて見つからなかった。
「守月、何見てんだ?暇ならコーヒー買ってきてくれよ」
守月はテレビでも見ているようにパソコンのモニター画面を眺めていた。
「星崎さん、これでも僕は忙しいんですよ。なにせ陸上自衛隊配属のアンドロイドを監視してるんですから」
僕は守月の隣に行き、彼が見ているモニタ-画面をのぞき込む。そこには先日、陸上自衛隊に配備されたばかりのアンドロイド5体に関する管理メニューが開いてある。
「ああ、この間までうちの課にもいたアンドロイド、あれは今、陸上自衛隊にいるのか」
「それが先輩、このアンドロイド、ものすごいんですよ。ちょっと見てください」
守月は、自分のデスクの上に乱雑にならんでいるファイルをあさると、一つのクリアファイルを取り出し、中から1枚の紙を取り出した。それは陸上自衛隊に配備されたアンドロイド5体の個体データの仕様表だった。
「守月、これお前が考えたのか?」
そこにはあり得ない数値が書かれていた。おそらくセーフティーモードを解除すると、こういう仕様になるのだろう。僕は、飛ぶようにティエラの背後に回った、あの盗難アンドロイドを思い出した。
「何言ってんすか、これ本物の仕様データですよ。すごいですよね。石上さんに見せたら、驚いてましたよ。これが暴走したら、誰も止められないのっ、なんちゃって」
守月は石上の口調をまねたようだったが、全然似ていない。いずれにせよ、この身体スペックでは法律で定められた基準を大幅に逸脱している。
「守月、馬鹿か。これ違法仕様じゃないか。どういう事なんだ?」
「そう思いますよね。でも個体識別番号もしっかり付与されていて、現にここで管理できてるんですよ。つまり東京都が起動承認をしているってことですよね。特例かなんかじゃないですかね。陸上自衛隊ですから」
確かに災害救助用と言ってたが、あれだけの歩行スピードが必要かと言われると、その必要性を全く感じない。歩行速度だけでない、耐久性能、腕力、握力、聴力センサーや視力センサーまで大幅にスペックアップされている。
アンドロイドの身体能力は法律の規制によって、人間の身体能力を大幅に上回るよう設定してはいけないことになっている。人工筋肉が生み出す潜在的な能力を一定レベルに制限するための装置、それがリミッター装置であり、本来であればこれを解除することは許されない。万が一、暴走した場合、それを止めるのが人間である限り、人の身体能力を超えたものに対して、僕たちはなす術がないからだ。
「確かに、これが暴走したらどうにもならんな。それこそ陸上自衛隊でどうにかしてもらうしかない」
その時、オフィスの自動ドアが開く音がして、ティエラが入ってきた。
「優樹、準備できた。行こう」
僕は腕時計を見る。そろそろいかなくてはいけない。結局、報告書が終わっていないが、まあいつものことだ。
「守月、俺とティエラは、アンドロイドの回収に言ってくるよ」
「ああ、昨日止まっちゃったやつですよね。もう10年以上も稼働してましたから」
僕とティエラはアンドロイド回収専用車に乗り込むと管理局を後にした。
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