4-2

5年前から何も変わっていない。プラネタリウム入場チケットの半券も、ずっとそのまま机の引き出しの中に眠っている。アメと良く足を運んだプラネタリウム、その入場チケットの半券でさえも捨てることができない。写真も当時のまま机の上においてある。だから僕は部屋の電気を決してつけることはない。君の写真を片付けてしまうのも、君を写真でしか見ることのできない事実も、いずれも僕にとっては受け入れることができない現実なのだ。だからカーテンは常に閉め切っている。夜は寝るために帰る。ただそれだけの毎日。


“来宮隆”この名前に見覚えがあった。そう、あれはアメの告別式の時、アメの父親を初めて見たときのことだ。確か研究者だと聞いていたが、まさか田邊重工の社員だったとは知らなかった。今思えば、アメは自分の家族について、ほとんど何も話してくれなかったように思う。


「アメの父親がティエラを作ったのか……」


そうとしか考えられなかった。僕はいつものように窓のカーテンを開けることなく、自分の部屋を出た。


第5区アンドロイド管理局では、僕たちが田邊重工本社ビルで見つけた “来宮ファイル”の解析が進められていた。また押収した書類やパソコン端末から、近藤至そして、来宮隆に関する情報が断片的にであるもののいくつか得られた。


「来宮隆は4年ほど前に、田邊重工の人工生命開発研究センターに赴任している。かれはそこで記憶の電子化に関する研究と、人工知能時間モデルに関わる研究をしていたようだ」

「人工知能時間モデルというのは何でしょうか」


いくら整備課長を兼任しているからと言って、上野局長にそんな専門的なことが答えられるはずないのだが、石上は興味をひかれたのだろう。


「人工知能時間モデルというのは今、ティエラに実装されているクロノスプログラムのことだ」


「ああ、そういえば“空気が読める”ってやつでしたよね」


守月はクロノスプログラムについて、以前そんな要約をしてくれた。しかしティエラは全く人の話を聞かないし、歩く速度も遅いし、空気を読めるような代物ではないという気がする……。ただ、ティエラは来宮隆、つまりアメの父親が作ったことは間違いないだろう。そしてアメの父親は自殺、いや不審な死を遂げている。上野局長だって、それはもうわかっているはずた。


「ということはティエラは来宮隆という人が作ったんでしょうか」


高地が動揺していることはすぐにわかる。5年以上彼と一緒に仕事をしてきた。普段は何事にも動じない強い精神力を持っているような隙のない顔つきをしているが、彼のメンタルは非常に繊細だ。口うるさいが、あの人は自分の発言について、その一言一言をいつまでも気にするようなタイプの男。女々しい、なんて誰かは言うかもしれないけれど、僕はそういう彼が嫌いじゃない。


「それについては現在調査中だ。ただ、来宮隆は現在のアンドロイドセーフティープログラムの基本設計を作り上げた人物だということは確かなことだ。新型のセーフティ-プログラムがアンドロイド実装されて以来、アンドロイドによる人身事故は起きていないことは皆も知っているだろう。その開発に関わった人物のようだ。ただ、セーフティ-プログラムに関しては、その後の開発が近藤がいたシステム開発部へ移管されている」


上野局長は淡々と語っているが、おそらく来宮は自分の娘の事故以来、アンドロイドの安全性を高めるために人生を捧げる決意をしたのだろう。


「それと先日、星崎君とティエラが新宿で目撃した個体識別番号不明のアンドロイドは、盗難にあった3体のうちの1体である可能性が高い。そしてこれらのアンドロイドはセーフティープログラムが解除されている可能性がある」


僕らが廃棄物処理センターの脇で見つけた頭部が破壊されたアンドロイドには、セーフティープログラムのリミッターを解除するソフトウエアがインストールされていた痕跡があると言う。頭部を破壊したのは、その証拠を消すためだったようだが、人工筋肉の摩耗状況から、現行仕様での行動を大きく超えるような稼働を行っていた可能性が示されたらしい。解除ソフトをインストールし、その動作状況に関して試験運用でも行っていたのかもしれない。となると残り2体もリミッターが解除されている可能性が高いということか。


「東京都アンドロイド管理局の全捜査員に盗難機体を捜索せよとの管理局本部長命令が出ている。ただし、標的アンドロイドは破壊せずに回収だ」


管理局本部長命令ということは東京都全管区の機動捜査員に対する直接命令だ。


「リミッターのはずれたアンドロイドを起動停止せずに回収ですと?」


高地が声を荒げた理由は良く分かる。リミッターの外れたアンドロイドが抵抗した場合、人間の身体能力でそれを抑えることは困難だ。武装した警察の特殊部隊にでも出動してもらわなければ、標的アンドロイドの回収は難しいだろう。


「証拠保全とアンドロイドの電子頭脳データ解析のためだ。心配しなくていい。我々の仕事は捜索であり回収ではない。実際に回収するのは警察、それも特殊急襲部隊の仕事となる。ただ、今回の件は、危険を伴う可能性が高い。ティエラに拳銃携帯を許可する。星崎君、ティエラと共に行動してくれ。その他、捜査の指揮は高地課長に任せる。以上、解散」


5区機動捜査課の現在の状況はあまりよろしくない。この事件の最中に、田邉重工より陸自に移送された災害救助用アンドロイド5体の管理業務を開始せよと、東京都より正式な通達が来たそうだ。田邉重工でカスタマイズされた災害救助用のアンドロイドは既に陸上自衛隊東部方面総監部へ配備済みとなっている。


「守月、すまない。陸自のアンドロイドの件はお前に任せたい」

「はい、課長。大丈夫です」

「わからないことは整備課の石上に聞いてくれ」


業務負担増加に、さすがの高地も頭を抱えていた。

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