6.天象

6-1

「ルナ子、どうしよう……」


1日の整備作業を終え、一息ついている石上ルナ子にティエラが話しかけた。

いつも落ち着いているティエラが、なんだか今日は様子がおかしい。そもそもティエラの口から「どうしよう」という相談を持ちかけるような言葉が発せられること自体が異常さを物語る。石上はびっくりした顔つきでティエラに近づいた。


「どうしたの?気分でも悪い?」


ティエラは首を横に振る。石上は、さらにティエラに近づき、その困惑気味の顔を覗き込んだ。


「うん、見た目には異常なさそうだけど」


そう言って、ティエラが座る充電ポッドの脇に置いてあるパソコンモニターを眺め、アクティビティデータを確認し始めた。パソコンのキーボードをたたく音が整備ルームに鳴り響く。


「優樹に、優樹が……」


ティエラの声は明らかな動揺を示している。優樹という名前と、いつも冷静なティエラの声が裏返っているのを聞いて、石上の顔が驚きの表情から怒りの表情に変わっていく。


「あんた、まさか、またあいつに何かされたの?」


石上の大きな声に圧倒されたように、ティエラは勢いよく首を縦に振った。


「ひえー、いったい何されたの?あいつめ……うら若き乙女になんていうことを」


さらに大きくなった石上の声にティエラは驚いたのか、慌てて首を横に振る。


「違うのルナ子。優樹に明日、どこか行こうって、誘われて」

「どこか……行く?」


きょとんとした石上の顔を見つめがら、ティエラはゆっくりうなずいている。


「星崎は明日まで謹慎中のはず。ということは仕事ではないからプライベートでどこかに行きたいということ……!? ティエラ、それってまさか、デ、デートの誘い?」


ティエラの表情がますます困惑していく様子が分かる。アンドロイドの表情は実に豊かだ。嬉しさ、楽しさ、悲しみ、苦しみ、そして困惑。人のそれと変わらない。田邉重工が開発した人工生命「リバティー」は、アンドロイドが人と共に行動することで、自律的にプログラムが進化していき、アンドロイドに感情のようなものを付加していく。それを心と呼ぶのなら、アンドロイドにも心が宿っているのだと言えるのかもしれない。


「で、ティエラはなんて答えたの?」

「大丈夫……って」

「いやいや、今のあんたみてて、全然大丈夫じゃないでしょ」


石上はやや呆れ顔でそう言った。


「どうしよう、ルナ子……」

「どうするも何も、行く約束したんでしょ?で、待ち合わせとか、どこ行くとか、明日はどんな予定なの?」

「朝10時に品川駅で待ち合わせ。優樹、謹慎中だから社用車使えないので、電車で行こうって。でもどこに行くかは決めてない。明日までに優樹が考えておくって言ってた」

「なんだか、自分で誘っておいて適当な感じだなぁ。まあ、いいや。で、ティエラは行きたくないの?行きたいの?」

「わたしは……たぶん、行きたい」


石上の顔がようやく笑顔になっていく。


「なんだ、あんたも行きたいんじゃない。星崎も非番なんだし、明日は二人で1日楽しんできなさいよ。それはそうと、あんたそのかっこで行くの?」


ティエラは機動捜査課に配備されて以来、クロノス型アンドロイド専用スーツしか着用したことがない。


「うん……おかしいかな。でもこれしかないし」


ティエラは自分の服装をあらためて見ながら小さな声で言った。


「いやぁ、おかしくはないけど、デートにそれはないでしょう。あ、うちの妹がね、あんたと大体、同じ背格好なのよ。洋服、借りてきてあげる。それと、髪形もなぁ。まあ、任せといてティエラ。明日、朝一番で何とかしてあげるから」


石上はそう言って、妙に張り切った様子で、ティエラの小さな肩を軽くたたいた。


「あ、ありがとう。でも髪型って……」

「あんたも女の子なんだから、身だしなみ!大事ね」

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