第12話 Cat's eye

 ある夜、水晶みあが部屋に戻るとタケルがTVを観ていた。

「ただいま」

「あっ!おかえり…」

 水晶みあが声を掛けるまで、気づかないほどに集中していたようだった。

 TVを消して立ち上がり、ウォーターサーバーからテーブルに水を2つ運ぶ。

「ごはんにしよう」

「そうね…どっちがいい?とんかつと、から揚げ」

「どっちも好きだな…」

「そう…分けて食べようか…嫌で無ければ…だけど」

 少し照れながら水晶みあが小声で言うと

「そういうの初めてだな」

 とタケルが笑った。

 水晶みあが、とんかつと、から揚げを入れ替える。

「ふふふ…」

 思わず口元が緩んでしまう。

 お弁当のおかずを分け合う…そんなことを考えたことが無かった。

 自分でも少し変わったと思う…笑うことが多くなった気がする。


 夜、自室に戻ると…とたんに寂しくなる。

 隣の部屋にいるタケルが目を覚ましたら居なくなっている…そんなことを考えてしまう。

 仕事から帰って、タケルが居なかったら…客の相手をしていても、タケルのことばかり考えてしまう。

 だけど…今、自分の身体に触れているのは、見ず知らずの男。

 最近、日増しにソレが嫌でたまらなくなっている。

 自然と客の唇を避けるようになっていた。

(タケル…タケル…)


 だけど…こんな男に身体を預けている自分からタケルの身体を求めてはいけないような気がして…せめて唇だけは…タケルだけのものでいたい…今日もキスだけはタケルとしか…。

 だから、タケルには何でもしてやりたいと思う…汚れた身体をタケルに預けることには抵抗がある…だから…唇だけは…キスだけは…寝る前でだけでもいい…。

 それが水晶みあの一番、幸せなとき…。

(おやすみ…タケル…)

 隣の部屋のタケルを想いながら浅い眠りにつく…。


 その夜は…生理で夜中に目が覚めてしまった。

 身体が重い…ナプキンを替えようとトイレに向かう、タケルを起こさないように静かにドアを開け廊下を歩く。

(灯り…タケルが起きている…)

 リビングの電気は消えていたが、TVモニターの灯りが廊下に漏れている。

 そっとリビングを覗いてみると、タケルがTVを食い入るように観ていた。


「……ではその映像を確認してみましょう……」

 TVに若い男の顔がアップで映し出される。

「ごらんいただけるでしょうか?逮捕直後の容疑者の映像です。彼は、紫色の涙を流した後、心神喪失状態で入院したのです……」


(アレは…私と同じ…)

 水晶みあは、たまらなくなってリビングのタケルに抱きついた。

「抱いて…タケル…強く抱きしめて…」

 生理のままタケルと身体を重ねる…水晶みあ

「どこにも行かないで…ねっ…タケル…」

 タケルは水晶みあの澄んだ涙を指でそっと拭って、無言で笑って頷いた…。

 悲しそうな笑顔…で…。


 Cat's eye…『猫目石(ねこめいし、猫眼石)は、宝石の一種。金緑石(クリソベリル Chrysoberyl)の変種で、猫睛石(びょうせいせき)ともいう。石言葉は、静かに見守る』

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