第2話 Alexandrite
「キレイ…」
サナコが退院して発した第一声。
カタチを持たない固執した意思として漂っていた世界とは、まるで違う。
5感の全てでサナコは世界を感じようと手を伸ばした。
不自由さもある。
身体とは無限に活動できないようだ…疲れる…痛くなる…眠くなる…空腹にもなる。
色々と学ばなければならない…ヒトというモノを…。
日常的な事は佐奈子の記憶から読み取れた。
生活に不自由は無い。
仕事にもすぐ慣れた。
しばらくは母親が上京してアパートに住みこんでいたが…心配しながらも帰って行った。
佐奈子の友人達も心配してアパートの入口まで送ってくれたり、できるだけサナコを1人にしないよう気を使ってくれた。
佐奈子とは幸せな人間だったのだとサナコは知った。
色々学んだし…ヒトというものも知った。
それは浮遊しているだけでは学べない、身体を持っているからこそできること…。
なぜ…佐奈子は死にたがったのだろう…サナコには理解できなかった。
解らないのはそれだけではない…感覚だけは実際に感じないと解らない。
記憶から読み取れるだけでは学べない。
こればかりは身体で体験しないと解らない…熱いということ…冷たいということ…痛いこと…気持ちいいこと…。
数か月が経つ頃…佐奈子は記憶の矛盾を見つけた。
同じ行為なのに…一方の記憶では気持ちよく…佐奈子自身が求めている。
だが…別の記憶では拒んでいる…。
性行為とは矛盾しているものなのか?
記憶では気持ちいい…幸せといった感情に染められているのに、なぜか最後の記憶は恐怖になっている。
そう佐奈子はコレを境に『死』を考え出している。
身体を捨てようとしている…。
サナコにはソレが理解できないのだ。
サナコは記憶を辿る…答えを探す…矛盾はスッキリとしない興味を抱かせるのだ。
佐奈子の記憶を辿るとき目がグルグルと動く…視界にはガクガクと風景が映ってはいるが見てはいない。
ときおりクククッと笑う。
色白で整った顔…派手ではないが、少しキツイ釣り目が印象的な顔。
170cm近い長身も人目を惹く。
細身の美人、サナコは自覚していた。
この容姿が自身の武器になることを…。
サナコは務めていた会社を退職した。
周囲も心身のダメージが原因だと思い、休職を薦めたのだが、サナコは受け入れなかった。
そう…都合が悪かったのだ。
サナコは佐奈子をトレースすることに窮屈さを感じだしたのだ。
自我の目醒めと言ってもいいだろう…反抗期のような小さい理由のない反発。
サナコが糧を得るために選んだのは…風俗であった。
矛盾の答えを得るためにも…金を得るためにも…佐奈子を捨てるためにも…。
全てが都合がよかった。
サナコは佐奈子に上書き保存された別の存在なのだ…その証明。
Alexandrite…『昼の太陽光下では青緑、夜の人工照明下では赤へと色変化をおこす他の宝石には見られない性質を持つ。 石言葉は秘めた思い』
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