第30話 Larimar

 油断している…。

 F´はタケルを完全に下に見ている。

 負けるはずはない…その余裕が顔や態度に表れている。

 狭い通路で体を交わす…圧倒的な実力の差がある相手…。

(倒すわけではない…この紫水晶を突き立てるだけ…)


 奥の部屋では、水晶みあが椅子に縛り付けられていた。

「さぁ…あなたの騎士は、ここまで来れるかしら?」

 M2が楽しそうに笑う。

「あなたは…ナニがしたいの?」

「別に…そうね…生き続けるために…好奇心を刺激するナニカが欲しいだけ…なのかもしれないわ…神を創り…育て…歴史の中心に居たいだけ…それに飽きたから…自分を知りたくなっただけ…不思議ね…もとは一つだったのに…タケルと私は…」

(タケル…)

「そう…タケルは私を拒んでアナタを選んだ…母親から別れて恋人を選ぶ…そんな感じなのかもしれない…」

(母親…?)

「そうね…息子が選んだ恋人に、教えておくわ…PTD同士は子供をつくれない、それは嘘よ。子供が出来ないのは、互いの意思が新たな生命を拒むから…無意識に拒絶する…だけど…1例だけあるの、PTD通しが子を宿し産んだことが…アナタの母体マザー…いやマリアが産んだ子…キリストが」

(キリスト…神の子…)

「そうよ…普通の子だった…凡庸ぼんようなヒトの子…私が育てた。そして手品を演出して神の子として成人させた…普通に天寿を全うしたわ、普通の子供だった…マリアは、それまでのように子供に乗り換えなかった…それが不思議で、この子にはナニカあるんだ…そう思ったんだけど、何も無かった…タケルがアナタを追ってくるまで、解らなかった…マリアの気持ちが…」

(マリアの気持ち…)

「自分が生き続けることより…新たな生命を繋ぐことを選んだ、マリアの気持ちが…」


「行きなさい…タケルの元へ…」

「えっ?」

「息子をよろしくお願いします…水晶みあ…」


 水晶みあの拘束を解き、部屋のソファに倒れ込むM2。

「あなたは…なにがしたかったの?なんのために私をさらったの?タケルを連れ戻したの?」

「……もう…解らないわ…ただ…疲れて…いいえ…嫉妬したのかも…PTDのくせに、普通に生きようなんて…空しくなったのかも…惨めで…もう…自由になりたい…身体に縛り付けられて呪われたように永遠を生き続けるなんて…もう…お願い…自由に…」

 M2の目から零れる涙は…透明から少しずつ…紫に光る涙に変わりソファに滲みこんでいく…。

 紫の涙が溢れつくすと…安らかな寝顔の女性がソファに横たわる…眠る様に…目を閉じて…。

 水晶みあはそっと、頬に残った涙を指先でなぞり…無言で部屋を後にする。

(タケル…)


 Larimar…『世界三大ヒーリングストーンの一つ。最大の特徴は、美しい水色と、空の雲が写ったような模様「カリブ海の宝石」と評される。石言葉は安らぎ』

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