第5話 Charoite

 サナコの前では、誰もが裸だ。

 職業も職位も無関係、スーツであろうが作業着であろうが無関係。

 サナコにしてみれば、ヒトという存在そのものが無関係なのかもしれない。

 それは興味と憧れの対象ではあったが、それに交わろう、あるいは混ざろうとは思わなかった。

 ヒトとは理解しがたいもので、接すれば接するほどに解らなくなる。

『個』を重んじる。

「俺は会社では…」

「俺は周りから…」

 自分が特別であると、他と違うと、強調したがる。

 つまりは自分という頂点の下に他人が存在すると言いたいのだ。


『協』を持ちたがる。

 自分の居場所は群れの中にある。

 会社という組織。

 仲間という集合体。

 その輪から抜け出ようとはしない。

 独りになることを恐れる。


 矛盾している…。


 サナコの前では権威など無意味だ。

 サナコ本人が価値を見出していないのだから…ヒトに…。


 身体が欲しかっただけ…意識だけだと何もできないから…。

 考えはしたのだ…意識だけなら無限の時間を過ごせる。

 身体を得るということは時間に制限が生じる。

 それでも身体が欲しいと願ったのだ…。


 実際に身体は不便だと感じる…。

 無い方がいいようにも思える。


 だが、身体を通して感じる感覚は新鮮でもある。

 痛みでさえも…。


 興味本位で、幾人かの男性と交わってみた…気持ちいい…とも思う。

 けれど…それだけと言えばそれだけでしかない…。

 むしろ、金を得るためにサナコは快楽を提供する側であり、自分が愉しんでいることなどないのだ。

 つまらない…最初は興味が勝っていたものの、今では苦痛でしかない…。

 サービスするのが面倒だと感じている。


 時折…サナコは男を受けいれた…。

 快楽が欲しいわけではない…単純に面倒くさいからだ。


 勝手に腰を振って、勝手に果てる…その姿は醜悪で、知性も理性も感じない。

 冷めた目で自分の上で揺れている肉の塊を眺めている…。


 安くない金を払ってまでも腰を振りたいバカがいる…。


「キミ、よくこんな仕事出来るね、御両親が知ったら…悲しむよ」

 サナコに、そんなことを言った客がいた。

 50代前半、太って醜悪な容姿にピッタリな口臭を吐くヒト。


 反射的に男の横っ面を引っぱたいた。

 ブツブツと文句を言う男を尻目にサッサとホテルを後にした。

 仕事がどうの…ということに腹が立ったわけではない。

『ご両親』という単語にイラッとしたのだ。


 サナコは堕胎された意識。

 ヒトに成り損ねたという劣等感を持っている。

 それ以上に、自分を葬った親という存在に憎悪も持っている。


 御両親が悲しむ?

 私は…悲しむことすらされないままに葬られたのに…お前らに…お前らに…。


 Charoite… 『ロシア連邦サハ共和国を流れるチャロ川で調査・発見され、1978年に認定された新鉱物。世界三大ヒーリングストーンの一つとされる。 石言葉は魅惑』


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