第10話 Tourmaline
「ただいま」
部屋の電気は付いたまま、リビングには誰もいなかった。
誰も…タケルしかいないはずの部屋に誰も…。
独りになった…。
その不安が現実に訪れた。
解っていたはずの…来るべくして来た現実。
それが、自分のまぶたから涙を零すほどの悲しさを連れてくるとは思ってなかっただけ。
2個の弁当を玄関に落としたまま、サナコは部屋をアチコチうろついてタケルを探す。
何処にもいない…。
タケルの部屋は、もともと物がない部屋、サナコが用意した服がハンガーに掛けられている。
整頓されているというか…人が使っていた様子がない。
(出て行った…)
サナコはリビングのソファにドサッと身体を沈め…ただTVのモニターを眺めていた。
何も映らないTVの黒いモニターにサナコの姿が鏡のように反射している。
(黒い世界のワタシ)
憐れんでいるような…あざ笑っているような…モニターの自分の姿から逃げるように顔をソファに埋める。
何が悲しいのだろう…独りになること…タケルが居ないこと…。
不安と悲しみ…サナコが初めて感じた心の痛み…。
(泣けるんだ…私…)
しばらくして、涙が止まった頃にサナコは思った。
タケルがいなくなったことが、自分をこれほど動揺させ、悲しいと思える。
佐奈子の記憶にも似た経験を見つけたのだが…同じとは思えなかった。
ツライ…これが、しばらく続くのだ。
佐奈子も、通常の状態に戻るまで、何か月も掛かっている。
それが解っているだけに…余計にツライのだ。
「はぁ~」
大きくため息をつき、身体をノロノロと動かす。
細い腕で自分の身体を持ち上げる様に起き上がると、ウォーターサーバーから冷えた水を喉に流し込む。
軽やかな音楽が部屋に流れる。
(えっ…)
マンションの部屋に来客を知らせる音。
走ってインターホンのカメラを見るサナコ。
カメラに映っているのは…知らない男。
「誰?」
「俺だよ、タケルだよ…あっ…ごめん…コレだなハハハハ」
笑いながら帽子を脱ぎ、付け髭を外すタケル。
「ほらっ…開けてくれよ…嫌でなければ…」
最後の言葉は小声だった。
フッ…と軽く笑って、ロックを解除するサナコ。
タケルが玄関を開けると、サナコが玄関で立っていた。
足元には、落としたままの弁当。
「心配したか…」
何も言わずにサナコがタケルを抱きしめた。
「うわっ」
タケルが思わずケーキの箱を落とす。
「おかえり…って言って…お願い…」
サナコがタケルを見つめる…。
「おかえり…」
玄関から入ってきたのはタケルで待っていたのはサナコ…セリフが逆だ…。
しばらくの間、2人は玄関で抱きしめ合っていた。
「落としちゃったけど…ケーキ買ってきたんだ…」
「ケーキ…なんで?」
「誕生日だろ…今日」
「誕生日…佐奈子が産まれた日…」
「
サナコがタケルの腕の中で一瞬ビクッと身体を強張らせた。
「なんでもない…食べよ…お弁当落としちゃったけど…」
「あ~…お互い様…だな…」
Tourmaline…『結晶を熱すると電気を帯びるため、電気石(でんきせき)と呼ばれている。石言葉は、健やかな愛』
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