C-SIDE03「サークルクラッシャー……?」

「オッハー!」

「……おはようございます」

「おはようございまーす!」

「ああ」


 朝……。

 テントから這い出して顔を合わせて、僕たちは朝の挨拶を交わしあった。


 みんなよく寝れたっぽい。

 僕一人だけが、まんじりともしないで夜を明かすこととなった。


 だって……。

 隣のテントからは「あの声」が聞こえてくるし……。

 ミツキちゃんは無警戒で無防備で、すうすう、すやすや、すぐに寝ちゃって、僕の手をきゅっと握ってきて放してくんないし。


 そのせいで僕は悶々とするはめに……。

 ようやく落ちついてきて、すこし寝れたと思ったら、もう明るくなってしまった。


「カズキさん、よく眠れましたかー?」

「ああ。うん。だいじょうぶ。ちゃんと眠れたよ」


 ミツキちゃんの笑顔がまぶしい。

 あんなにすやすやと安眠していたということは、それだけ僕を信頼をしてくれているということで……。


 その信頼を裏切らなくて、ほんとーに――! よかったー!


 すぐ横で、手の繋げる距離で寝ているミツキちゃんに、よからぬことを考えてしまったことは……。

 一瞬のみならず、二瞬とか三瞬ぐらいはあったかも……?


「テッシーさん。ナナちゃん。よく眠れましたかー?」

「うん。すっきりー」

「ああ」


 テッシーは「ああ」しか言わない。無口系ナイスガイである。

 ナナさんの「すっきり」の言葉の意味が、僕には変なふうに受け取れてしまって、仕方がない。


「ちょっと僕。走ってきます!」

「あっ。はい。お気をつけてー」

「うわー、ゲンキー」

「ああ」


 僕はちょっと頭を冷やすために、ランニングしてくることにした。


    ◇


 僕が戻ってくると、ナナさんが、ぽつねんと石の上に座っていた。


 朝ごはんの準備は着々と進んでいる。いい匂いがしてくる。今朝も炊きたてごはんと、お味噌汁とに、ありつけるらしい。

 やったー。


「オマエ、向こうに行ってろってー。邪魔っけにされちゃったー」


 ぺろっと舌をだす。その仕草が女の子っぽくて、かわいい。


 テッシーはナナさんのことを、ビッチビッチ言うけれど……。ちょっとヒドいよね。


 そりゃちょっとハデだったり露出度高かったり、あと性格的にも……なんだっけ? こういうの、〝はすっぱ〟っていうんだっけ?

 そんな感じではあるけれど。


「使う?」


 ナナさんは首から掛けてたタオルをくれる。


「あ、ありがと」


 僕はランニングしてきた汗を拭く。タオルからは、女の子の匂いが、すごくした。


 二人で並んで岩に腰掛けて、たき火のところで調理をしている二人を見る。


 あの無口なテッシーがずいぶんと喋っているみたい。会話が弾んでいる。

 なにを話しているのかは……。ここからだと……、だめかな、聞こえないや。


「テッシー、ミツキちゃんみたいな娘が、タイプなんだよねー」

「え?」


 不意にそんなことを言われて、僕は固まった。


「あたしもー、髪、黒く染めたら、いいのかなー? どうかな? 似合うと思う?」

「え? わ、わかんないよ……」


「ほら。こんなん」


 スマホがぱっと出た。なんかのアプリだ。ナナさんの顔写真に、黒髪ロングのさらさらヘアが載っかって――。


「どう? 似合う? 似合うっしょ?」

「う……、うん」

「ほんと? ほんとに? グッとくる? 勃っちゃう?」


 それって褒め言葉なのかな。

 そういうこというから、テッシーがビッチビッチいうんだと思うんだけどな。


「あ。ちなみに中学んとき、マジ、こんな感じでー」


 昔の写真。見せてもらった。

 うわっ! 髪黒い! 誰この娘!


「でも、あたしー、さらさらストレートじゃないのよねー。けっこう、くるくるでー」


 と、毛先を指先で、くるくると巻いている。


「ストパーすればいいのかなー。でも天然物にゃー、かないませんってー。えっひゃっひゃ」


「だいたい。テッシー。けっこうヒドいやつだしー。ストパーかけたいんですけどー、なんていって、〝ああ? 何時間だ?〟ってなってー、6時間ー、とかいったら、ぜってー、置いてかれるよねー。置き去り。確定だよねー。……カズキン。どう思う?」


「えっ? カズキン?」

「じゃ。カズキュン」

「カズキンでいいです。そっちのがいいです。……えっと。どう思う、って聞かれても……。そんなひどいこと、しないんじゃないかなぁ」

「あまいあまい。あまいよ? テッシー、マジで、やるときはやる男だから」

「えー? そんなこと、しないと思うけどなぁ」


 テッシーは無骨だけど、いいヤツだと思った。

 〝いい人仮説〟があるからではなくて、


 さっきからナナさんが、ぐいぐい来るので、僕はたじたじだった。

 あの……。ムネ……。当たってるんですけどー。


「じゃあさ? そんなことないっていうならさ? ――あたしが置いてかれちゃったら……、責任取ってくれる?」

「へっ?」


 なんでそんな話になってるの? 責任、って、なに……?


「あたし、でっかいどー、に、行きたいんだよね」

「でっかいどー?」

「ほら。でっかいどー、ほっかいどー、って、いうじゃん?」

「ああ。北海道」


 そういえば地図の線は北海道まで伸びていたっけ。


「そそ。でっかいどー」


 まあ、でっかいけど。北海道はなんといっても日本最大の都道府県だ。


 北海道に行きたいというナナさんに、僕は、「なんで?」――とは、聞かなかった。

 べつに「行ってみたいから」でいいと思う。

 僕たちはどこへでも行けるし。どこへ行ったっていい。


 この青い空のもと。

 道はどこへでも続いている。どこまでだって行ける。

 誰もなにも縛ってこない。

 どこへ行き、なにをしたっていいのだ。


 だから僕はバイクで旅を続けている。

 ミツキちゃんを九州へ送り届けるというのが、僕のいまの目的だから――。


「いや……、でも僕は……」

「ねー? 責任とってあげるからー、セキニン取ってよー?」

「え? 責任?」


 ぐいぐいとこられて、頭がこんがらがる。なんの責任だっけ?

 えーと、テッシーはナナさんを置いていったりしないから、もし置いていかれたら僕が責任を取ってと、そういう話で……。

 で、ナナさんが取ってくれるというほうの〝セキニン〟って、いったい……なに?


「あたし、上手うまいんだってー? みんな言ってくれるよー?」


 うわああ。そっちのほうの話だった!

 僕はいま気づいた。ナナさんってあれだよね。サークル・クラッシャー系女子ってやつだよね!


「ミッキーより、たぶん、上手うまいしキモチいいと思うからー。まーかせてっ♡」

「ぼぼぼ、ぼくは、べべべ、べつにミツキちゃんとは、そそそ、そういったことは――わわわわっ」


 なんか物凄い勘違いをされている。可及的速やかに正さないとっ!


「おいクソビッチ。なーに迫ってんだ。カズキが困っているだろ」


 テッシーがナナさんを蹴倒している。

 ひどい、と、いつもなら思うところだったけど……。

 今回だけは、助かった、というキモチが先になった。


「ほら。メシできたぞ」


 テッシーは両手に器を持っている。だけど足は自由になる。


「わーい、テッシーのごはん。好きだよー?」

「俺のメシよりウメえよ。ミツキのほうが、俺より、ずっと料理がうまいしな」


 あ……。呼び捨て。

 テッシーはミツキちゃんのことを呼び捨てにしていた。


「お世辞いってもー、なんにも出ませんよー」


 ミツキちゃんも……。まんざらでもなさそう?

 あれ? あれ? あれ?

 えっ? えっ? えーっ?


 皆でごはんを食べた。

 でも僕は、食事の味が、どうにもわからなくなった。

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