B-SIDE 10 「バアさんの家」

B-SIDE 10 「バアさんの家」


「おーい、バアさん。魚。釣ってきたぞ」

「ほい。そこに置いておいてな」


 冷蔵庫なんてものは止まっている。

 魚は調理台のうえに出しっぱなし。今日、食うぶんを、今日、採ってくる。それが基本だ。


「おばーちゃーん! 野菜! とってきたよー!」


 畑に行っていたナナも俺のすぐ後に入ってくる。

 カゴには野菜の数々がある。


 タマネギ、ホウレンソウ、サヤエンドウ、キャベツ、ブロッコリー、ナス、アスパラガス、そしてデザートにはイチゴ。


 まだ夏も迎えていない五月の末だが、収穫できる野菜は意外とある。


 俺たちはバアさんのところに、数日、やっかいになっていた。

 ナナは畑仕事を手伝い、俺はカモと釣りの担当だ。カモの捕りかたも、魚釣りも、だいぶ上手くなった。ナナ一人ぐらい餓えさせない自信はある。

 しかし、野菜なんて育てられないから、簡単にやってるバアさんはすごいと思う。


 毎食毎食、きちんと食卓に並ぶ野菜を食っていると……。人間の体は野菜も欲するようになっているんだなぁ、と、実感する。


「しかしバアさん。あんなに作って、どうすんだ?」


 俺は聞いた。畑はけっこう広い。取れる野菜はたくさんあって、とてもバアさん一人で食い切れる量ではない。

 俺ら二人が居候して、十代の食欲でモリモリ食っても、まだ余る。

 そして俺らは、もうしばらくすれば、いなくなる。


「去年植えてた分だからね。今年はもっと小さくするさね。ちょっと遠くに、米をやってる人がいるみたいだしねえ。取り替えてもらうさ」


 なるほど。物々交換か。カネなんて紙切れになってしまって、風呂を炊くのにも使えない。


「このへんには、けっこう、いるのか? 俺たちみたいな……?」


 俺たちみたいな――なんだろう?

 この世界に残っている者と、消えた者。その共通項が、俺にはまだ見いだせていない。

 バアさんはともかく、ナナみたいなビッチと、いったいどんな共通項があるっていうんだ?


「ん? なんかみてるー? 欲情しちゃったー?」


 見てたら、ビッチはそう言った。おい。バアさんがいるだろ。


 まだネットが動いていた頃に、誰かが書いていた「仮説」によると、この世界は元の世界の完璧な「コピー」で、俺たちは、元の世界からそこに連れてこられたのだそうだ。


 どんなSFだよ。


 だが肯定はできないが、否定もできない。そうでないと言い切るだけの証拠もない。

 むしろ俺は、その〝仮説〟が、むしろ本質を掴んでいるんじゃないかと思うようになってきていた。

 だが、なにかで選別して連れてこられたのだとしたら――。

 いったいなにで選別されたんだ? 俺たち〝だけ〟を選別して連れてきたというなら、どこで分けた?


 昼飯を食いながら、バアさんにそんな話をしてみた。


「難しいことは、ようわからんが。――ようは、神隠しにあったったってことじゃろ?」

「神隠しねえ……」


 俺は苦笑した。バアさんはやっぱ古い。言葉が古い。


「お婆ちゃん頭いいねー。あたしー、さっぱりだよー、テッシーがなに言ってんのか、正直、わかんなーい」


 ナナが言う。おまえは野菜を食ってろ。

 ああ。野菜がうまい。うますぎる。


「わしの若いころにも、何人か、神隠しにあってなぁ――」


 昔話でたよ。

 あと、バアさんの言ってる昔々の神隠しと、いまのこの神隠しとは、たぶん、違うと思うぞ。


「なるほどのう。――神隠しにあった者は、こうなるのか」

「うん?」


 バアさんの言ってることが、一瞬、わからない。


「チヨちゃんも。こういう世界にいったんじゃねえ」


 チヨちゃんはしらんが。

 ああ……。なるほど。

 〝神隠し〟といわれていたものも、じつは、そういうことなのかも……?

 俺たちも元の世界では「集団神隠し」などと、言われているのかもしれないし……?


 だとすると、こういうことは、定期的に起きていたことなのだろうか?

 世界を分岐させて、選別した人間だけを住まわせて、あたかも、新芽でも伸ばすように……?


 誰が? なんのために?


「……ま。考えても。無駄かな」

「腹はへるしの」


 俺はバアさんとうなずいた。わからないことを考えても無駄だし。考えても考えなくても腹は減るし。

 人間は食わなければならないし。

 だからバアさんは畑を耕すのか。なるほど。


「なにー? なにー? なんの話ー? おいしいものの話ー?」

「おまえはわかんなくていいよ」


 俺は優しく微笑んでそう言った。

 ……つもりだったが。


「ぶー、また、ばかにしたー」

「いや。ばかにはしていない。ビッチにしてる」

「……ならいいけど」


 いいんだ。


 俺たちは和やかに笑いながら、バアさんの野菜を、モリモリと食べた。

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