A-SIDE 11「大きなバイク」
うーん。うーん。うーん。
とある街のとあるバイク屋の前で、僕は、うんうんと唸りつづけていた。
バイク屋といっても、街にある小さな店じゃない。小さな店ならたくさんある。スクーターや自転車などと一緒に、申し訳程度にバイクの置いてあるような店だ。
しかしバイクばかり何十台も並べている店は、そうそう見つからない。
たまたま国道沿いに大きな店があったので、立ち寄ってみた。
以前から、いま乗っているバイクが、二人で旅をするには小さいんじゃないかと思っていた。
もともと一人旅のつもりだったし、バイクも小型限定免許だったしで、125ccを選んだわけだけど……。
文明が滅んじゃったいまでは、免許証とか関係ないし。
バイクの運転にもだいぶ慣れてきて、すこし大きなものでも、平気だと思うし。
すべてのバイクは店の外に出しっぱなしだった。
少々、野ざらしにあった期間があるので、雨に降られて埃を吹いてる。
でも壊れてはいない。エンジンのかけられる状態で置かれていたはずなので、ガソリンさえ入れれば、そのまま走り出せるはず。
〝あれ〟が起きたのは平日の日中だったらしい。らしい……というのは、僕は引きこ――げふんげふん、選択的自宅学習をしていたので、正確にそれが起きた瞬間のことを覚えていないからだ。
たぶん。寝てたんじゃないかな? 起きていても部屋にいたので気づくはずがない。
目撃した人たちの証言によれば、目の前で人が消えたらしい。しゅぽん、とかいう、コルクの栓を抜くような音がしたとかしないとか。
平日の日中に突然〝それ〟が起きたものだから、だいたいのお店は、営業中のままで、いまに至っている。
たとえばバイク屋さんだと、バイクをすべて道に並べている状態。
しかし……。よりどりみどりすぎて、悩む……。
自慢じゃないけど、優柔不断なことには、自信がある。
「うーん……。うーん……。うーん……」
「どうですかー? どんな感じですかー?」
ミツキちゃんが、たたたっと、やってくる。前屈みになって、僕に聞いてくる。
僕は紳士的に、彼女のその……胸元のあたりから目を逸らす。
前屈みになると……その、見えちゃうんだよね。白かったりチェックだったりするのが、ちら、って。
ミツキちゃんは天使みたいな女の子だから、そゆとこ、ぜんぜん気にしてない。僕ばかりが気にしてしまっている。
ちょっと、そゆことばっかり気にしているのって……。どこか変なのかって、そう思う。
でも、いちお、男の子なんだし……。普通だと……。普通なんじゃないかなー……。普通だといいいなー……。
「どうです? 見終わりました?」
「ううん。まだ。ぜんぜん」
ミツキちゃんは言う。僕は答える。
「はーい。急がなくていいですよー」
ミツキちゃんはあっち行っちゃった。
展示してある他のバイクにまたがって、「うぃーん」とか、口で言って楽しんでいらっしゃる。
ああいう大きいのが、ミツキちゃん、好きなのかな?
でもさすがにあれは……、自分には無理だと思う。
ハーレー、とかいって、自動車に載せるぐらいの、巨大なエンジンのついている海外バイクだ。
「ぶいーん」
とか思ったら、こんどミツキちゃんは、ぜったいに二人乗りは無理っていう大きさの、小さな50ccのバイクに移ってる。
あれは、たしか……、ええと、モンキーとかいうやつ。
べつに好きなバイクに乗ってるわけじゃないのかな。
僕はちょっとほっとした。
なんでもいいのかな。全制覇するつもりなのかな。
ああっ――!?
つまり僕が、バイクを選び終えるまで、それだけ掛かるって思われているってことかーっ!
僕はしょんぼりとした。自分の優柔不断力には、ちょっと自信があったけど……。いや、そんなものに自信なんて、なくていいんだけど……。ないほうがいいんだけど……。
でもそこまでと思われていたなんて……。
いや……。事実なんだろうけど……。
僕は頑張って選ぶことにした。早くやった。
◇
日が暮れそうになった。真っ赤な夕陽のなか。
僕はまだ、うんうんとうなっていた。
ミツキちゃんは路肩の段差に腰掛けている。バイクの全制覇なんて、とっくに終わっていた。
ミツキちゃんは赤い夕陽を見つめている。その体の輪郭がオレンジ色に輝いていて……。とてもきれいだ。
いい風がどこからか吹いてきて、ミツキちゃんは、片手をあてて髪を押さえる。
その仕草が、すごく女の子らしくて……僕はちょっと、ドキドキしてしまった。
「あっ。――終わりましたー?」
じっと見ていたら、ミツキちゃんは僕のぶしつけな視線に気がついて――。
そしてナチュラルに素で誤解してくれた。
エロい目で見つめていたって、ミツキちゃんは、ぜんぜん気がつかない。
僕はこれを《天使アイ》と命名した。
天使の心を持つ少女には、男の子のイヤらしい視線でも好意的に受け止められるのだ。
……いや。……べつにね? ……そんなにね? イヤらしい目なんて向けてないけどね? ……ちょっとだよ? ……ちょっとだけ。ほんのちょっと。
「あの……。ごめん……。決まらなくて」
「あれ? なにか決めていたんですかー?」
ミツキちゃんは意外そうに首を傾ける。
「えっ? あれっ……?」
ミツキちゃんは、僕が乗り換えるバイクを選ぶのを、待っていてくれていたんじゃなかったっけ?
あれあれっ?
えっ? じゃあ……。違うんだったら……? なんで待ってくれたんだろ?
「ここには、バイクさんいっぱいあるのでー。わたし、てっきりー……」
「……てっきり?」
「見てただけだと思ってましたー」
「ああっ……」
僕は、かくんと、地面に膝をついた。
優柔不断と思われたくなくて、早くやって、だけどやっぱりぜんぜん決められなくて……。ガンバってみたり、がっくりしたり、あれやこれが――すべて、《天使アイ》によって打ち砕かれてしまった。
「えっ? あれっ? あのっ? ……わたしなにか、いけないこと、言っちゃいましたか?」
「いや。あの……。だいじょうぶ」
「えっ? えっ? えっ? ――ごめんなさい。あのなにか。わたしが悪かったんですね。とにかくごめんなさい!」
「あっ――ちがう、ちがう。ちがうから!」
僕とミツキちゃんは二人で謝りあった。
いまのこの世界には善人しかいない説――というのがある。ほんとにそうかもしれない。
僕ら二人は、善人漫才コンビだけど。
◇
かくかくしかじか。これこれあれそれ。
僕は説明した。
「はぁ……。そうですかー。バイクを乗り換えるんですかー」
「うん。そう思って探していて……」
「この子。きらいです?」
「え?」
変なことを聞かれた。ミツキちゃん。やっぱ変。
マジ天使。たまになに考えているのか、わかんないよー。
「いやべつに。嫌いとか好きとかじゃなくて……。もっと大きいバイクのほうが、いいかなー……って」
「この子。だめです?」
「いやだから。あのその。だめとかじゃなくて……。そりゃ……。このバイクは好きですけど……。気に入っていますけど……」
「わたしも、この子、けっこう好きですよ? 小さいかもしれないですけど、荷物、必要なだけは積めますし。カズキさんとぴったりくっついていられて、楽しいですしー」
「うえっ?」
マジ天使。とんでもないことを言ってきた。
「カズキさんは……、楽しくないですか?」
えっえっえっ? なにそのデッドリーな質問?
否定したらミツキちゃんは哀しみそうだし。
肯定したら僕はエロ星人ってことになっちゃうし。
「いやでしたか……?」
ミツキちゃんは、心配な顔で、僕に聞く。
さらりと黒髪が流れ落ちる。
僕は勇気を奮い起こした。
エロ星人って思われたって……いい! ミツキちゃんの笑顔のためなら!
「ぜんぜんイヤじゃありませんでした! ぜんぜんオッケェで! ウエルカムで! むしろ男の子的にはご褒美でしたッ!」
目を閉じて、大きな声で、恥ずかしいことを絶叫する。
語尾に「ッ!」までつけて熱弁する。
「よかったー」
人差し指をぴったりと合わせて、ミツキちゃんは天使の笑顔になった。
「じゃー、いまのままでー、あのバイクさんでー、なにも問題ないですねー」
……あれ?
まあともかく――。
バイク問題は、解決したみたいだった。
僕の悩みごとの、背中にあたる柔らかな二つ問題……のほうは、解決しないけど。
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