A-SIDE 04「食料問題」
走る。走る。きっとどこまでも続いているであろう道を、バイクで走る。
青空の下に向けて伸びている道を、すいこまれそうなその道を、風を切って走る。
後ろには女の子。ショートパンツの活動的な格好になった女の子。
その生足が、膝のあたりが、僕の腰回りを挟んできている。
しっかり掴まっていないと危ないから。――と、そう言ったら、ミツキちゃん、本当にしっかり掴まってきちゃって。
いやべつに嘘ではないし。下心で言ったわけでもないんだけど。――本当だ。
ミツキちゃんはなんの疑いもなく、しっかりと背中に抱きついてきていて……。
この子。まじ天使。
たぶん平均以上はあるのだろう。背中に当たってくるその感触は、とてもすごくて……。
「あ。自動車」
「うわわわ」
よれよれーっと、なりながら、なんとか避けた。
前方不注意だった。
路上の自動車を避けたところで、バイクを停止させた。
ヘルメットを脱ぐ。
ミツキちゃんも、リアシートから、ぴょんと降りて、ヘルメットを小脇に抱えた。
活動的な服装になってから、ちょっと印象が変わった。最初に白いワンピース姿だったときには、おとなしくておしとやかで清楚で天然ってカンジだったけど。いまは元気で快活で笑顔で天然、っていうカンジ。
女の子は、服ひとつで、印象が変わる。不思議。不思議。女の子すごい。
「休憩しようか」
さっき避けた車にもたれかかって、背中を預けて、そう言った。
「はい!」
ミツキちゃんがあたりまえのように隣にきて、僕は、ちょっとドキドキする。
自動車は、あらためてよく見てみると、かなり新しいピカピカの高級車だった。
大きな道路には、このように、路上に放置されている自動車が目立つ。
はじめの頃は、もっと細い道――県道とか、田舎道とかを走っていた。
そのほうが障害物自体は少なくて、その面では楽だったのだが……。
でもスマホの地図が使えないから、道路標示も出ていない細い道は、別な意味で使いづらい。まっすぐ走っていったら、いつのまにか逆方向になってしまっていたりする。
紙の地図はコンビニで手に入れていた。でもバイクで走っている最中に見るわけにもいかないし……。
「いまって、どこなんでしょうか? どうしてスマホは使えないんでしょう?」
ミツキちゃんはスマホを眺めている。
いまでは計算機かライトぐらいにしかならない、すっかり用のなくなったガラクタだ。そのうち捨てることになるだろう。
「ネットに繋がらないから、地図データが見れないんだ。GPS衛星は電波を出しているけど。人工衛星は太陽電池で動いているから、放置しておいても、まだ何年かは動くはずだけど」
「はぁ。ちょっとよくわかんないですけど。つまり、中のひとがお休みってことですね」
「まあそんなとこ」
笑った。ミツキちゃんの感性は、なんか、変だ。
「休憩おわったら……。あそこ。寄ってゆきます?」
「ん?」
ミツキちゃんが指差す。
看板がある。
2.2Km先にスーパーがあるらしい。
そっちは見ていたが気づかなかった。
同じ方向を見ていても、ミツキちゃんは自分と違うものを発見する。
女の子不思議。
たまに運転していて、「あっ! ねこ!」とか叫ばれる。
僕には「猫レーダー」は装備されていないので、結局、猫がどこにいたのかは、わからずじまいで通り過ぎるはめになる。
「お夕飯。なにか。探さないとならないと思うんです」
「あ。そうか」
言われて気づいた。
なぜスーパーに寄るのだろう、と思っていた。
今夜の夕飯のことを、なにも考えていなかった。
女の子すごい。よく気がつく。……いや。あたりまえなのかな? 僕がぼんやりしすぎ? 生足の太腿と背中の感触を意識しすぎ?
「あと。休憩。一時間ごとにとったほうがいいと思うんです」
「あ。ごめんね。〝足の付け根及びその周辺〟――痛かった?」
「いえ。それは平気ですけど。1時間走ると、カズキさん、なんかぼんやりしているみたいですから」
え? あれ? ……そうなのか?
そういえば、さっきから、ぼんやりとしているような気も……しないでもない。
「わたしは、後ろに乗っているだけですので、ぜんぜん疲れませんけど。カズキさんは大変ですよ。運転しているんですから」
「そう……、なのかな?」
「そうですよー。カズキさん大変ですよー。すごいですよー」
いたわられて、ねぎらってもらえる。
……なんか。うれしい。
すっごく。うれしい。
そんなたいしたことはやっていないと、わかってはいても、ミツキちゃんみたいな可愛い子に褒められると、自分が、なんかすっごい人間のように思えてきて――。
「……なので。ちゃんと休憩取ってくださいねー」
「うん!」
素直にうなずいた。
うなずいてから……。
あれ?
首を傾げた。
いま、うまく操縦されました?
いちおうこれでも男の子だっていう自覚は、ちょっぴりはあるので――。
話の流れ次第では、「疲れてないよ。ぜんぜん平気だから」なんて、突っ張っちゃったりする展開になっていたのかも?
ミツキちゃんは、やっぱり天使だった。
◇
スーパーに寄る。
「賞味期限。ここ。書いてあります。あとこことかにも」
ミツキちゃんが教えてくれる。
ああ。なるほど。小さく数字が打ってある。
スマホを懐中電灯アプリにして、ライトがわりに使って、よく見る。
文明が崩壊して、数週間以上、1ヶ月以内。
電気も止まってだいぶ経つスーパーは、薄暗くって、ちょっと怖い感じ。
奥のほうの暗がりから、ゾンビとかが出てきそうで……。だいぶ怖い。
いや。べつにゾンビで滅びたわけじゃないけどね。文明は。
ゆるやかに、平和裏に、ある日突然、不連続に、終わってしまっただけなんだけどね。
99.99%ぐらいの人が、ある日突然、消失してしまっただけだ。
ちなみにその人口消失率は、まだ動いていた頃のネットで見かけた数字だ。どうやって弾き出したのかはわからない。正確なのかもわからない。
僕らが探しているのは、食料だ。
生鮮食料は、当然、全滅。野菜などは、すべて腐るか、しなびるかしていた。
肉や魚のコーナーも、ひどい臭いがしてくるので――。
スーパーの中央あたりの棚のところで、おもに食料品を物色していた。
「レトルトよりも缶詰のほうが長持ちするんですけど。だけどいまはまだ関係ないですね。何年も経ったときの話ですから」
「へー」
ミツキちゃんは物知りだ。
僕もけっこう本を読んでいて、いろいろ知っているほうだと思っていたけど……。
僕の知らない方面のことを、ミツキちゃんは知っていた。
覚えておかなくちゃ。たぶん僕らは何年かは生きる。
「あ。ありました。ありました。温めるだけのご飯。白いご飯」
「あ……。ご飯か。いいな」
そういえば、しばらく、ご飯は食べていない。
しばらく、というのは、人類文明が終焉してから、という意味だ。
「あでも。温めるなら、どうせ、ガスコンロとか使いますよね? じゃあいっそ、ご飯、炊いちゃいましょうか」
「え? できるの?」
炊飯器なんてスーパーには置いてない。あったとしても、電気がない。
「はい。お鍋とお水があれば。炊けますよー」
へー。ミツキちゃん。すごい。すごいすごい。
スーパーなので、お米のコーナーは、もちろんあった。
「無洗米……、無洗米……、ありました。ありましたー」
「コシヒカリとアキタコマチと、きららと、どれがいいですかー?」
「いや。よくわからないし。……おいしいやつで」
「あ。これですこれ。ふさおとめ。この娘、かわいーですから、これにしましょう」
萌え絵のついているお米に決まった。
たしかに可愛い女の子の絵がついているが……。って、なんでお米に萌え絵?
でもミツキちゃんのほうが可愛いと思うんだけど。
ガスコンロとお鍋は、別のところで見つかった。水は、おいしい水のペットボトル。
鍋を火にかけた。待った。炊いた。
ほんとにできた。ミツキちゃん手際がよかった。
「どうですかー?」
「うまい!」
「おかわりありますよー」
「おいしい!」
「いっぱいたべてくださいねー」
「またおかわり!」
「はい」
ミツキちゃんはにっこりと笑って茶碗を受け取ってくれた。
彼女も食べてる。けっこう食べてる。女の子でもお茶碗三杯とか食べるんだね。そうだよね。天上界の生物じゃなくて同じ生き物だしね。
お鍋いっぱいのご飯を、二人で食べきった。
「ごちそうさま!」
「はい。おそまつさまでした」
お米と、一番小さなガスコンロとが、荷物に増えた。
お米はビニール袋に入れると、バッグの隙間に、うまくしまうことができた。
〝お米〟というのは、優秀な携帯食だとわかった。
あまり荷物は運べないから、厳選しないとならない。
水は調達可能なので、持っていかない。
食料問題が改善された。
毎日、温かい白いごはんを食べられるなら、なにも文句はない。
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