A-SIDE 03「しまむら」

 走る。走る。田舎道をまっすぐに走る。

 後ろに美少女を乗せて、バイクで走る。


 すごいよ? しってる? 背中に当たるんだよ?


 彼女は――ミツキちゃんは、全体的に細身ではあるが、そこは例外的にすっごく豊かで――。

 それが背中に押しあてられてきて――。

 僕は天国と地獄を同時に味わっていた。


 運転に集中しないと。彼女を怪我させるわけにはいかない。

 だけど背中にも集中しないと――。

 って! 集中しちゃだめー!


 白いワンピースにスカートの女の子を、バイクの後ろに乗せている。

 スカートでバイクなんて乗れるのだろうかと思って見ていたら、脚に巻きつけてみたり、お尻の下に敷いてみたり、女の子でないと思いつかないような、いくつかの工夫によって、裾がバタバタすることもない、安全かつ安心な乗車姿勢は、意外と簡単に見つかった。


 とららららららららーっと、エンジン音を響かせて、軽快に走る。

 ヘルメットからこぼれた黒髪が、風に吹かれて、さらさらと流れていたりするのだろうけど。運転している僕は、それを見ることはできなくて、ちょっと残念。


 はじめは、国道のほうを走っていた。

 だが交通量の多い道路は、「あれ」が起きたときに、運転していた人も多かったらしい。ぶつかって止まって、壊れている車も多かった。

 いきなり運転者が消失したわけだ。

 無人でスピードの出ていた車は、なにかにぶつかるまで、まっすぐに走っていったことだろう。


 国道は障害物が多いくて、蛇行運転のスラロームばかりをさせられていた。たまに全車線がふさがれていて、いっぺん降りて、バイクで飛び越えてから、また二人乗りに戻ったりとかも必要だった。

 そんな国道を避けて、もうすこし細い田舎道に入ったら、障害物化している車も少なくて、かなり快適となった。


 でもスピードは出さない。自転車よりわずかに速い程度。あまり遅く走ると、バイクは逆に安定しなくなるので、そうならない程度の低速で走る。

 急ぐ旅ではないし。安全が第一だし。


 そうして田舎道を気持ちよく走っていたとき、後ろに乗ったミツキちゃんに、急に肩を掴まれた。


「あそこ! あそこ! あの店です!」


 伸びてきた腕が、勢いあまって――チョークが決まる。喉が決められる。

 ぐええ。


 急ブレーキで止まった。


「あぶないから! それ、だめだから」


 ミツキちゃんに言う。ちょっと叱るように強く言う。

 運転している自分には、彼女に怪我をさせないという義務がある。


「あっ、ごめんなさい。通り過ぎちゃいそうでしたから……。ほらあの店。あの店寄ってください。しまむら。……だめですか?」


「しまむら?」


 見れば――。すぐそこが駐車場だった。広い駐車場を構えたその向こうに、店もあった。

 看板には「ファッションセンター」と書いてあるから……。ええと、たぶん、服の店かな?


「あ。ごめん。気がつかなくって」


 たぶんこれから長旅となる。女の子としては、服とか、探しておきたいのだろう。

 ぜんぜん気がつかなかった。


「あっ。いえっ。そんなきつくもないんですけど。我慢できるんですけど」


 ……ん? 我慢?

 ああっ!


「ごめんごめん! ほんと気がつかなくって! そうだよね! さっきお水とかいっぱい飲んだし仕方ないよね! しょうがないと思うから平気だよ! ごめん! ほんとごめん!」


 しまった。勘違いしていた。

 まったく気づいていなかった。

 だめだった。紳士失格だった。

 気を回すべきだった。言われる前に休憩を入れるべきだった。

 言いにくいことを言わせてしまって、恥ずかしかったに違いない。


「………」


 ミツキちゃんは――。

 ぱかっと、ヘルメットのシールドを開いた。


「あのー? なにか、勘違いされてません? ……ああ。いえ。おトイレのこともありますけど。でもそうじゃなくて……」


 え? ちがうの?

 じゃあ……、なに?


「あの。えっと。降りていいですか?」

「ああ。うん」


 彼女はバイクを降りた。オフロードバイクのリアシートはけっこう高い位置にあって、僕がしっかり支えていないと、彼女が降りるのも一苦労だ。


「えっと……、ですねえ。あの。つまりその。おまたが……じゃなくって! えと、おしりが――でもなくってっ! ええと。これは。なんといったらいいのでしょう」

「足の付け根及びその周辺?」

「そう! それ! それ! その言いかた、グーですグー! 〝足の付け根及びその周辺〟が、ちょっと痛くって……」


「あー! あー! あー! あー……」


 じいっと、見る。

 彼女は〝足の付け根およびその周辺〟を、手で押さえている。


「もうっ! 見ちゃだめ……です」


 ごめん。ほんとごめん。


 僕たちのバイクは、いわゆる「オフロード車」というやつだった。

 野原や悪路を踏破するためのバイク。これから日本がどうなってゆくのかわからないし――。いや。〝日本〟という国は、もう存在していないに等しい。

 どこでも走れるバイクを――と考えたら、オフロードタイプとなったわけだ。

 そして僕は、自分の運転技術に自信なんてまったくなくて、免許は取ったけど、いわゆる「ペーパー」というやつだった。排気量も小さいものを選んでいた。これはタンス資金がそれしかなかったということもあるけれど……。ほんとはリッターバイクとか乗りたかったんだけどね。あんなのぜったい倒す。そしていっぺん倒したら起こせる自信がまったくない。


 用途と、あと、身の丈にふさわしいと思って選んだのが、125ccのオフロード車だったわけだけど。


 でも二人乗りは想定していなかった。もともと一人旅の予定だった。

 125ccの車格の小さなオフロードバイクは、前で運転している者はいいだろうけど。気分よく運転を楽しんで、背中におっぱい感じてウハウハしていればいいんだけど。


 ほんと。ごめん。気づかなくてごめん。

 エロ星人でごめん。男の子でごめん。

 いろいろごめん。ズボンの中の角度とか考えていてごめん。


「いえ。そんなに謝らないでいいですから。そんな卑下されなくても」


「え? 僕いましゃべってた? 口に出してた? ええっ――!? ど! どこからっ!?」


「ええと……、おっぱい?」


 小首を傾げて、ミツキちゃんは言う。


「うわああああああ……」


 そこからだったー。じゃあ、あれもそれも、ぜんぶ口に出して言ってたー。聞かれてたー。


 しゃがみこんで頭を抱えこんだ。

 ぜったい。軽蔑されたよ。

 誰だよ僕が〝いい人〟だなんて言ったのは。――誰も言ってないか。


 ミツキちゃんに対して、恥ずかしい。

 僕は彼女の前に立っていられるような、そんな立派な人間ではない。


「あの。先におトイレ行ってきますね」

「うん」


 ミツキちゃんは、行ってしまった。

 見捨てられた。


    ◇


 ……ではなくて。

 ミツキちゃんが、本当に気にしていなかったのだということは、店内で、陽気に服選びをしているところでわかってきた。


「どうですか?」

「いいよー」


 しゃっと、試着室のカーテンが開く。

 僕はすかさずそう言った。


 いつか読んだなにかの本で、女の子が新しい服を着てきた場合には、いついかなる状況においても褒めておいて間違いはない、と書いてあった。


 その先人の智慧に従っただけだ。

 おす! 先輩! ありがとうございまっす!


「これはどうですかー?」

「それもいいよー」


 また違う服。パンツルックもいいなー。


「これだと、どうですかー」

「これもいいかなー」


 こんどは生足が出てる。ショートパンツが活動的に映る。長い黒髪だから白ワンピが激ハマリだったけど、超絶似合うんだけど。


「イイヨイイヨー」


 先人の智慧に従って、僕はそう言った。


「もう。どれなんですか」

「え? あの?」


 ミツキちゃんが想定外のリアクションを返してくる。

 唇をちょっと尖らせて、じと目で見てくる。


「えっと、えっと――。どれもほんと。いいんだけど。これべつに嘘じゃなくて。本心で」

「もう。どれがバイクの後ろに乗るのにいいでしょうか、って、そう聞いてるんですけど」

「え? そうなの?」

「え、じゃないですよぅ。さっきからずっとそう言ってましたよー」

「え? そうなの?」


「もうっ。じゃあ……、いったいなんで選んでたんですかー? いいよ? って、それはなんの答えで――」

「いや……。かわいいかどうかで」

「えっ?」


 ミツキちゃんは、笑いの形のまま、顔を固まらせた。


 あああああ。

 またやっちゃったー!

 僕は軽蔑に値する男だーっ!


「いや……。あの……。そのっ……。ありがと……、ございます」


 ミツキちゃんは、持っていた帽子をくしゃくしゃにしていた。

 え? あれ? 怒っていない? 軽蔑もしていない? 赤くなっているだけ?


 僕と彼女が、店での調達を終えたのは、それから1時間ぐらいしてからのことだった。


    ◇


「んしょ。……と。はい。これでオーケーです。ばっちりです。〝足の付け根及びその周辺〟は、痛くないです」


 彼女がリアシートの上に敷いたのは、座布団。

 なんで洋服屋に座布団があるんだろうと思ったが……。「しまむら」はすごかった。なんでもあった。すごいすごい。


 彼女の服は……。

 結局、最後に試着した、ショートパンツ系になった。


 本当はジーンズとか長ズボン系のほうが、安全ではあるんだけど……。


 生足の誘惑に、ちょっと抗しがたく……ではなくて、彼女の希望とファッション性と動きやすさと乗りやすさと、色々、検討しての結果だ。

 持って行ける荷物は少ない。判断には衣類の「量」も加味されている。

 長ズボン一枚でショートパンツ3つ分も入ってしまうそうだ。


 確かに、質問を仕切り直したあとで、「どれがいいですか?」と意見を求められて、「そ、そ、そ、その……、最後のっ……」とは答えたけど。

 運転していると、生足に挟んでもらえるからとかでは――、決してない。ないったらない。


 運転に気をつけることにしよう。僕は心に誓った。

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