B-SIDE 03「しまむら」

 青い青い空のもと。

 どこまでも、抜けるように青い空のもとで、ビッグスクーターを走らせる。


 後ろには女の子……ビッチを乗せている。


「ねー。空がまぶしかったり、太陽が黄色かったりー、するー?」


 昨日、ホームセンターで手に入れたデバイスのおかげで、声は非常に明瞭だ。怒鳴り合うことなく会話が楽々と行える。


「………」


 俺は答えないでいる。

 なんだその、〝太陽が黄色い〟っていうの?


「ねえ、なんか世界が変わって見えたりする?」

「だからなんなんだっつーの。さっきから」

「男のコが超進化すると、世界が違って見えるっていうんだよね。ホントかな、と思って」

「だからなんなんだよ。その〝超進化〟っつーの」

「それはもちろん、童――」

「わーっ! わーっ! わーっ!」


 しょーもないことを言いかけたビッチの言葉を、俺は大声を出してかき消した。

 やっぱ。ビッチだ。こいつ。ビッチだ。


「あと――太陽が黄色いっていうのも、なんか、あるっぽいんだよねー。徹夜でヤッ――」

「わーわーわーわー!」


 俺はまた叫ばざるを得なくなった。


「……うるさいよ? テッシー」

「だまれクソビッチ。だったらそういうことを言うな」


「ふっふっふーん♪ 口ではそんなこと言ってたってー♡ カラダのほうは正直だったよねー♡ ぜんぜん寝かしてくれないしー♡」

「う、うるさい」


 たしかに言われる通りではあった。

 徹夜ぎみなのは自分のせいだ。


 なんというか……。その……。初めての経験は……。


 すごい。よかった。

 何度も挑んでしまった。

 疲れ果てて二人で眠りについたのは、うっすらと空が白んできてからだった。


 背中に二つの膨らみが当たっている。

 ビッグスクーターのタンデムシートは、すごく広さがあるから、べつに体を密着させなくとも座れるはずだ。

 だからこれは当ててきているのだろう。それともくっついてくることを愉しんでいるのか。

 そしてそれを快く感じている自分もいる。


 もうこの女とは、他人ではないのだ。


 バイクの後ろにナナを乗せて、まっすぐに伸びる道を走る。ただ走る。

 このままどこまでも行けそうな気がする。


 どこまでも。どこまでも。どこまでも。


「あっ。――テッシー、ちょっと止まって」

「ぐええ」


 首を絞められて、バイクを急停止させる。


「あぶねーだろっ!」

「ほら。あそこ――」

「おいナナ! 聞けっての! 首を絞めるんじゃない!」

「しまむら」

「は?」


 しま……? なんだ?


 ナナが指差す先には、店がある。


「あっ! ――いまナナって呼んでくれたよねー。ちょっと感激かもーっ!」


 いちいち言うんじゃねえよ。そんなこと。


「店? 用があんのか?」


 俺は努めて平静に、そう聞いた。


「うん。しまむら」

「何の店だ?」


 ホームセンター……じゃなさそうだな。靴屋? なんの店だ?


「ファッションセンターって、書いてあるじゃん」

「ああ。服か」


「ねー、寄っていっていーいー? いいよねー?」

「いいが……」


 俺は、ふうと、ため息をついた。

 女は。まったく。こんなときにも。

 たしかに、文明崩壊してしまったし、誰もいないし……。

 店にある服は、よりどりみどりで、持って行き放題なわけだが……。


 ナナのやつは、もうバイクを降りてしまっている。

 俺はそのお尻に向かって声を投げかけた。


「持っていける荷物には限度があるからな!」

「うん。着替えてくるー」


 ……は? 着替える?


 電気の途絶えて真っ暗な店の中に、ナナのやつは、ひょいひょい、入ってゆく。

 べつに危ないこともないだろうが、俺もそのあとからついていった。


   ◇


「どう? 似合うー?」


 しゃっ、と、試着室のカーテンが開く。

 ナナはポーズを取る。


「しるか」


 俺はこれ以上ないほど的確にコメントを述べた。


 しゅっ、とカーテンが閉まる。

 ごそごそ、もそもそ、と衣擦れの音が聞こえ――。そして――。

 また開く。


「どう? ぐっとくるー?」


 さっきよりも刺激的な服。……まあこれから、暑くなってゆくしな。


「うーん、まだかなー」


 何もコメントしていないのに、しゅっとカーテンが閉まって、引っこんでしまう。

 ごそごそ、もそもそと、衣擦れの音が聞こえ――。そして――。

 また開いて。


「どう? 勃っちゃう?」


 どんどん、格好が、きわどくなってゆく。

 俺は、はー、と、額を押さえた。


「……実用性考えて服選べ。このクソビッチ」


「でもエロいほうがよくなくない? 嬉しくなくなくなくない?」

「やっぱ。俺。一人で旅するわ。北海道までは一人で行ってくれ」

「あっ――ウソウソウソ。選ぶ選ぶ。実用性考えて選ぶ」


 歩き出した俺の背に、ナナのやつは取りすがってきた。


「……?」


「ちゃんとした服にするからー。ねー? ……でも、ちゃんとしてるんだったら、すこしは、エロいほうがいいっしょ? んー? うりうりっ」


 ちなみに、俺がさっきから動けずに足を止めたままでいるのは、背中に取りすがってきたナナのやつの体勢が、ちょうど〝おっぱい固め〟となっているからだ。

 そしてちなみに、「うりうり」というのは、極めて弾力の高いそれ、、を押しつけてきている声である。


 ここで犯すぞ。このアマ。


「どうなのー? 言えー! 言っちゃえー?」


 おっぱい固めから逃れるためには、正直に言うしかないようだ。


「ま……、すこしはな」


 俺はナナの服選びに、もうすこし付き合わされるハメになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る