C-SIDE01「二組の出会い」
青い空のもと。どこまでも続く道。
後ろに天使を乗せて、僕はバイクを走らせる。
のんびりとしたいつもの旅と違って、今日の僕らは急いでいた。
数日前にドラム缶風呂を見つけて、僕たち以外の旅人の存在を知った。
彼らの予定ルートはわかっていたので、それを追いかけるようにして、僕らは移動していた。
いつもと違って、距離優先で走っているのは、そのためだ。
しかし三日分の距離なら、もうそろそろ追いついてもいいはずなんだけど……。向こうがどんな速度で動いているかわからないが、僕らとおなじで、わりとのんびりやってるはずだし……。
僕らは今日も朝早くから走り出していた。
国道2号を北上する。北上っていっても、道なりにほとんど東だけど。太陽を正面に見て走るから、すんごく、まぶしくてかなわない。
「ああっ! ほら! カズキさんカズキさんカズキさん!」
ミツキちゃんが騒ぐ。首を掴まれて、ぎゅううっとやられる。
ぐええ。
僕は急ブレーキをかけた。
おっぱいに全体重がかかって――じゃなくて、背中でミツキちゃんの体重をしっかりと受け止めて、バイクを確実に停止させる。
「だからミツキちゃん! 首絞めるのやめようね! それほんとあぶないから!」
「カズキさん! あれ! あれ! あれえっ!」
ミツキちゃんはぜんぜん聞いてくれてない。まえに「かわいいニャンコがいて」で、こうなったこともあるので、僕は期待しないようにしながら、ミツキちゃんの細い指が指し示す方向を見た。
……あった。
なにかの店舗の大きな駐車場。その真ん中を堂々と――ずいぶん男気のある占領の仕方で、テントが張られていた。
そばに停めてあったのはビッグスクーターといわれる車種。
シートが大きくて、とても座りやすそう。「クイーンシート」とかいわれるやつで、段差がついている。あれだと密着しないで、完全に体を触れずに座ることもできちゃえるんじゃないかな。
うらやましいなー、と、ちょっと思った。
あ……。それだと、僕は、非常に寂しい……。
ぜんぜんうらやましくないことに気がついた。
まあ、それはそれとして――。
「この人たちで、間違いないかな」
「ですねー。ですねー。きっとそうですー」
二人はまだテントのなかにいるみたい。
もうお日様はほとんど真上なのに。ずいぶんとのんびりしている。
「あのー!」
遠くから、声をかけてみる。
返事がない。でもテントは細かく動いているから、中にいることは間違いがない。
「ちょっと待ってて……」
ミツキちゃんに待っててもらって、テントに近づいた。
そうしたら――。
……!?
ミツキちゃんには、待っててもらって――正解だった。
なんというか、その……。
テントの中の二人って、いわゆるつまり……。
ちょっと筆舌に尽くしがたいことを、やられていました……。
オトナだーっ……。
僕には、なんでか、思いこみがあった。ずっと追いかけていた二人組は、僕らと同じぐらいの相手だと……。
もっと大人な人たちだという可能性は、なんでか、考えていなかった。
僕は真っ赤になって戻った。
「……? どうしました? いませんでした?」
「いや……。いたけど……」
「じゃあ声かけましょう? ――もしもーし! あのーすいませ――むぐぐっ」
僕はミツキちゃんの口を押さえた。そのまま引きずってゆくみたいに、自分たちのバイクに戻る。
「待って待って。待っていよう。――終わるまで」
「おわる?」
「――じゃなくて! そ、そう! 起きてくるまで! もうすぐ起きると思うから! もうそんな3分とか5分とか、そのくらいだと思うから!」
「3分? 5分? ――ああ! 二度寝、いいですよねー。あと5分が幸せですよねー」
ミツキちゃんは勘違いしてくれた。よかった。収まった。
◇
30分もかかった。
延々と……。
オトナの人ってスゴイ。
最後のほうとか、道路のここまで声が聞こえてきそうだったので、ミツキちゃんを連れて、もっと遠くまで行っていた。
ようやく本当に終わったっぽいので、テントの近くに僕たちは戻ってきていた。
テントがもそもそと動く。中で人影が動いてる。
「ナナ。おまえもとっとと起きろ。もう昼だぞ」
「えー、もっか~い……? せっかくナカでいい日なんだしぃ~……」
――とか。健全なティーンエイジャーには生々しすぎる会話をしながら、出てきた男性は――。
「――うおっ!」
僕を見るなり声をあげ――そして構えを取っていた。
声と構えは同時だったか。あるいは構えのほうが早かったかも?
格闘技かなにかの構えだった。半裸の上半身にも筋肉がついていて、なんだか、強そうな感じの人だった。
「あっ――ちがうんです、ちがうんです! 驚かすつもりはなくって――!」
僕は手をばたばたと振って、釈明をはじめた。
こっちはずっと待ってて、心の準備もおわっていたけど。
向こうにとってみれば――。〝終わって〟テントから出てみれば、見知らぬ人間がいきなり待ち構えていたわけで――。
そりゃびっくりもするだろうし。警戒もするだろう。
「あの! 僕らって! 他の人たちって、あんまり逢わないし! だからべつに怪しくはなくて――ですね!」
僕は慌てて説明をした。でも空手なんだかボクシングなんだかの構えを解いてもらえない。
「なーにー? テッシー、どうしたのー?」
テントの中から、女の人の甘い声。
あっ……。男性は、テントの入口に立ち塞がっているんだ。中に女の人がいるから。
それがわかった瞬間――。僕はこの男の人が、好きになった。
逆の立場だったら、僕も同じことができただろうか。ミツキちゃんを守ろうとできただろうか。
あれ……? でも男の人っていっても……? あんまり年上でもないような……? 僕とそれほど変わらないような……? てゆうか、ぶっちゃけ、同い年ぐらいのような……?
「はじめましてー。ミツキといいまーす」
「あっ……、ああ……。俺は――」
僕がさんざん釈明しても、構えを解いてくれなかったのに――!
ミツキちゃんがニコニコ笑顔で挨拶したら、一発だったよ――!
「えっ? なになにテッシー? 誰かいんの? 誰いんの? このカワイイ声、なになに?」
おっぱいが出てきた。
――じゃなくて!!
半分ハダカの女の子が、テントから這い出しかけてきて――。
「服を着ろ。クソビッチ」
男性――男の子から、ものすごくぞんざいに扱われて、テントのなかに戻っていった。
◇
「ビッチでぇーす!」
テントからもういちど出てきた彼女は、あんまり半裸と変わっていないような服を着て、横ピース。
「ミツキです。美しい津波の希望って書きます。びっちさんって珍しいお名前ですねー。どう書くんですか?」
「ミツキちゃんミツキちゃん……」
僕はミツキちゃんのブラウスの裾を、つんつんと引いた。
すいません。うちのマジ天使。ガチなんです……。
目線で二人に謝った。なんか男の子のほうから、同情の視線を受け取った。
「あー、気にしないでいいからー。あたし。ナナ。ビッチは……称号? 業種? なんかそんなのでー」
どっちも違うと思うけどなー。
「テッシンだ」
男の子は額を押さえつつ、そう言った。
「それ、言いにくいでしょー? これのことは、テッシーでいいからー」
「ナナ。おまえな」
「はじめましてー。テッシーさん。ミツキですー」
「お……、おう」
いいんだ。
「ええと。僕はあの……、カズキ……です。はじめまして。……テッシーさん?」
試しに僕もそう言ってみた。
じろりと睨まれた。ひいいい。
でもそれだけで、特に文句は言われなかったから……。僕も「テッシー」と呼んでいいっぽい。
やったー。
「ああ。そうだ。ほら。お礼言わないと。――ミツキちゃん」
「ああ。そうでしたー、そうでしたー!」
ミツキちゃんが指先を合わせて三角形を作る。
「お風呂――ありがとうございましたー!」
ぺこりと、お辞儀。黒くてさらさらロングの髪が、音を立てて流れるかのよう。
男の子的には、やっぱ、見ちゃうよねー。
テッシーの目はミツキちゃんのさらさらヘアに向いている。
「あ……、うん。ああ、あれか……。それで追いかけてきたわけか」
「ほらテッシー。あたし、いったじゃーん? せっかく作ったんだから、みんなが使えるようにしておいたほうがいいってー」
「使いかた。……わかったか?」
「ええ。ばっちりでした。なにもかも初めてだったけど。ちゃんとできました。ドラム缶風呂。僕たちでも入れました」
「そうか。よかったな」
テッシーは、ニヤリと笑った。
あっ。惚れちゃいそう。
……じゃなくて。
友達になりたいと思う感じを、いま、不意に覚えた。
僕とはだいぶタイプが違うようだけど。ちょっと……ワルって感じ?
この世界に、いま存在している人は、例の「いい人仮説」が正しいなら、みんないい人であるはずなので――。いわゆる悪い人っていうのはいないはずなんだけど。
でもテッシーは「ワル」って感じがする。「悪」ではなくて「ワル」のほう。ここんとこのフィーリング、けっこう大事。
もう一人のナナさんという人も、すごくビッチっぽいんだけど――。自称ビッチっていってるし……。
でもこの人は、いいビッチな気がする。
**** SIDE 俺 ****
カズキとミツキと名乗った二人は、まあ――、見る限りは、いいやつらのようだった。
テントから出たとき、出くわして、最初はびっくりしたものだ。
きっと俺たちがヤッてる最中、外で待ってたんだろうな。テント一枚じゃ、声は外に洩れているんだろうし。
べつに恥ずかしいというわけでもないが、なんとなく、バツが悪い。
男のほうはともかく、ミツキとかいう黒髪の綺麗な娘は、なんとも思わなかったんだろうか?
えらく平然としてたし……。
女っていうのは、わからん……。
あんまり驚いたせいで、つい、昔の習い癖で、構えまで取ってしまった。
じつはそのことが一番恥ずかしかった。
反射的に殴ってしまっていなくて……。ほんと、よかった。
俺一人ならなにが起きたって気にしないのだが……。ナナがいるので、つい気が張ってしまう。過剰に手が出ていたおそれがあった。
〝いい人仮説〟なるものを聞いたことはあるが、俺自身は信じちゃいない。
俺みたいなやつと、ナナみたいなクソビッチがいるわけで、そのことだけで、その説は間違っているだろうと、ツッコミどころが満載だ。
とりあえず、こいつらは〝いい人〟のようだが……。
二人は俺たちが作った風呂屋を利用したらしい。
そのお礼を言うために、わざわざ追いかけてきたらしい。信じられないくらいの、お人好しの二人だ。
まあ俺たちも、他に人がいると知れば、寄り道してでも会いに行くだろうな。
その際には――、ああ、うん、「風呂屋のお礼」とか言うだろうな。
俺はとりあえず、この二人――特に男のほうを信用することにした。
ナナに危害を加えるようなことは、とりあえず、なさそうだ。
**** SIDE 僕 ****
ぐー、きゅるきゅると、誰かのおなかが鳴った。
僕は、ん? ――と、ミツキちゃんを見て、それからテッシーを見て、そして最後にナナさんを見た。
彼女は服を着ていても露出度が高くって、ウエスト丸出し。デニムのホットパンツは穿いてるけど、ダメージドなせいで、下着がチラ見えしている。あれはそういうファッションなんだと思っても、男の子的には、気になって仕方がない。挙動不審になっちゃう感じ。
テッシーは平然としていて、スゴイと思った。
あ。いま賢者なんだっけ。
……とか! 考えちゃうと、もう、挙動不審が止まらない。
「ねー。テッシー。おなかすいたよー? 朝ごはん~」
「おまえのそれは、昼ごはんだ」
二人の軽口は、なんか年季の入った感じ。息がぴったり。
「運動したから、おなかすいちゃったー」
「ばか……」
テッシーが空を仰いでいる。
僕は聞かなかったフリをした。
ミツキちゃんは――。
「あ。じゃあごはんにしましょう。そこのうどん屋さんのキッチンお借りしましょう」
僕たちは学習していた。
プロパン・ボンベがあるところでは、火が使える。
**** SIDE あたし ****
あたし。ビッチなんで。難しーことは、わかんないけど。
二人が楽しい連中だってことは、わかった。
特に男の子のほう、カワイー感じー。
なんか視線感じて、向くと、さっとあっち向いて。カワイーの。
テッシーなんてガン見してくるから、こっちが負けちゃうくらいだしー。ほんと。調子くるうよねー。
黒髪の娘。きれー。さらさらー。いいなー。あれ。
すごいんだよ。染めてないんだよ。黒髪だよ。激レアだよ。
お持ち帰りしたくなるよねー。ハァハァって感じー。
しない? しないかー。ちぇっ。
そのミツキちゃんと並んで、なんでか、あたし、いま、ゴハン作ってる。
男のコ同士は、男のコ同士で話してる。サボってる。
ゴハンはけっこうテッシーが作ってくれるので、あたし、あんまりやったことないんだよねー。
ゴハンなんて、お湯沸かしてカップ麺つくって、缶詰あけるぐらいでいいのに、なんかミツキちゃん、張り切っちゃって、包丁とか持ち出して、本格的にゴハンを作りはじめている。
えー? 野菜出てきたー。
ミツキちゃんが荷物のなかから、野菜、出してきたわけよ?
野菜なんて、お婆ちゃんのところで食べて以来。
ヤッバーい。うれしいー。一生ついてくー。
**** SIDE 僕 ****
「ビッグスクーターって、重たくない?」
女の子たちがごはんを作っている間、僕たちは話しこんでいた。
話題はなんとなく、バイク談義。「これ何cc?」って聞いて、「600」って返ってきて、僕がびっくりしていたら、そこから話が弾みはじめた。
うん。バイクが好きな人に、悪い人はいないよね。
「べつに。乗ってりゃ、重さなんて、関係ねえし。……小型じゃ、小さくないのか?」
「僕ほら。免許は小型二輪しか持ってないし」
「それもう関係ねえだろ?」
「いや。まあ。そうだけど。……まあね。僕も大きいのに乗り換えようと思ったんだけどね。……まあいちおう荷物も載りきるし。愛着もあるし。ミツキちゃんもそれでいいって言ってくれてるし」
「それだけか?」
あー、やっぱ、わかっちゃう?
「いや……、まあ、その……ね? ……わかるでしょ?」
僕は正直に白状した。
いや。なにも言ってはいないんだけど。
わかる人にはわかるっていうか……。バイクで女の子を後ろに乗せた男の子なら、言わなくても通じるというか……。
硬派っぽいテッシーは、そういうこと、興味ないかとも思ったんだけど。
「まあ……、な」
ややあって、鼻の頭をかきながら、彼はそう言った。
「俺も正直……。小さいやつにしようか……、と、思わなくもなかった」
「だよねー!」
僕たちは完璧に同意した。
「ごはんー、できたぞー、野郎どもー」
ナナさんが、鍋をカンカンと叩いて僕らを呼ぶ。裸エプロ……じゃなくて、露出度高めのエプロンは、破壊力、高かった。
テッシーは、あの娘と、さっき……大人のゴニョゴニョ……してたんだよなー。大人だなー。
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