B-SIDE13「ドラム缶風呂」

「ねえー! おふろー、おふろはいりたーい!」

「うるせー。ビッチ。道ばたに捨ててくぞ」


 後ろのシートで、ビッチがクソやかましい。

 このあいだお風呂お風呂と騒ぐので、温泉に連れて行ったら、味をしめて――定期的に、温泉温泉、騒ぐようになった。


「おーんせん! おーんせんっ!」


 ばか。バイクを揺らすな。危ないだろう。


 九州はけっこう温泉が多いんだが。本州に入ったら、激減した。

 だいぶ遠回りしなければ、地図に「♨」のある場所がない。

 べつに急ぐ必要もない旅なので、遠回りしたって、べつにいいんだが……。

 しかし風呂に入るためだけに、温泉を巡っていたら、この旅は全国温泉巡りになってしまう。


 夏本番までには、北海道に到着したい。

 俺は行ったことないのだが、寒い場所だと聞いている。

 あちこち回るには、夏の季節が最適だろう。そういや、バイクの夏のツーリングで、北海道っていうのはメッカだって聞くしなー。夏休みをまるまる一ヶ月かけて、北海道を回るのだとか。


 だいたい「♨」のある地点に行っても、ポンプで汲み上げているところがほとんどだ。つまり電気がないと温泉が枯れている。

 温泉が自然に湧き出している露天風呂なんてものは、ごくごくレアなのだと……。

 いくつ目かの「♨」を訪ねていって、無駄骨を折って、よくわかった。


「なんでおまえ、そんな風呂はいりたいわけ?」

「だってテッシー、お風呂入んないと、口でシテくんな――」


 ――キキーッ!

 俺は急ブレーキをかけて、バイクを停止させた。


「降りろ」


 ナナにそう言う。


「ええーっ!? なんでなんで怒るの!? どこが怒りポイントなのかわかんないよテッシー! あやまんないよ! あたし! あやまんないからねっ!?」

「ちがう」


 やっぱり勘違いしているナナに、俺はそう言った。


 俺は道端に置かれた物体を指さした。

 止まったのは、それが理由だ。


 ドラム缶が無造作に置かれている。

 ここはなにかの工場らしい。開けっぱなしの作業場には、工作機械が色々あった。

 これだけ道具が揃っていれば――。


 俺はちょっとしたことを思いついてしまったのだった。


    ◇


「おー。あるある。電動ドリル。にサンダーと……。おっ。アセチレンバーナーまであるのかー」


 電気がないから電動系の工具は全滅かと思いきや、発電機があった。夜店の屋台で、エンジン音を響かせているアレだ。出力は大きくないので、大型工具は動かせないが、ハンディ工具ならこれで充分だ。


「うわー! 電気の明かりー! ひっさしぶりーっ!」


 ためしに工事用のLEDライトを点けてみたら――。ナナがはしゃいだ。

 バイクのヘッドライト以外で、文明の灯りを見たのは久しぶり。


「なにすんの? なにすんの? テッシー、なにすんのー?」

「おまえはメシ探してこい。あと寝床な。今日はテント張らずに、ここで寝るから」


 まだ昼をすこし回ったところだが……。

 これだけ工具が揃っていても、完成する頃には夕方にはなっているはず。


 俺は工具を使って工作をはじめた。


 まずドラム缶。上のところを丸く切断して、蓋を取り除く。

 ドリルで穴を無数に開けてサンダーで削った。

 アセチレンバーナーで焼き切ると、たぶんあっけないほど早いのだろうが――。使ったことのない工具は、さすがに手を出さないでおいた。


 蓋をはずしたら、内側をよく洗浄。オイルの入っていたドラム缶らしく、だいぶ、オイル臭い。

 はじめ、水と洗剤で洗おうとしたのだが、砂で磨いたほうがいいとわかった。

 仕上げにパーツクリーナーのロング缶を何本も使って脱脂する。

 うん。においもしない。完璧だ。


 ドラム缶の加工が終わったら、あとは、そのほかの準備だ。


 まずは……。水か。


 建物の裏に行ってみる。たぶん、あるだろうと思っていたら、やっぱりあった。


 井戸がある。

 なんと、電動ポンプもついていた。


 手押しポンプくらいは覚悟していた。ドラム缶一本分の水を汲む重労働ぐらいは覚悟していたが……。これなら楽ができそうだ。


 電気は工場に発電機があるので、そこからコードを引いてきて、コンセントをつなぎ替えると、ポンプが動いた。


 ホースを伸ばして、ドラム缶に水を溜めてゆくあいだに、燃やす物を探した。


 薪になりそうな廃材は、いくらでもそこらに落ちている。適当にへし折って小さくする。


 ドラム缶の下には、コンクリブロック底上げして、空間を作ってあったので、燃やせるものをどんどんと入れる。

 そして火を着ける。

 新聞紙からはじめて、木片、木材、大きな角材の切れ端、と、だんだんに大きくしてゆく。


 ドラム缶の水は満タンになった。

 温度のほうは……。まだ水だ。

 火をがんがん炊いているが、適温になるには、まだしばらくかかるだろう。

 あとは待つだけ……。


 よし……!

 ドラム缶風呂! 完成!


 ところでナナの姿が、さっきからずっとない。

 メシと寝床を見てこいって言っておいたんだが……。


 工場と繋がっている家にあがって、ナナの姿を探しにいくと――。


 ……寝てやがった。

 家の居間で、タオルケットをかけて、すうすう、すやすやと、熟睡中。


 人が働いているあいだに、このアマぁ。


 カップ麺と缶詰が積みあげられているから、食い物は準備したらしい。寝るところも、こうして確保中。

 まあ言っておいたことは、やっていたわけで……。


 毎日、バイクでの旅で、こいつも疲れてんのかな?

 俺はナナの隣に寝そべると、片手を伸ばして、その髪を撫でた。


 起きるかと思ったのだが、ぜんぜん、起きねえ。

 おっぱい触ってみた。やっぱり起きねえ。

 触るだけでなくて、いじってもみた。やっぱり起きねえ。

 おっぱいだけでなくて、カラダのあちこちも……。やっぱり起きねえ。


 そんなことしているあいだに、ムラムラしてきてしまって……。

 どこまで起きないのか、俺は試すことになってしまった。

 睡姦、というのは俺とナナのあいだでもはじめてで――俺はだいぶ夢中になってしまった。


 ナナはついに最後まで起きなかった。

 てゆうか。ぜったい起きてたよな。こいつ。

 寝たままイクのかよ。


    ◇


「はー、いいお風呂ー」


 一番風呂は、ナナに譲ってやった。

 そのために作った風呂だった。

 ドラム缶はもう一本あったから、二つ並べて作ればよかった。一個作るのも二個作るのも、手間はたいしてかわらなかったろうし。


「んふー、みたい?」


 ナナは湯面におっぱいを隠して、にまーと笑った。


「さっき見たわい」


 俺は言った。ビッチのくせに男の生理をわかってない。

 いまの俺は賢者だからな。おっぱいぐらいでは動じたりはしないのだ。


「番頭さん。もっと熱くしてよー」

「誰が番頭だ」


 俺は薪をくべた。


    ◇


 風呂の具合があまりによかったので、数日、ゆっくりして、旅の疲れを抜いた。

 ナナのことをもうちょっと考えてやるべきだと思った。

 ドラム缶風呂をもう一つ作って、二つ並べて一緒に入った。

 ナナはご機嫌だった。


 数日を過ごしたこの場所をあとにするまえに、いろいろ、残しておいた。


 まず看板。「風呂屋←」とデカデカと書いた大きな看板。黄色と赤で、目立つように塗っておいた。

 それを道沿いに置く。


 俺たちみたいにバイクで旅している者が見たら、すぐに気づくように――。


 風呂の使い方を書いて、パンフレットにしておいた。

 水の汲みかた。そのまえに発電機の動かしかた。

 湯の沸かしかた。というよりも火のおこしかたから。


 俺的には、「ええ? こんなとこまで書くのかよ?」ってあたりから、丁寧に書いた。監修はナナ。

 ナナでもわかるように書いてあるそうだから、たぶん、誰でも使えるはず。

 漢字で書くな、ひらがなにして――とかいうところまで従ったので、これはもう確実に大丈夫。

 てか。ナナのやつ。読めない漢字、けっこうあったのな。さすがビッチ。


 ナナのやつは、「メッセージノート」なんてものを、こしらえて、残してきていた。

 ここを訪れる人が、好きなことを書いていいノートだそうだ。

 変なことを考えるものだ。


 フリーハンドで日本地図を書いて、俺たちがこれまで通ってきた道と、これから通る予定の道とを、書きこんでいた。


 漢字も読めんのに、47都道府県のすげえ細かい境界線図、ぜんぶ空で書けて、しかも件名も全部書けて、漢字も県名だけは書けて……。

 なんなの。こいつ。


 誰が使うかもわからんし、誰も使わないかもしれないのに、ナナはせっせとメッセージを書きこんでいた。

 ひらがなばっかで、読みづらいんじゃねえの。

 解読するやつが気の毒だ。


「ほらー、テッシーも、なんか書きなよー」

「俺はいいよ」

「だめだよー。書きなってばー」

「うっせえな」

「……じゃあ、〝うっせえな〟で」

「おい書くな」

「じゃあ、なんか書きなってー。はい。ボールペン」


 俺はしぶしぶ、一言だけ、書いた。


 「夜露死苦」――と、そう書いた。


「あははははははははは! 不良だ不良だ!」


 ナナにはめっちゃウケていた。せめてワルと言ってくれ。


    ◇


 俺たちは、ドラム缶風呂屋と、メッセージノートをあとに残すと、数日を過ごしたその場所を立ち去った。


 向かうは――でっかいどー!

 じゃなかった――。ナナのが感染った。


 目指すは――北海道!

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