C-SIDE06「仲直り」

C-SIDE06「仲直り」


「すまん! 本当にすまん!」

「ごめん! ほんとーに! ごめんなさい! めんちゃい!」


 芝の上に二人して土下座。


「痛ててて……、み、ミツキちゃん、もうすこし……、優しく……」

「我慢してください。ばい菌入っちゃったら、あとで大変ですよ」


 僕はミツキちゃんに手当を受けていた。

 消毒薬が、すごく染みる。


 ぼっこぼこにされたけど、唇を切ったのと、鼻血でたのと、そのくらいで……。あんまりひどいことにはなっていない。

 テッシーは逆上してはいたけど、それでも手加減してくれていたっぽい。聞けば空手の有段者なんだって。本気でやられていたら、僕、死んでたよねー。


「すまん! 本当にすまん!」

「ごめん! ほんとーに! ごめんなさい!」


「だから、もうもう頭あげてってばー。怒ってないし。怪我もたいしたことないしー」


 僕は二人にそう言うのだが……。


「すまん! 本当に、すまなかった!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 二人は芝におでこを擦りつけているばかり。


「あたしがぜんぶ悪いの! テッシーはぜんぜん悪くないの! だからテッシーだけは許してあげて!」

「いいや! すべて俺が悪いんだ。俺の責任だ! ナナは悪くない!」


 僕はため息をついた。


「ねえミツキちゃん? ……言ってあげて」

「はい。そうですね」


 僕がなにを言っても、二人は「すまん」と「ごめんなさい」しか言わないので、ミツキちゃんにかわってもらう。

 ミツキちゃんは――。


「そうですよ。ぜんぶテッシーさんがいけないんですから。反省してください。反省」

「うえっ?」


 僕はまじまじと、ミツキちゃんを見つめた。


「そうなの?」

「そうです。テッシーさんが、ナナさんを、不安にさせちゃったから、いけないんです」


 ミツキちゃんは、きっぱりと言いきった。

 僕にもその理屈は、なんとなくわかるような気がした。

 ナナさんは、テッシーに捨てられちゃうことを、すごく気にしていて……。

 そしたら、僕がかわりになってくれないかと言って、迫ってきたわけで……。


「あっ……、ひょっとして、散歩って……、その相談してた……とか?」

「そうですよ?」


 僕はミツキちゃんの顔を、まじまじと見つめた。


「……? なんだと思ったですか?」


 いやいやいや。ぶるぶるぶる。僕は首を横に振りたくった。

 言えませーん。


「テッシーさんには、罰があります」


 ミツキちゃんはそう言った。うわぁ。マジ天使の懲罰ってどんなんだ? ちょっと興味あるー!?


「罰として、ナナさんに、ちゃんと言うこと」

「そ、それは……」


 テッシーが顔色を変えていた。それほどの罰なのだろうか?

 だけど言うってなにを?


「返事は?」


 ミツキちゃん。怖いよ。


「は、はい……」


 正座した自分の膝を、指の関節が白くなるまで握りしめて、テッシーは決死の面持ちで、そう言った。

 いったいなにを言うの?

 そこんとこ、僕、聞かされてないんだけど!?

 すっごく興味あるんですけどー!?


「あとで……、言うよ」


 テッシーは、ぷいっと、そっぽを向いた。

 ミツキちゃんは、テッシーの顔のほうに回りこむと、凄い笑顔で……。


「いま、やりましょうね」

「う……、お、おうっ」


 テッシーは、すごく心細そうな顔を、ナナさんに向ける。


「あの。じゃ……、ちょっと、ナナ……。こっちこい……」


 テントの中に二人で引っこんでしまった。


 あー。うん。なにを言うのか結局わからないままだけど。

 僕らが聞いているところじゃ、言いにくいよねー。


 でも気づいているのかいないのか。テントって、意外と声が外に洩れるんだよねー。

 僕は聞き耳を立ててみた。

 よく聞こえない。


 もうすこし近づいてみる。


「……~~、……、………」


 まだよく聞こえない。もう少し近づく。


「もーだめですよー、カズキさん」


 ミツキちゃんはそう言うけど。でも僕の背中にぴったりと張りついて、一緒に膝立ち前進中。


 かなり近づくと……。

 二人の声が聞こえるようになってきた。


 えっ? あれあれっ? これって?


 これはあれだ。

 聞いちゃいけない声だった。

 話しこんでいるんじゃなくって……。これって……。


「あー、ぷろれすですねー、ぷろれすっ♡」


 たぶんミツキちゃんは、わかっていないんじゃないかな?

 わかっていたら、すこし顔を赤くしたりはするよね。

 ぜんぜん真顔だよね。これ。

 もしわずかでも顔を赤らめないで、にこにこ天使の笑顔で言ってたら、こわいを通りこえて、ホラーだよね。


「テッシーさん。優勢なんでしょうか。これはっ?」

「いやあのその……、ミツキちゃん?」


 テッシー……。ワイルドすぎた……。


 ナナさんに向かって「誰が一番か言ってみろおぉ!」とか言ってる。

 ナナさんは上擦った声で、「テッシー! テッシーがいちばんだからぁぁ!」とか言っている。言ってるってゆーか……。泣き叫んでる。


 僕は真っ赤になって、その場を離れた。

 残りたがってるミツキちゃんの手を引っぱって、充分距離を取った安全圏外まで待避した。


 もー。二人ともー。

 純粋かつ健全な青少年には、毒だよー。


    ◇


「じゃ、な」

「うん。そっちも気をつけて」

「お健やかにー」

「ばいばーい。カズキュン。あたし、けっこー好きだったよー♡」


 だからそういうこと言うのやめようね。ナナさん。またテッシーに、夜、責め立てられちゃうよ。


 僕たちは、二台のバイクに、それぞれ乗っていた。


 バイクの向きは、それぞれ違う。

 向こうは北に。僕らは南に向いている。


 向こうは北海道。そして僕らは九州が目的地。


 この文明が終わっちゃった世界では、ひょっとしたら、もう二度と会うことは叶わないかもしれない。


 だから僕たちは、おたがいの旅の無事と幸せを祈りあった。


「ばいばーい!」


 ビッグスクーターが走り出してゆく。600ccのエンジン音を響かせて、すごい加速で――。

 すぐに見えなくなった。


 さて――。


「僕らも。行こうか」

「はーい! 出発しんこーでぇす!」


 青い空のもと。

 道はどこまでも続いている。

 どこまでも。どこまでも。どこまでも。


 僕はアクセルを開けた。

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