文明崩壊後の世界を女の子をバイクの後ろに乗せて旅している

新木伸

第一章 旅立ち

A-SIDE 01「旅立ちと、女の子」

【前書き】

 こちらはA面です。ピュアボーイ+マジ天使のカップルの道中です。



【本文】

 125ccのバイクの後ろに、荷物を積む。落とさないように、しっかりとゴム紐でくくりつける。


 陽気が素敵なその日の午前。

 出発準備を整えおわると、ちょっと離れて、バイクを見る。


 うん。いいよね。バイク。

 どこまでも行けそうだ。

 どこまでも行くことができる。

 そしてどこまでも行くつもりだった。


 免許は取っていたけど、そのあとすぐに引きこも……げふんげふん、ええと、ニー……ではなくて、げふんげふん。

 ええと。本人の選択による自宅履修をしていたものだから、じつは乗っていない。バイクは買うつもりだったので、お金を貯めていた。


 そのお金を持って、バイク屋に行って、シャッターの開いたままの店内を覗いて、目当ての車種を見つけた。定価に相当する金額をカウンターに置き、メモ用紙に、日付と車種と金額を書き、書名も行った。


 「バイクをいただいていきます。すいません。お金は置いてあります。定価に足りると思います」――と、もし店の人が戻ってきたら読めるようにしておいた。

 戻ってこないとは思うんだけど。でもいちおう、そこのところは、ちゃんとしておきたい。

 いま世界がこんなことになってしまって、お金なんて、なんの役に立つのかって話もあるけれど……。


 今日までは、家の中にいた。

 けっこう食料は買いこんであったので、「あれ」があった後も、しばらく問題なかった。

 しかし昨日になって、ついに電気も止まってしまった。


 だから僕は旅に出ることにした。前から旅をしてみたいと思っていた。

 そのいい機会が訪れたのだと思った。


 外に出ることは、じつは、怖くない。人に会うことが怖い。より正確に言うと、人に会って傷つけられることが怖い。

 どうして、皆、人を傷つけたり損をさせたりして、喜んだり得をしたりしようとするのだろう。自分も人も、どちらも得になるようにしないのだろう。winwinではなぜいけないのだろう。


 バイクには、セルスターターがついていなくて、途方に暮れた。

 説明書を読んで、「キック」というやりかたを調べて、エンジンをようやくかけられたとき――。

 僕は思わず歓声を上げていた。


「ヒャッハー!」


 しまった。ヤンキーくさい。モヒカンカットの人っぽかった。

 やり直し。


「やったー!」


 誰も聞いていない。周囲には人っ子一人いない。「あれ」が起きてから人の姿を僕はみかけていない。

 本当にものすごく少なくなってしまったと、ネットで話したどこかの人は言っていた。

 いったい「なに」が起きたのか。仮説だったら聞いているのだけど……。まあそれはまたこんどにしよう。

 僕は、ごくわずかな荷物だけを厳選してバイクに積みこみ、出発準備を整えたわけだった。


 とにかく――!

 出発! 旅!

 目的地? どこへいくかって?

 そんなの、べつに、どうだっていいじゃないか。


 「ここじゃない何処か遠くへ」――で、充分だった。


 路上には乗り捨てられた車が、あちこちに止まっていた。

 正確には、乗り捨てられたというより、運転している人が消失しちゃったんだけど。


 それらを避けてスラローム走行だから、あんまり速度は出せない。前をしっかりと向いて走っていないと危ないので、景色を楽しむこともできない。

 しばらく走り続けて、生まれ育った街をすっかり抜けて――。


 あまり来たことのない街中までやってきたところで、バイクを止めた。


 こっちの街では、まだ電気が生きているようで、自販機が動いていたから、午後ティーを買って、飲んだ。


 ふう。

 午後ティー。うまい。

 空が青い。だからうまい。

 うまいうまい。


 そして空が青い。本当に、どこまでも青い。


 見たこともないくらいの青さだ。空でなくて海みたいに見える。

 世界から人のほとんどが消えてしまってから、空気が急に綺麗に清みわたったような気がする。

 ほんの十日か十四日かそこいらで、世界はこんなにも回復を果たすのだ。

 べつに終末論者でも。人類ダメ主義者でもない。

 空の青さに感動して、そう思っただけ。

 人がいないほうがいいと思ったわけではない。……実際。いないんだけど。


 ほんと。いないなー。


 さっきから道ばたにバイクを止めて、午後ティー1本を空にするぐらいの時間が経っているのだけど。誰も通らない。

 猫は通っていった。ハトかカラスか、なんかの鳥が、上空を横切ってもいった。

 しかし人は一人も通らない。車も通らない。


「こんにちわー」

「あ。はい。こんにちは……」


 いま一人、女の子が通っていったくらいで――。


 ……え?


 通り過ぎていった女の子の、すらりと細身の後ろ姿を、まじまじと見つめた。

 長い髪。黒い。黒い。断然、黒かった。

 なんにも手を入れていない生まれたままの髪の黒さだ。


 その綺麗な黒髪に、白いワンピースがとっても映えている。

 足元はスニーカーで、これは歩きやすさを重視してのことだろうか。

 ころころころと、彼女は車輪のついたバッグを引いて、歩道をまっすぐに歩いて行く。


「えっと。あの……」


 「あれ」が起きてからはじめて出会った「人」だ。びっくりした。

 その「人」が、可愛い女の子だということには、びびって――い、いやっ、びびってなんかいないよ。ぜったいにない。


「あの……、ちょっと、ごめん! 止まって!」

「え?」


 女の子は立ち止まった。

 きょとんと頭をかしげる。その仕草で、黒い髪が、さらさらと流れ落ちていって――。


「あの?」


 はっと、我に返った。

 しまった。見とれていた。

 見とれていたなんてバレたら、僕は穴を見つけて入らねばならない。


「え、えっと。……いいお天気ですね」


 とっさに出たのは、そんな言葉。

 ばかですか。穴に入りやがれですよ。


「はい。そうですねー」


 女の子は、にっこりと笑うと、空を見上げた。

 この子。天使。


 どうしようもない失敗発言を、あっさりと受けて、華麗にスルーしてくれた。

 傷は広がらず、致命傷にも黒歴史にもならずに済んだ。


 あと、自分で言うのもなんだけど。

 声かけたりして、さらに挙動不審で、明らかに怪しい感じのはずなんだけど……。


 そのへんはどう思っているだろう。――と、彼女をよく見ていたら。

 彼女はずっと空を見上げたままだった。


「青い……、本当に青い空。すごいですねー。すごいすごい」


 さっき自分が感動していたことと、同じことで、この娘は感動している。

 ちょっと嬉しい。それが綺麗な娘だったから、かなり嬉しい。


「あ。申し遅れました。わたし。ミツキって言います」

「あ。えっと……。カズキ、です」


 ぺこりとお辞儀を返す。

 それが彼女――ミツキちゃんとの出会いだった。

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