A-SIDE 09「お店」
「あっ、ほら――カズキさん。お店です。お店がやってます」
バイクでゆっくり調子よく道を走っていると、ミツキちゃんが指差して、ヘルメットをぽこぽこと叩いてきた。
「あー。うん。お店ね。いっぱいあるよねー」
ぼくはそう言った。
店なら道沿いにいっぱいある。でも「あれ」が起きて、人がほとんどいなくなって、どこの店も、無人のまま、開店休業状態――。
人気のない店舗というのは、どこか物寂しさがあるので、物資の補給以外では立ち寄らず、素通りすることに決めている。
「カズキさん! カズキさん! ああほら――通り過ぎちゃいます! そこですそこぉ!」
ぐぎぃ、と、首を捻られた。
ぐええ。
僕はバイクを急停止させた。
「あぶないから! それだめだから!」
ミツキちゃんに強く言う。叱るわけじゃないけど。運転しないミツキちゃんは、運転者の苦労を、どうしてもわかってくれないことがある。
だからきちんと言っておかないとならない。
「――あっごめんなさい! でもあの。ほらあの。……そこに。お店がっ」
「お店?」
僕は道ばたに開いたお店を見た。
店、っていうよりも、そこは――。
仮設店舗?
もとは店ではなくて、なにか車庫か物置みたいなものだったのだろう。そこに色々なものが運び込まれている。
え……? 運び込まれている?
えーと……? 誰が?
シャッターは開いたまま。品物が色々と置かれている。路上にも溢れるぐらい。
「あれ」が起きて以降に行われたということは、見れば、すぐにわかった。
埃をかぶっていない。雨ざらしになっている感じじゃない。
「ごめんくださーい。誰かいませんかー?」
ミツキちゃんはもうバイクを降りていた。もう声を掛けている。
はやっ――!?
ていうか――! 警戒心なさすぎっ!?
まあ、「いい人仮説」が正しければ……。
誰か、他人に会ったとしたって、それはきっと「いい人」であるのだろうし。心配いらないのだろうけど……。
「やあ。お客さんだねー。――いらっしゃい」
背の高いおじさんが、のっそりと、裏手から出てきた。
服装と、手にした道具からすると、農作業の途中だったみたい。
「あ……、あの……。こんにちは」
「はい。こんにちは」
僕は頭を下げた。おじさんも会釈を返してくれる。
その顔には笑顔が浮かんでいた。
僕はすこしほっとした。
もし出会った相手が、いい人でなかったら、ミツキちゃんだけは死んでも守ろう――とか、そんなことを考えていた。
ミツキちゃん。無警戒すぎる。天上界の生物すぎる。
「あのう……、お店ですか?」
「まあ。そんなようなものだね」
僕が聞く。おじさんが答える。
おじさんは、どこか面白そうな顔をして、僕のリアクションを見ているという感じ。
なんだか居心地の悪さを覚えた。
「ああ。ごめんごめん。……いやね。この店に来る人たちが、みんな、君とおんなじようなリアクションをするものでね。つい。面白くなってしまってね。いやごめんごめん。悪気はないんだ」
「はあ」
僕は曖昧にうなずいた。
「カズキさん。カズキさん。すごいですよー。ここ。なんでも揃ってます。便利なものいっぱいです。すごいです。素敵です」
「彼女のリアクションは、ユニークだね」
おじさんはミツキちゃんを見て、そう言った。
僕とおじさんは、二人して――笑った。
ああ。このおじさん。いい人だ。
僕は警戒心をほんの少しだけ残して、おじさんに心を解いた。
「二人は。旅の途中なのかな」
「はい」
「どこか目的地でもあるのかい」
「僕は……どこでも。彼女は……」
「あっはい。おばあちゃんがいるので。九州です! 九州!」
「九州かー。遠いねー」
おじさんは腕組みをしつつ、考える。
「じゃあ、これなんかどうだろう。アルミの蒸着シートでね。ほら。こんな薄くて、折り畳むとポケットに入るような大きさなんだけど。広げると、二人ですっぽりくるまれるぐらいに広がるんだ」
「ほー。へー。はー」
ほんとだ。薄くて丈夫で。
なんかで見たことはあったけど。実際に目にしたのは、はじめてだ。
「すごいですー」
ミツキちゃんは、もう、くるまっている。
暖かそう。
「暖かいですよー。ほらっ」
ミツキちゃんがシートを広げて、くるりと、僕ごと包んでくる。
銀色のシートの肩を押しつけあう。体温がシートに反射して、すぐに暖かさを覚えた。
ミツキちゃんの体温が……暖かい。
「おや。勘違いしてしまったようだね。シートは二つあげよう。まだたくさんあるかから遠慮しなくていいよ」
おじさんはそう言った。なにが「勘違い」なのか、わからないような、わかるような気がしたが――それは、まあよくて。
「あの……。ぼくら。お金、持ってないんですけど」
出発のときにはいくらかあったお金も、店で食料その他をもらうときに置いてきてしまった。いまはだいたい無一文。
「はっはっは。こんな時代に、もう、お金なんて、なんの意味もないよ」
おじさんは、からからと笑った。
「それは……、そうなんですけど」
「いやいや。ごめんごめん。君たちは……、本当にいい子なんだね。きっとこれまでも、お金を置いて、書き置きを残して――と。そういうことをしていたんじゃないのかな?」
おじさんには、すべてお見通しのようだった。
「心配いらないよ。この店――というか、集積所は、べつに商売でやっているわけじゃないんだ」
「商売じゃないんですか?」
「ああ。当面、食べるぶんは困っていないしね。裏で畑もやっているし」
おじさんは、くいっと顎を振る。
畑というのは見ていないけど。おじさんの腕の太さだとか、体のがっしりした感じからいって、きっと立派な畑に違いない。
「ここはけっこう、君たちみたいな人が通るんだ」
「僕たちみたいな?」
「そう。旅をしている人たちがね。――そういう人たちのために、必要なものを、あちこちから、ここに集めているわけだ」
おじさんはそう言った。
僕は店のなかを、あらためて見回した。
食料。衣類。日用の品々。旅に必要なものが、なんでも揃っているような気がした。
「でも、なんでそんな……?」
僕は聞いた。
おじさんが店――でなくて、集積所を開いている目的はわかったけど。
でも、なんで、そんなことをしてくれるのか……?
「助かりますー」
ミツキちゃんが、ぺこりと頭を下げた。
「うん。そう。それそれ」
おじさんは、うなずいた。
ニコニコと笑いながら、何度もうなずいている。
それから僕を見る。
「なぜ? ……って、そう聞いたね? まあ……、しいていうなら、皆の笑顔を見たいっていうのが、その理由になるのかな」
「はあ……」
おじさんは、いい人だった。
ミツキちゃんも、いい人だった。
二人に比べると、僕は「いい人度」が、すこし足りないのかもしれない。
◇
その日は、そこに泊まった。
おじさんに旅の話を、いろいろとした。他の人たちの話も聞いた。
そして僕たちは、翌朝、出発した。
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