B-SIDE11「本州~っ!」

「う~ん……」


 テントの中で俺たちは目覚めた。

 というか。俺はしばらく前から目覚めていたのだが、ナナのやつが俺の腕を枕に、くーくー寝ていやがるので、枕をどかさずにいてやったわけだが。


 テントの生地越しに差している日光の高さからいって、もう朝というよりは昼に近い感じ。


「んー……、よく寝たねーっ……!」


 ナナのやつが起き上がって、くーっと、おおきくのびをする。

 おっぱいも、くーっと、大きくのびをする。腕と一緒に持ちあがる。


 ナナのおっぱいはすごい弾力で、柔らかい、っつーよりも、固いってくらいの感じで――。

 男子的には、ついついそこから目が離せなくなってしまう。

 触れたりさわったり。揉んだりなめたり。それ以上のことだって、色々とやまほど、昨夜もそれ以前も、やっていたというのに。


 ナナのやつは、俺のそんな視線に気づきもせず――あるいはビッチだから気づいていてもスルーして、ナミダの浮かんだ目を俺に向けてきた。


「ほらー、テッシー、起きなよー、もう、このー、おねぼうさーん♡」


 起きてたよ。てめえが俺の腕を枕にしてやがったんだろうが。

 犯すぞ。このアマ。


「起きないとー♡ 犯すぞー♡」


 ナナのやつは、ブランケットに頭を潜らせると――。


「うわっ! なにこれ! めっちゃヤバっ! なんでこんな固――!」


 ビッチのくせに。単なる朝の生理現象も知らないのか。

 俺はナナに犯された。

 起きるのはもうすこし後になった。


    ◇


 テントから這い出して、まず太陽を見る。

 ああ。もう真上だな。やっぱりな。


 そしてナナのやつは、まっすぐ前方を指さして――。


「ほんしゅー! でっかいどー!」


 とか、意味のわからない叫び声をあげていた。

 ちなみにそれ本州だからな? 北海道はもっとずっと何千キロも先だからな?


 それはともかく――。


 ぱんつはけ。


 下半身、丸出しで、ぱんつもはかずに、仁王立ちで叫んでんじゃないぞ。

 こんのクソビッチ。


 俺は黙々と、テントを一人で片付けはじめた。

 開くときはワンタッチで魔法みたいに開くのだが、収納するときには、わりとコツがいる。


 俺たちが、昨夜テントを張ったこの場所は――。

 関門橋といわれる、九州と本州とを繋ぐ巨大な橋の、すぐ近くだった。


 橋はほんの200~300メートルぐらいしかない。対岸に見えているのは、あれは、本州の端っこである。


 昨夜のうちに本州に渡ろうと思えば、渡れたわけだが……。

 どうせだし、記念だし、というナナの言いぶんで、一晩、キャンプして、日のあるときに渡ろうということになった。

 なんの記念なんだか。まあいいが。


「ああ――、ほらほらっ、撮っとこー」


 スマホで、ぱしゃっ――とやられた。

 自撮り棒を使って、二人並んで、撮影しやがった。

 ナナはいまでもスマホを持ち歩いている。ネットに繋がらなくなったスマホは、いまでは単なるカメラと懐中電灯でしかない。懐中電灯のほうはけっこう役に立ってるが。


「もー一枚、いっとこー」


 顔だけでなく、全身、撮りやがった。


 だから、ぱんつはけ。

 まー、誰が見るものでもないから、いーけど。


 こいつ……。ハメ録りまでしてんだよなー。ビッチだから。

 まー、いーけど。


「これ、わたったら、でっかいどー、だよねー」


 俺と並んで対岸を見ながら、ナナが言う。


「あのな。おま。やっぱ勘違いしてないか? これは本州。北海道は。もっと先」

「え」


 え、とか言いやがったよ。こいつ。


「あ……、あはははははー! や、やだなー! そ、そのくらい……、しってるよー? あたりまえだよー?」


 本当に知ってるやつは、え、とか言わないし、そんなに力いっぱい力説もしないだろう。


 記念すべき本州上陸を果たすため、二人で出発準備をする。

 だんだん荷物が増えてきたので、ビックスクーターに載せるのにパズルみたいになっている。

 いらないものを断捨離して、荷物を軽くしなけりゃな。


 まずいちばん最初に、ビッチ捨ててくかな。


「なーにー?」


 こいつ、視線にだけは敏いんだよな。

 え? すると、おっぱいとか腰とか、いつも見てるの、気づかれてるのか? あー……。カッコわりー。


 だから、ぱんつはけ。


「ねー、テッシーさー」


 ナナが不意をつくように、言ってくる。


「ああ。うん。……なにかな?」

「どしたの? へんだよ?」

「なんでもねえよ。うるせえぞ。ビッチ」

「いつものテッシーだー」


 そうか。いつもか。

 どういうふうに見られているのか。わかった。

 やっぱ、いちばん最初に断捨離するのは、このビッチだな。


「あたしねー、最近ねー、しあわせなのねー」


 ギクッとした。そして、ドキッともした。

 なにそれ? 告ってんの? なんでこのタイミングで?


「えっち。いっぱいできるし。きもちーしぃー」


 ビッチが。


「あー、でもテッシーだけじゃなくて、他の男のコともしたいかなー、やっぱー」


 ビッチだ。


 俺はちょっと傷ついた。

 毎晩あんなにやってて足りな――じゃなくて。

 告ってくんのかと勘違いした、その自爆が痛かった。

 ビッチにへんな期待した自分がアホなだけだ。


「ねー。テッシー」


 俺は黙々と荷物の積みこみをした。ナナのやつが、また呼びかけてくる。

 俺が答えずにいると、ナナは――。


「このままずっと旅したいねー」


 それは……どうだろう。


 俺も、それは考えた。

 当面の目的地は、ナナの希望を叶えて北海道だとして――。

 その後、日本中をうろうろ、あっちこっち行って回るのもいいだろうと思った。

 だが「いつまでも」というのは無理だということに、すぐ、思いあたった。


 ナナには言っても難しすぎるだろうから、言ってないのだが……。


 まず、道路やインフラの問題がある。

 車の通行がなくなった道路には、すぐに草が生えてくる。

 アスファルトの上に吹き溜まった、ほんのちょっと砂や土に、草の種が芽吹いて、雑草が生えてくるのだ。


 道路のアスファルト自体も永久に持つわけではない。メンテナンスが必要だ。具体的には一定年数ごとに張り替える。そうしなければ、ひび割れてきて、いずれは油分が抜けきって、砂利に戻ってしまう。

 山間の道やトンネルは、いずれ崩れて塞がれてしまうだろう。1年2年はノーメンテナンスで大丈夫だろうが、5年や10年ともなると、もうわからない。


 道自体がなくなってしまえば、バイクでの旅も無理だろう。


 また燃料の問題もある。

 道沿いのガソリンスタンドやら、

 いまは道沿いにいくらでも止まってる車からガソリンを抜き取っている。ナナが得意の〝バールのようなもの〟を持ち出して、停車してある車の給油口をこじ開けるわけだ。


 しかしガソリンというものは劣化する。きちんと保管してない、放置車両のガソリンだと1年か2年か。ガソリンスタンドの地下タンクなら、5年や10年は、まず大丈夫だろう。だがその先は……?


 道がなくても、ガソリンがなくても、徒歩でだって、旅は続けられる。


 ただその場合にも、食料の問題がある。

 無人のコンビニやスーパーで食料を調達する際、俺たちは相談しあって、賞味期限の短いものから持ってくるようにしている。

 缶詰など、消費期限が長く、日持ちするものは、後に続く人のために、なるべく残しておくようにしている。

 ま。少しは食うけどな。俺。鮭の中骨の缶詰? あれ。好きなんだよなー。


 ちなみに、消費期限の短いものは、レトルトとカップ麺とインスタントご飯。そのあたりが短い。缶詰が一番長い。あと米も「美味しく食べる」を諦めて、ただ食えればいいだけなら、缶詰ぐらいに長持ちする。たぶんいちばん長持ちするのは籾殻つきの米とかで、何十年だって持つはずだ。撒けば芽だって出るわけだし。生きてる米はずっと持つ。


 そういえば、あの婆さん、畑をやっていた。

 米は作っていなかったが、同じように農業をやってる人が同じ地域にいて、そこでは米を作っているらしい。田植えの時期とか言っていた。


 やっぱ、いずれは農耕が必要になってくるのか。


 あのジジババたちは、ずっと先を見据えているのだろうか?

 戦後の焼け野原を生き抜いてきた連中、やっぱ、パネえな。


「ねー、でっかいどー、って、ずっと畑なんだよね。見てみたいよねー」


 それは北海道の一部だろう。

 十勝平野とか、そのへんだ。

 ……とは思ったが、地理も社会も、保健体育以外は何もかも苦手そうなビッチに言うのはやめておいた。

 こいつのレベルは、九州を出たら、ほっかいどー、ぐらいなので。


「ねー、テッシー。このままずっと旅したいねー」

「ああ……。まあな」


 まあ、当面、1年から数年ぐらいは、なにも心配することはないだろう。

 そしてまだ十代の俺たちにとっては、数年というのは、なんか、「永遠」と似たような意味に感じられるのだ。


「で。おまえ。いいかげんに、ぱんつあげろよ」

「誘ってんの」


 あ。そうでしたか。

 じゃあ……。ま……。せっかくだし……。

 俺はナナをバイクに押さえつけた。

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