A-SIDE 05「ガソリン」

「ぶい~ん」

 後ろに乗ってる、ミツキちゃんが言う。


「ぶい~ん」

 前で運転している、僕が言う。


「ひゅい~ん」

 後ろに乗ってる、ミツキちゃんが言う。


「ひゅい~ん」

 前で運転している、僕が言う。


 路上に停止する車の群れを、右に左に避けながら、スラロームをくり返す。


 速度はぜんぜん出ていないけど、リズムを取って左右にバイクを振るのは、ある種の爽快感がある。


 ミツキちゃんは楽しそう。

 口にする擬音が、僕にもうつって――「ぶいーん」と「ひゅいーん」とか言いながら運転することになった。


 運転者のいなくなった自動車は、まるで墓標の群れだ。

 でもどこまでも明るい空の下――。墓標といっても寂しい感じはまったくしない。


 田舎道なら放置車両は少ない。国道は多い。

 高速道路は、いちどインターチェンジから入ってみたのだが、人が消失したときに車が高速で走っていたせいか、あちこち大事故ばかりで、道がふさがっていて、じつはあまりうまくないということがわかった。

 トレーラーが横転していると、まったく通れなくなる。道の左右はガードレールで塞がれているから、オフロードバイクでも、ちょっと乗り越えられない。結局、引き返してきて、元のインターチェンジから出るはめになった。


 いまは、田舎道と国道の、ちょうど中間くらい――。県道あたりを選んで走っている。

 ぶい~ん、と、ひゅい~ん、で、調子よく走っていける感じ。


 そうして、今日は朝から、調子よく走っていたのだが――。


 バイクのエンジンの調子が、急に、ぷすんぷすんと――悪くなった。


「あれ? あれ? あれ?」


 みるみるうちに速度が落ちる。ついに止まってしまう。


「どうしたんですか?」

「いやー。えーと……」


 いきなり故障? でもそんな兆候、まったくなかったし……。

 とにかくミツキちゃんに降りてもらって、バイクを調べた。


「あー……」


 エンストの原因は、わりとすぐに判明した。


「ガス欠だ……」


 やってしまった。

 いや。でもね? だけどね?

 ある意味しょうがないんだよ?

 だってこのバイク燃料計ついてないし。タンクの中にガソリンがどれだけ入っているか見えないし。


 バイク屋で、このバイクを貰った(ちゃんとお金は置いていった)ときに、けっこう入っていることは確認したんだけど。

 それから一度も給油していないのだから、そういえば、そろそろなくなる頃合いだ。


「あー、つまり、バイクさんは、おなかがすいてしまって動けない……ということですか?」


 ミツキちゃんは心配そうに覗きこんでいる。

 そのたとえは非常に個性的だけど。まあだいたい、そんなあたり。


「しかし! こんなときのために! バイクのガソリンコックには〝リザーブ〟というものがあってー!」


 僕は柄にもなく熱血風に叫んだ。

 恥ずかしいんです。察してください。


 ミツキちゃんは、にこにこ笑顔で、ぱちぱちと手を叩いてくれている。


 ガソリンがゼロになっても、ガソリンコックを「リザーブ」の位置にすれば、もう1~2リットルかのガソリンが使えるようになっている。その予備のガソリン使って、給油できる場所まで移動するのだ。


 ……が。


「はじめからリザーブだった……」


 コックははじめから「リザーブ」の位置にあった。

 つまり、この状態は、予備のガソリンまで、すべて使い切ってしまった状態だ。


 とほほー。

 とほほほほー。


 ひゅーっと、風が吹き抜けていった。


 ミツキちゃんの目が痛い。

 いや。どんな目で見られているのか、顔を向けることがないから、わからないけど。

 使えねー。この男。チェンジ。――とかいう目に、もしなっていたら、再起不能になりそうなので、ぜったい、見れない。


「あっちの子って――。たべもの? おなじです?」


 ミツキちゃんが言う。


 はい? たべもの?


 僕はうつむいていた顔を上げて、そちらを見る。

 ミツキちゃんの細い指が指し示すのは、路上に放置されている自動車だった。


 ああ。そっか。

 僕は理解した。ガソリン。――そこにあるじゃん。


 荷物を漁る。

 使う機会があるかと思って、厳選した荷物に含めておいた――道具が、二つ。

 ひとつは「バール状の物体」。もうひとつは1メートルばかりの「ホース」。


 ちょっと「よい子は真似してはいけません」的なことをやることになるし――。

 文明崩壊前なら「器物破損」及び「窃盗罪」になってしまうことだけど――。


 僕はすっくと立ち上がった。

 だいぶ立ち直っていた。


「こんなこともあろうかと! ここに取り出しましたる二つの道具! これにてガソリンを手に入れて候! 見事成功した暁にはー!」

「あかつきにはー?」


 ミツキちゃんがノリよく聞いてくれる。

 ほっぺにチューして、なんて言えるわけがないので――。


「拍手喝采! ちょうだいいたします!」

「はい!」


 姫に期待された。こんどは失敗できない。


 まず「バール状の物体」で、車の給油口をこじあけた。意外と簡単に開いた。

 キャップを外して、ホースを差しこむ。

 バイクを押してきて、ホースのもう片方の端が届く位置に停める。


 そしてホースの片側を、口にくわえ――吸いこんだ。


 ガソリンがちょっと勢い余って、口の中に飛びこんできた。

 うええ。すげえ味。


 ホースを指で押さえてガソリンを止めつつ、タンクに導く。そして指を放すと。


 どー、というホースと同じ太さで、オレンジ色の液体が、勢いよくタンクに流れこむ。


 満タンまではすぐだった。意外とバイクのタンクには入らないものだ。


「さて。これでOK」


 タンクのキャップをしめた。

 車はあちこちにたくさん止まっている。

 予備のガソリンを持っておく必要はないだろう。


「はー。すごいです」

「え? なにが?」


 僕はミツキちゃんに聞いた。なんか褒められた?


「あっ――忘れてました。拍手拍手、拍手ーっ」


 ぱちぱちと、拍手してもらえた。


「すごいすごい。すごいです」


 褒めてもらえている。

 ちなみにこれ、僕が考えたんじゃなくて、ぜんぶ、本に載ってた方法だけどね。

 自宅警備――げふんげふん、在宅学習で、本を色々読んでいただけなんだけどね。


 ミツキちゃんみたいな綺麗な子に、ぱちぱちされて褒めてもらえるのは、悪い気のしようはずがなかった。

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