A-SIDE 08「寝袋事情」

「……カズキさん。起きてます?」


 夜。寝袋を二つ並べて、寝ているとき――。

 ミツキちゃんの小さな声が聞こえて、僕は、どきっとなった。


 起きてると答えたほうがいいのか。寝たふりをしたほうがいいのか。

 もし仮に寝ていると答えたら――じゃなくて、寝ていると思われたら、なにか起きるのか? なにかイベントでも?


 そんなことを考えながら、僕は心臓をドキドキさせていた。


 寝袋があるので、身を横たえる場所が、二人分あれば、どこでも宿となる。


 駅の待合室だとか。ホテルや病院のロビーだとか。

 あとは、ここ最近、見つけて、よく使っているのは、「公民館」というところだ。

 市役所の出張所と、小さな図書館と、あと、なんに使うのかわからないけど、畳の部屋が合体した建物が、けっこう、あちこちにあったりする。

 道沿いにはないけど、地図を見れば、各地にけっこうたくさんある。


 民家だったら、道沿いにたくさんあるけれど――。

 鍵がかかっていることが多くて、窓を破って侵入するのも、泥棒みたいで気が引ける。

 また鍵がかかっていなかったとしても、他人の家に入って、他人の布団を使って寝るというのも、ちょっと……。

 たぶん家の住人は、もういないんだろうと思うけど……。


 「あれ」が起きたのは、平日の真っ昼間だった。

 だから平日の昼間に開いている建物は、施錠されないままで、表玄関が解放されている。


 公共施設であれば、出入り自由だ。

 それにやっぱり、畳の上は素敵だった。特にクッションなどを用意しなくても、寝袋一枚で熟睡できる。


 ……ということで、僕たちの宿は、公民館の畳の部屋となることが多かった。


「……カズキさん。……寝てます?」


 ミツキちゃんの声が、また聞こえた。たぶんこれに答えないでいれば、寝てると思われて、声かけも止まるんだろうなー……と、そう思った。


 どっちがいいのやら。ちょっと迷った。


「……うん。おきてる」


 結局、返事を返すほうにした。

 極力、眠そうな声を装って――。


「……あ。寝ちゃってましたね。ごめんなさい」


 いえ。「寝てます? 寝てるんだったら、イタズラですよー?」とかいう、アホな展開を考えて、返事するのが遅れただけです。


「……なんか。ちょっと不安になっちゃって」


「え?」


「……みんな。いなくなっちゃって。寂しいですよねー」


 いつものように明るい口調で、ミツキちゃんは言う。

 ああ。うん。

 ぜんぜん平気そうだったから、あまり心配していなかったけど……。

 こんな夜には、寂しくなるよね。

 僕はもともと引きこ――げふんげふん、……だったから、じつはけっこう気にならないんだけど。

 ミツキちゃんは社交的だろうから、急に人がいなくなって、ショックも大きかったに違いない。


「ぼくがいるよ」


 ちょっと照れくさかったけど……。そう言った。


「はい」


 明朗かつ快活に、返事が戻る。


「……でも。あのその。……あのですね?」


 ミツキちゃんは、なんとも言いにくそうな声で……。


「あのぅ……。ちょっと……、その……、手……」


「手?」


「あの……。いやだったら、ごめんなさい。手を……、その……、繋いでいてくれると……、うれしいかなー……って」


 いやとか。あるはずない。

 むしろ男の子業界にとってそれはご褒美です。


 寝袋から、おたがいの手だけを出して――繋ぎあった。


 ミツキちゃんは、それですぐに眠れたようだった。

 すやすやと規則正しい寝息が聞こえてきたので、それとわかった。


 でもぼくは……。

 その夜は、ずいぶん長いこと、眠れずにいた。ドキドキしっぱなしで。

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