第二章 激突

Side:G ルカ・ハルメア

 メルーナと名乗った耳の尖った女がすっかり困り果てているのを見て、ルカ・ハルメアはさもあらんと首肯しゅこうしていた。


「どうやらあの女、オレと陛下をこんなわけの分からないところに連れてきて、陛下に誰かを倒させようと、色々と画策していたらしいが……」


 メルーナは自身をエルフとか言っていたが、ロッシム大陸ではあのような種族は見たことがない。おそらくは、未知の大陸か──、もしくは魔族らの故郷、魔界のような、ルカたちの世界とは別の世界に連れてこられたのかも知れない。

 自らも召喚術を行使する降魔師ごうましであるルカは、メルーナがどのようにしてか自分とその仲間をこの世界に連れてきたことに関しては、さしたる疑問はない。もっとも、不満は大いにあるが。


 だが──、彼の主であり仲間である、英雄王ダラルード=ダレイルは……、


「陛下は多分、何も考えてないな」

 ぼそりと呟き、その男を見やる。


「じゃ、そいつを倒せばいいのか? いいぜ。強いんだろ? そいつ」


「そ、それは、多分……。で、ですね。ええとぉ。ダラルードさんには、魔王ヴラマンクを倒さんと集まった軍とともに、エレシフの街に乗り込んでほしいんです。申し訳ありませんが、魔王ヴラマンクを倒さない限りは、この世界から元の世界に帰すことは出来ません」


「へえ! なんだか、魔王ゾディヅを倒すために集まった、100の勇者を思い出すな! それより、多分じゃ困る。俺は本当に強いやつと戦いたいんだ」


「ほ、本当にわかってるんですかぁ?」

 思惑通りに事が進んでいるはずなのだが、メルーナはなぜか泣きそうな顔になっている。

 さもあらん。

 ルカと共に旅をする英雄王ダラルードは、考えても仕方のないことは考えない男だ。おそらく、わがままな子供のようなものだろうと、ルカは思う。自分の好きなことや、大事なことだけで、生きていきたいのだ。その他の興味が薄いことに関しては、考える時間すら惜しいらしい。だから、食事も一度気に入ったらそればかり口にする。


 そう、ダラルード=ダレイルは悩まない。


「それでいいだろ、ルカ? ちょっと付き合ってくれ」


「陛下がそう決めたのなら、御意のままに」

 まぁ、いい。

 ダラルードが悩まない分は、ルカや他の者たちが悩み、考えればいい。例えばひとつ、女には確認しておかなければならないことがあった。


「なぁ、ところであんた。陛下が聞かないみたいだからオレが聞くが、この世界に連れてこられたのは、オレたちふたりだけか?」


「あぁうぅ……まだ、他に……、連れてこられる予定の人がいますけどぉ。一度に大勢連れてくるのは難しくて」


 すると、ダラルードが笑った。

「メルーナだっけか。俺たちふたりがいればヴラ何とかはどうにかなるぜ。他のやつらをわざわざ連れてくることもないだろ」


「そ、そういうわけにもいかないんですぅ。ひとりはもうこちらへ来ていますし、もうひとりも、私の担当ではないので、もう準備にかかっているかもしれません」


「なに、そうか。ところで、誰と誰がこっちに来るんだ?」


 メルーナがふたりの名を告げると、ダラルードはぽりぽりと頬をかいた。

「……まぁ、あいつらならどこに召喚されてても、心配することはないか」


「おい。その魔王ヴラマンクとやらを倒したら、オレたちのことは全員一緒に帰してくれるんだろうな?」

 ダラルードと違って、ルカは自分がなぜこのような状況に置かれているのか、今が一体どういう状況なのか、確認しておかなければ気が済まないたちである。しかし、ダラルードがあまりにぽんぽんと話を進めてしまうせいで、なかなか口を差し挟む余裕がない。聞けるときに聞いておかないと。


「は、はい。それはもう。別の場所にいようと、全員一緒にお帰ししますが……」

 そう言うと、メルーナはひと振りの短剣を取り出した。


「ええとぉ……。残念ながら、ダラルードさんの愛剣バスチェイダはこちらに現出させることは出来ませんでした。代わりに、これを使っていただくようにと、我が主から仰せつかっていまして」


「へぇ。綺麗な剣だが……。ちょっと小さいな」

 角度によっては虹色の光を放つ総銀製の短剣を陽に当てて、ダラルードは色彩の変化を楽しんでいた。


「えへへぇ。それは聖銀アレクサの剣です。ヴラマンクさ……魔王ヴラマンクが持っているものよりは、多少、精霊銀アレクシャハイドの含有量は少ないのですが、それでもかなりの精霊銀アレクシャハイドを含んでいる宝剣です」


聖銀アレクサ? なんだそれ?」


「はい。聖銀アレクサの剣は、持ち主の意志に呼応して、ます。その剣を持って、自分に最も使いやすい形をイメージしてみてください」


 ダラルードは剣を正眼に構え、目を閉じる。瞬間、剣は血しぶきのような粘性のある銀色の液体に変化し、弾け舞った。噴水のように大量の銀が噴きあがり、再び剣の形に収束。刃渡り150デュール(≒150センチ)ほどはあろうかという大剣が現れていた。

「へえ! バスチェイダそっくりだ! すごいな、これ!」


「うふふぅ。もともと、聖銀アレクサは武器に加工されることが滅多にないので、貴重なものなんですよぉ! やっぱり、ダラルードさんは魂の力が強いので、自由自在に変形しますね。そこまで自在に変化させられる方はなかなかいないんですよ」


「そうなのか。これ、他にもいろんな武器にできるのか?」


「ええとぉ……、はい。理論上は、どんなものにでも変化できます。切り離すこともできますので、弓と矢にしたり、もう1本短剣を作ってお連れの方に護身具として渡したり。なんなら、自律的に動く護衛なんてのも作り出せますよ?」


「ルカ! 何か出してほしい武器はあるか? ……メルーナ、武器じゃなくてもいいのか?」


「はい。ただし、宝剣の形をしている通り、戦いに関するものを生み出すように調整されていますので……。戦いに関するものを作ったほうがお得……というか、プラス補正がつくんですよね」


 ダラルードが大剣を試し振りしているのを見て、ルカは、自分ならどういった用途に活用できるか、思考を巡らせていた。

「ひとまず、オレはいいよ、陛下。オレには降魔術ごうまじゅつがある。何か作ってほしくなったら、その時に頼む。どうせ、陛下は大剣の形がしっくりくるんだろ?」


「ああ! 分かってるじゃんか」

 そう、英雄王は悩まない。

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