Side:B アイラ・ローゼン
えんじ色の長髪をなびかせた人目を引く美女──アイラ・ローゼンはエレシフの街にある議事堂の一室で、15歳ほどの少年に、膝を枕として貸していた。
一方少年はと言えば、こちらも
ルイが身じろいだのを見て、アイラは優しく微笑みかける。
「あら……、起きた? 坊や」
「……あの、あなたは。──ここは?」
「ふふ。混乱しているのも無理はないわ。私の仲間に感謝してね。あなたの心を蝕んでいた
アイラはあごをしゃくって傍らに立った彼女の仲間を示す。こちらは栗色の短髪の、どこか柔らかな印象を与える少女である。
と、
「あの、王さまは。……ヴラマンク王のこと、ご存じありませんか」
どこか怯えたような、母とはぐれた子供のような声をして、ルイがアイラの肩を掴んだ。
「それがね。私たちも、あなたの王さまを探してここまで来たんだけれど、もうこの町にはいないらしいの。多分、どこかで殺し合いをさせられてる。だから、止めなくてはならないわ。……ねぇ、一緒に来てくれる?」
× × × ×
「王さまっ!」
アイラの後ろで、ルイが悲鳴を上げた。
頭上には無数のギロチンの刃。その下では灼熱の鎧をまとった男が大剣を振り上げ、息も絶え絶えに崖に体をもたれさせているヴラマンクを、今にも斬り伏せんとしている。
このまま戦いを続けさせれば、確実にどちらかは命を落とす、そんな刹那──、
アイラは自らが持つ秘宝・セトの神石を目覚めさせた。
「あなたたち! そこら辺にしておきなさい──!」
瞬間、地面から砂のドームが出現。ふたりの王を包む。
さらに両耳、
轟音が響き渡り──、しばらくして砂煙が晴れると、中からひとつ、ゆっくりと人影が近づいてきた。
「王さまっ!」
ルイが駆け出していく。
やがて──、
砂煙の中から現れたのは、ヴラマンクに肩を貸して歩くダラルードの姿だ。アイラの仲間の少女が慌てて駆け寄り、神石の力でふたりの怪我を癒し始める。
「邪魔が入っちまったからな。いったん休戦だ」
そう言って笑うダラルードの腕を、ヴラマンクは鬱陶しそうに振り払おうとしていたが、駆け寄ってきた少年に気づいて目を見開いた。
「ル、ルイ? なぜここに」
と、先ほどまであれほど王の安否を気遣っていたのに、ルイは途端に不機嫌になる。
「今、なんで、と? そうお聞きになりましたか? ──本当に、お分かりになりませんか?」
「あ、ああ……」
なぜ勘気に触れたのか分からないヴラマンクは少々たじろいだ様子である。
だが、続くルイの言葉は柔らかいものだった。
「王さまといけるなら、ボクはどこへだって、ついていきますとも」
(あら? この子……)
ルイの横顔がかすかに紅潮しているのを見て、アイラはこれまでの自分の誤解を悟った。
ひと呼吸おき、アイラは話し始める。
「決闘に水を差して悪いわね、ふたりとも。でも、あなたたちはメルーナの主、カノヒトとかいう男に騙されていたの。ヴラマンク王。あなたの部下を殺した炎色の髪の男は、ダラルード王に成りすましたカノヒトだそうよ。……詳しいことは、この子に聞いて」
と、銀髪のエルフ──メルーナが泣きそうな顔でヴラマンクの前に引き出された。
「う、うぅ~」
「今の話、本当なのか?」
メルーナは観念したように話し始める。
「ええとぉ……、カノヒト様は“書”から召喚できる英雄になら、誰でも、見た目だけじゃなく力や心までをも
「なんだと……! じゃあ、ペギランは、そいつに……!」
ヴラマンクの言葉を遮り、アイラは続ける。
「もちろん、ダラルード王はエレシフを滅ぼそうとなどしていないし、ヴラマンク王も人間を迫害などしていないわ」
「……そうなのか?」
「ん? ああ。俺はただ、人間を迫害する魔王ヴラマンクの支配より、民を救ってくれって頼まれただけだ」
疑うような視線を、ダラルードは真っ向から受け止め、笑みを返した。アイラの仲間の神石の力ですっかり回復したヴラマンクは、ダラルードに預けていた体を引いて、素直に頭を下げる。
「そうか。なら、俺の誤解だったようだ。すまない。──部下を失って、少々頭に血が上っていたようだ」
「俺も確かめもせず、あんたとあの町を襲ったからな。おあいこだ」
それから、ダラルードはメルーナのほうに向き直る。
「なぁ、わざわざ俺に化けて、そいつは何をしたかったんだ?」
「そのぉ……。おふたりを殺し合わせて、色々と……。認識を操って、住民たちにお互いを魔王だと思わせたりとかも、していらっしゃったようで……」
「殺し合わせる? 一体、なんでまた……」
ここで、アイラはひとつ提案をした。
「どうかしら? ここはお互い
ヴラマンクは渋面を作る。
「さっきまで殺し合いを演じていた相手だ。そう簡単に、打ち解けられるはずもあるまい」
「いや? 俺はなんとも思ってないぜ。それより、強いな、あんた!」
一方、ダラルードはけろっとしている。あまりにあっさりした態度にヴラマンクは毒気を抜かれたようだった。
それも、続く言葉で、一気に表情が曇る。
「こんな子供なのに、よくやるよ! 強えな、ヴラ坊!」
「──あ゛ぁ゛ん゛?」
瞬間、ヴラマンクの衣服や豊かな深みのある金の髪が、怒気とともに吹きあがる風によってはためいた──ように見えた。
「まだ子供なのにこんだけ強いなら、大人になったらもっと強くなるぜ! 今から楽しみにしてるぜ、ヴラ坊!」
「抜かせ、小僧──!」
と、
「はいはい。王さま、見た目はおチビなんですから、仕方ないですよ」
怒りに震えるヴラマンクを、ルイがなだめる。
「おい、ルイ! それが王に対する物言いか?」
「大事な時にはいつも眠っておいでの寝ぼすけ王に、払う敬意など持ち合わせてはおりません」
「お前なぁ……」
その時、傍らで倒れていた青年が首を振り起き上がった。背はヴラマンクとほぼ変わらない。メルーナから聞き出した情報から察するに、ブラウンの癖っ毛を後ろで束ねたこの男は
ダラルードが嬉しそうに声を上げた。
「起きたか! ルカ!」
「……陛下? ヴラマンクとの戦いはどうなった? オレは一体」
「ああ。戦いはいったん休戦だ。お前は魔力が減っていたのと、眠りの風のおかげでしばらく寝ていたんだろう」
「休戦、だと?」
不審がるルカに対し、アイラが説明を引き継ぐ。
「ふふ。あなたもルカっていうんでしょ? 今、ここにはいないけど、私の仲間もルカっていうのよ。──じゃ、改めて自己紹介させてもらうわ。私は義賊集団ブラック・クロスのアイラ・ローゼン。あなたたちはメルーナに、というか、彼女の主によって騙され、殺し合わされていたの」
ルカがメルーナを睨むと、メルーナが泣きそうな顔をして頷いた。
「あぁ、話をしたら、ほら。ちょうど、戻ってきたみたいね。あの子が私たちの仲間のほうのルカ。ルカ・イージスよ」
アイラが指差した針葉樹の森の木陰から、数人の男女が姿を現した。先頭を歩くバンダナを巻いた男が、アイラの仲間、ルカ・イージスである。
と、その姿を認めるや、ヴラマンクがふらふらと一団に近づいていく。
「ペ、ペギラン──?」
ルカが連れてきた中から進み出たのは、緑がかった癖っ毛の、いかにも人の良さそうな長身の青年──ヴラマンクの忠臣ペギラン・ローザンだった。
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