Side:Trinity 8 あぁ、やってやるぜ
先ほどから、
壁から遠く離れた戦場で、降魔師ルカ・ハルメアは縦横無尽に飛び回っていた。
ルカの腕に抱えられた少年が剣を振り下ろすたび、火球が戦場を焼く。空中からのとめどない連続爆撃に
「あ、まずい」
「──どうした?」
少年、ルイ・ソレイユの呟きを天才降魔師は聞き逃さない。
「もうそろそろ、火球が撃てなくなりそうです」
「ハァ?! くそ、オレもだいぶ魔力を使っちまってる。早く“
悪態をついた、その時、ルカの視覚にあるイメージが割り込んでくる。
「──おい。その、ポラック・メルロとかいうやつは、うねった黒髪が腰ぐらいまである若い女か? うさぎみたいにしたリボンで、額を丸出しにした」
「はい、そうですけど──。なんで知ってるんですか?」
ルカは探索のため、〈
「ここからそう遠くはない。行くぞ」
「えっ? あ、ちょっ!」
低空を滑空し、平野を横切る。
見えてきたのは暗い針葉樹の森。その、森と平野の狭間に、彼女はいた。
瞬間、幾本ものいばらのつるが“
「っち!」
「こ、これじゃ近寄れません」
「お前が重い! いったん降りるぞ」
と、着地を試みた瞬間、衝撃が走った。
いばらの1本がルカの肩を貫いている。痛みをこらえつつ、“
「なんだよ、ヴラマンクはいないのか? せっかく、あいつに復讐してやるために戻ってきたっていうのにさ!」
名はポラックというらしい女が、どのようにしてか、声をこちらまで届かせていた。うねる黒髪が特徴の女は、黒銀のロングドレスを身に纏い、身の丈の半分以上はあろうかという大楯を構えている。楯には深紅のいばらの印章が施されていた。
答えず、ルカは闇を
みっつ同時、女に向かって投げた。
だが、
「ふふ~ん。無駄だよ。ハジャイルから直々に
ロングドレスから伸びたいばらのつるのような黒銀の鞭が、闇の槍をつかむ。きつくしめつけられると、闇の槍は虚空へと消えた。
「すごいだろ? こいつ、勝手にあたしを守ってくれるんだ」
そう言うや、ポラックの首にかかった深紅の
刹那に湧きだした無数のつるが、ルカたちを襲った。
「ふん……!」
ルカは闇を操り、いばらを防ぐではなく切り裂いてゆく。
「やっ、わっ!」
美貌の少年も、大剣を振り回していばらの攻撃を弾いていた。──が、やがて勢いに押され、尻もちをつく。
「おいっ!」
数本のいばらが、少年の美しい顔を叩き潰すべく迫っていた。
肉をえぐる、鈍い水音が響く。
「ぐっ……!」
「降魔師……さん?」
自分でも、なぜ身を挺して少年を守ったのか分からない。だが、ルカは闇の翼を広げ、少年の前に立っていた。その背に、翼で防ぎきれなかったいばらの槍が突き刺さっている。
痛みに息を荒くしながら、ルカは聞いた。
「──おい。てめぇの火球なら、やつの防御を突破できるんじゃねぇか?」
部分召喚している〈
と、少年は麗しい曲線を描く喉を、ひとつ鳴らした。
「彼女は防御結界をいばらの先端、その一点のみに集中させ、ボクの火球を貫いています。でも本来、彼女の持つ
「分かった。──なら、当ててやる。しばらく時間を稼げ」
「時間って言ったって……!」
その時、
「ほらほら、よそ見してんなよ!」
再び、いばらの急襲。
ルイは慣れない大剣をでたらめに振り回し、いばらに抗う。
「やっ、わっ、ちょっ!」
剣で弾き、横合いから斬り落とし、突き刺して裂き、いばらの猛攻に耐える。
瞬間、地面からいばらの槍が突き上げた。地響きから察知したのか、少年が詠唱中のルカを突き飛ばす。それでも、ルカは集中を切らさない。
「ポラック! 分かってるんだろ? お前の
「ふふっ、そっか。あんたやっぱり、その剣の力に目覚めたんだね。我がダンセイニ王国のためにも、あんたから殺しておくべきだったよ」
「戦えば、お前はもう1度死ぬんだぞ。それでも、やるのか?」
そう問うルイの肩は少し震えていた。
「くどいよ! できるもんなら、やってみな!」
魔性の女将軍は、自慢げに、
「くっ……!」
と、
「あぁ、やってやるぜ」
後ずさったルイの震える肩を、降魔師は後ろから支えた。
「行くぞ! ──〈
並の降魔師なら、半日はかかるであろう詠唱は既に完成していた。ふたりを守るように、地面から炎が吹きあがる。
中から現れたのは、火炎そのもので形づくられた獅子だ。
「おい! お前の炎を、こいつに喰わせろ!」
ひと言で意図を理解したルイは、大剣の先端に、地表に降り立った太陽のごとき大火球を生じさせた。
炎の獅子に向けてそれを放つと、赤き獅子はその中に飛び込む。瞬間、小さな太陽は中心に向けて収束。先ほどの赤ではなく、より高温の──、天上の光のように神々しく白く輝く、獣たちの王が顕現する。
「むっ!」
危機を悟ったのだろう。ポラックは光の獅子に向けて一斉にいばらのつるを伸ばした。すべてを回避し、獅子は疾走する。
「く、来るな! くそっ!」
地面から突き上げる無数のいばらの槍。
その合間を縫うようにして、なお速度を落とさず、光の獅子は走る。
「なっ!?」
大地に降り立った獅子は、その巨躯を優雅に虚空に躍らせ、鋭い牙をポラックの首筋に突き立てた──!
ルイは、しばらく立ち上がれないでいるようだった。
「ここはもういいだろう。行くぞ。エレシフへ」
闇の翼を広げ、ルイを抱きかかえる。大地には跡形もなく焼き尽くされたポラックの影だけが残っていた。
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