Side:Trinity 4 殺す気で来ていただきたい

 クラッサスと炎色の髪の男との間に、それまで背後で沈黙していたメルーナが進み出た。


「ううぅ~。どうしても、戦わなきゃならないんですか? カノヒトさまぁ」


「まったく。あなたには興が削がれます。──もう少し、この御仁の反応を楽しみたかったというのに」


 炎色の髪の男──カノヒトは、その姿を持つ英雄王ダラルードとはまるで違う口ぶりで、メルーナに返答した。


「そうか、あれがメルーナ嬢やツィーナ嬢の主の、擬態能力というものか。我輩もすっかり信じ込まされてしまった……」


「気を抜くな、おっさん! 隙だらけだぜ!」

 ──瞬間、カノヒトは口調まで英雄王になって、身の丈ほどもあろう大剣を振り上げる。


「くっ!」

 クラッサスは慌てて曲刀を構え、大剣をいなした。

 だが、ダラルードの力を得たカノヒトの剣は重く、あと少し反応が遅ければ、いなし切れずに斬り伏せられていたに違いない。


「クラさん、だいじょうぶか! ──くっ、こんな時になんで反応しないんだ、おれの神石は……!」


 一瞬だけ、背後を視界の端に収める。

 アテネイを助け出したブラック・クロスのルカ・イージスは、カノヒトが再び開けた穴から続々と侵入してくる魔銀クロム兵たちによって囲まれようとしていた。


 ルカの持つ神石の能力は、時間操作──だが、どういうわけか、こちらの世界に来てからは力が働かないとルカからは聞いていた。


「邪魔立て無用! 偽物のダル殿は我輩が引き受けよう!」

 擬態とはいえ英雄の力を持つ相手だ。後ろを気にしている余裕はないだろう。


「いいね、1対1だ!」

 カノヒトは本物のダラルードのようににやりと笑うと、肩に担いだ大剣を薙ぎ払う。クラッサスは後ろ跳びで回避。胸板に細く赤い傷が走った。


「この太刀筋……やはり、ダル殿そのもの……!」

 クラッサスは気息を正し、自分よりかなり小柄な相手を見据える。顔立ちや、仕草、その炎色の髪まで、本物と見まごうばかりの模造品を。


ゆったりと……揺り籠を、揺らすようにラルゴ・クランド……」

 剣を構えるでもなく構え、クラッサスはたゆたう。

 周囲の雑音がすうっと遠ざかっていった。


「そっちからは来ないのか?」

「──ふふ、失敬。我輩、柄にもなく興奮しておる。全力のダル殿と、まさか再びまみえることが叶おうとは。貴公には殺す気で来ていただきたい」

 興奮、という言葉とは裏腹に、剣先の揺れる動きは波間に漂う木の葉のようであり、内に秘めた熱をうかがい知ることは困難だろう。


「もちろん! ──本気で行くぜ!」

 偽ダラルードが剣を構え跳び込んだ。

 と、同時、クラッサスの動きは息を止めたように静まり、


激しく、速く──、火のようにモルト・アレグロ・コンフォーコ

 次の瞬間、その長身は偽りの英雄王に肉薄している。


「ちっ!」

「ダル殿の足癖が悪いのは予習済みですぞ!」

 咄嗟に腹を蹴り飛ばそうとした足を、剣の鍔で受けた。力任せに押し返すと、小柄な影は後方へ弾き飛ばされる。


 クラッサスを牽制せんと、偽ダラルードは大剣を薙いだ。冷静に見切り、逆にその勢いを後押しするよう、空いた手で押しやる。


 狙いは、無防備に伸びきった腕──。

 無理矢理、大剣を振り切らされ、がら空きになった偽王の肘から肩までを曲刀が裂いた。


「ぐっ!」

 王の擬い物は片腕だけで押しやられた剣を強引に引き戻し、クラッサスの胴を両断せんとするが──、クラッサスは跳躍し、これを回避。


 両者、数百デュール(≒数メートル)の距離を置いて、再び対峙する。


 ──没落した元貴族の跡取りであるクラッサスは、貴族と同等、あるいはそれ以上の教育を受けている。そのため、クラッサスは踊り手としても一流であり、その呼吸は彼の剣技にも多大な影響を与えていた。


 一流の踊り手になるほど、美しく動くことだけでなく、美しくことを意識するようになる。

 静と動。

 自らの剣が高速を超え、超速、神速へと至るたび──、クラッサスは静を意識する。激しい打ち合いのさなか、静の時間は極限まで薄く圧縮されていくが、そこに意識を残す。そうして、静の時間を起点とすることで、そこから打てる手は無限に枝分かれしていく。


 だが──、以前、打ち合ったことのある英雄王ダラルードの剛剣は、その腕力にあかせ、こちらの動の時間に強引に割り込んでくるものであった。

 ならば。


(後手必勝──)

 動の時間を崩され、隙を突かれるのであれば、狙うべきはその逆。相手の動の時間を、それ以上のはやさで崩して隙を作り、体勢を立て直される前にこちらの攻撃を終える。


 いずれまた英雄王と相対することがあればと、温めていた戦法であった。


「──やるな、おっさん」

「ふふ、嬉しいぞ。そのような口調まで、再現してくれるとはな」

 そうして、クラッサスの曲刀は、再びたゆたう。


      ×      ×      ×      ×


 エレシフの町を望む小高い丘の上にヴラマンクとペギラン、ユナの3人の姿があった。背後には銀の髑髏馬スカルホースに乗った500騎ほどの騎馬隊の姿もある。彼らはカノヒトに認識を操作され、エレシフの壁を攻略していた元ダラルード軍の残党であり、ナハテム教の敬虔な信者でもあった。


「うわっ、ととと……」

 馬に乗るのが慣れないのか、癒しの歌い手ユナは髑髏馬スカルホースの上で四苦八苦している。ヴラマンクはそれを見て苦笑。聖銀アレクサの剣を振るった。


「すまない、ユナ。途中、魔銀クロムに侵された仲間がいた場合には、あなたの助けが必要になる。どうしても、来てもらいたいのだが──」

 すると、ヴラマンクが剣を振るったあたりに落ちた聖銀アレクサ溜まりから、人間の髑髏どくろが浮かび上がる。


「きゃっ!」

 武装した人間の骨格──髑髏兵士スカルソルジャーが、ユナのまたがる馬の後ろにまたがり、手綱を取った。


「馬の操縦は慣れないうちは酷だろう。護衛にそいつをつけておく」


「あ、ありがとうございます」


「──しかし、聖銀アレクサを節約するためとはいえ、骨だけの馬がこれだけ並ぶと、異様だな」

 ヴラマンクはため息をついた。


 馬の骨格を厳密に再現したものではないが、人が跨がれるだけの幅を持たせた鞍とあぶみ付きの胴体はほぼ空洞であり、首から上は中身のない軍馬用の鎧シェヴァール・バルデのようだ。


「私は好きですけどねぇ。こいつ。王城の、私の馬みたいで」

 ペギランが自分の髑髏馬スカルホースの首筋を愛おしそうに撫でる。


「自律的に動くものも作れると聞いて、ダラルードとの戦の前に何度か試してはみたんだがな。複雑な命令をすると、どうもうまくいかん。俺の知ってる馬と同じ動きをするように命じたら、こうなった。──もう少し時間があれば、馬の方から人間を乗せてくれるような、乗りやすい馬にも出来たかもしれないが……」


「私はこれで充分ですよ。しかし、すごいですね、聖銀アレクサって。私は剣や槍にするぐらいしかできませんでした。あとはお鍋と──、そうだ、それから背負い紐と」


 どうにも所帯じみてしまう4大貴族を前にヴラマンクは言葉をなくす。


「あ~、おほん!」

 気を取り直してヴラマンクが咳払いをすると、全員の視線が集まった。


「敵はおよそ3万。しかも、全ての兵が魔獣のごとき力を持つ。一方のこちらは、まだ壁の外で戦っている散り散りになった兵を全て合わせても、5千にも満たないと言ったところだろう」


 誰かが、唾を飲む音が聞こえる。


「だが、壁の中に入った敵軍はまだ少数。壁の上にはまだ相当数の弓兵が残っているはず。あの、円に突き刺さったくさびの絵は覚えているな? 壁が完全に崩壊している場所はあそこだけだ。──あの一番大きな穴さえ塞げば、守り抜ける!」


 500騎の騎兵たちは少しほっとしたようにざわめいた。


遠投石器マンゴネル、用意!」

 ヴラマンクが命じると、馬に乗っていない兵士たちが遠投石器マンゴネルの操作のために取りついた。ダラルード軍が放棄していた遠投石器マンゴネルを、いくつか聖銀アレクサで補修して配備してある。


「放て!」

 兵士たちが一斉に、てこの反対側の重石を引いた。巨人の腕が風を切って巨岩を放り投げる。

 音もなく──、反撃の一矢は中空を舞った。


 十数体の魔銀クロム兵が巨岩に潰されている様を背後に、ヴラマンクは、緊張した面持ちで馬上槍を構える即席の騎士たちに向き直る。

「ゆくぞ。──エレシフの町を奪還する」

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