Side:Trinity 3 守りはお任せします

 英雄王の仲間ルカ・ハルメアは内心舌を巻いていた。一緒に飛ばされた少年ルイの持つ、“太陽王の剣ロワ・ソレイユ”の圧倒的な火力には、本気を出しても敵うかどうか。


(やべぇな。以前戦った、“魔王ゾディヅの残滓ざんし”の技と、同じぐらいの威力がありやがる)


 ふたりはエレシフの町に殺到する魔王軍のほぼ中央に飛ばされていた。黒ずんだ銀製の、猛禽の面をかぶった魔銀クロム兵たちが瓦解した壁の穴を目指し、波濤のごとき絶えなき進軍を続けている。


 と、ルイが手に持った大剣を高々と掲げた。

 大剣の先に小さな火球が宿ったかと思うと、それは瞬く間に小さな砦ほどの大きさに膨れ上がる。


 火球が剣先から放たれると、平野を削り、森を焼き、後には灰しか残らない。

 しかし──、


「おい。あんた、効率が悪いんじゃねぇのか。威力は凄まじいが、大して敵は減らせてねぇじゃねぇか」


「……ボク、これしか出来ないんです。っていうか、魔風士ゼフィールとしての訓練なんて受けたこともありませんし」


「ハァ?」

 自らを守る盾として召喚した〈闇が支配する絶対の静謐ダーク・トランキュリティ〉の翼を広げ、迫りくる魔銀クロム兵たちの首を刈る。刈りながら、天才降魔師ごうましは悪態をついた。


「ったく。それだけの力がありながら、もったいねぇな」

「申し訳ありません。──ということなので、ボクの代わりに、守りはお任せします。おチビ……」


 と、ルイの声は最後急に小さくなり、聞き取れなくなる。

 賢明な判断だと思った。もし聞こえていたら、今すぐにでもルイをこの場に置き去りにして飛び去っていただろう。──さっきそれで、ひどい目にあったのを覚えているようだ。


「おい、勝手にオレに守りを任せるな」


 ルイもまた身の丈に合わぬ大剣を持っている点や、少々、独断が過ぎるという点で彼の主ダラルードと似ているのだが──、方向性はまた違う。


 再び、美の化身たる少年が火球を生み出した。


 だが──、

「えっ?」


 地面から突き上げるように生えた無数のいばらのつるが、火球を穿うがった。ひとつひとつは火球に比べて小さな穴だが、穿たれた穴は次第に大きくなり、やがて火球全体を消滅させる。


「チッ!」

 ルカは闇の翼でいばらのつるを切断。遠巻きに見ていた魔銀クロム兵たちが再び襲い来るのを見て、闇を投げ槍ジャベリンの形に収束。4~5体を同時に貫いた。


「おい! 何を呆けてやがる! これだけの数、オレひとりにやらせるつもりか?」

 やってできないことはないと思いながら、降魔師は怒鳴る。


 一方、ルイは上の空で呟いた。

「この能力ちから……、なんで? まさか、生きていたのか」


      ×      ×      ×      ×


 クラッサス=クレイスズは市壁の内側を駆けていた。

 その腕の中には銀に近い髪の色をした小柄な少女──ヴラマンクたちの仲間であるアテネイの姿もある。その後ろには、なぜかメルーナもふよふよと浮かびながら続いていた。


「イージス殿!」


「なんだい? クラッササ──ああ、いいや、クラさん!」

 壁と家屋の間の狭い道を、クラッサスと影のように並走していたのは、義賊集団ブラック・クロスの一員、ルカ・イージスである。仲間の名と紛らわしいため、クラッサスは意識して「イージス殿」と呼んでいた。


「気づいておるかな? ──上から、我輩たちを狙っておる」

「もちろん。聖銀アレクサの準備はいいかい? クラさんはアテネイちゃんを抱えているから、おれが合図するよ」


「感謝いたす!」

「さぁ、来るぜ。3……2……1……今だ!」


 瞬間、クラッサスとルカはそれぞれ別の方向に跳躍。

 それまでふたりがいた場所には、猛禽のような面をかぶった異形の兵、魔銀クロム兵たちが3人ほど屋根の上から跳び下りてきていた。


 クラッサスは壁際にアテネイを座らせると、聖銀アレクサを曲刀に変えて跳躍。魔銀クロム兵のほうに向き直る。


「ンむ?」


「グガガ……」

 意味のつかない異音を発する魔銀クロム兵の背後から、巨大な鎌が突き出していた。鎌は首を横切って、左肩に突き刺さる。


「よっと!」

 刺さった箇所を支点にくるりと回転し、魔銀クロム兵の背後から現れたのは、大鎌の持ち主ルカ・イージスである。聖銀アレクサのペンダントからロープを飛ばすと、ロープはひとりでに魔銀クロム兵を拘束。硬化し、1体を無害化する。


「やりますな」

「っと、そっちいったぞ。クラさん!」


 クラッサスの背後には今にも凶悪な鉤爪を振り下ろそうと、その体を大きく伸ばした魔銀クロム兵の姿があった。だが──、


「“筋力倍化デュブラー・フォース”」

 アテネイがかすかな声で囁くと同時、銀の風が湧き起こり、クラッサスの体を渦巻いた。


「ふっ」

 瞬間、その姿がかき消えたかに見えるほどのはやさで、クラッサスは逆に魔銀クロム兵の背後に回り込む。──その背に剣を叩きつけると、魔銀クロム兵は300デュール(≒3メートル)ほど派手に吹き飛んだ。


「ふぉおお……! やはり素晴らしい! まさか、アテネイ嬢の“筋力倍化デュブラー・フォース”の力、これほどまでとは……! 今なら、ダル殿の剛剣とも互角に渡り合えそうである!」


「油断すんな、クラさん!」

 感激にむせぶクラッサスの背後から横薙ぎに、3体目の魔銀クロム兵の鉤爪が襲う。だが、クラッサスは難なく跳躍して回避。そのまま先ほど自分が吹き飛ばした2体目のそばに着地すると、その体を蹴り上げ、3体目にぶち当てる。


「だが──、やはり我輩の剣は“はやさ”の剣。今ならば、超速を超えた、神速の剣技をお見せできよう……っ!」


 と、2体目と3体目が同時に吹き飛び、背後の壁にぶつかる寸前──、


 ドドドドドドド……!


 という、地響きにも似た音が鳴り響いた。曲刀の先から滴る銀によって、2体の魔銀クロム兵が壁に縫いとめられていく。


 音がやむ。

 ──壁には、銀の糸に絡め取られた魔銀クロム兵たちの姿があった。


「クラさん、ちょっとやりすぎ。聖銀アレクサがもったいないだろ」

「むぅ、そうであったな。我輩としたことが、少々我を忘れていたようだ」


「まぁ、いいよ。それより、見えてきたぞ」

 ルカが示すその先には、市壁に巨石が食い込み、半壊した穴があった。


「ふむ。どうやらこの魔銀クロム兵らも、あの穴から侵入したようだ」

「まだちょっと距離があるな。もう少し近づいてみようか」


 ふたりは足音を消し、家5軒分ほど先の壁に開いた穴へと忍び寄る。壁に空いた穴には、飛行能力、というほどではないが、人より高い跳躍能力と滑空能力を備えた魔銀クロム兵たちが群がり、市内に侵入しようとしていた。


「ま、あのぐらいの数ならいけそうだね。じゃ、さっきの作戦で行こうか。あの化けモンどもはクラさんに任せていいかい?」

うけたまわった!」


 そう答えるや、クラッサスは電撃のごとく壁の穴へと駆けつけた。

 驚く魔銀クロム兵たちに、疾風の突きを見舞う。瞬間の連撃に、穴に取りついていた魔銀クロム兵たちは剥がされ、向こう側へと落ちていった。


「ふっ!」


「いいぞ、クラさん! 後は任せろ!」

 クラッサスが剣を引いたのとほぼ同じタイミングで、聖銀アレクサを蜘蛛の網のように変えたルカが走り込んだ。まだ、クラッサスに落とされた魔銀クロム兵たちは壁向こうの堀に落ちてすらいない。ルカもまた、かなりのスピードを誇っていた。


「──よっと。これでいいだろ」

 ルカが額の汗をぬぐう。

 壁の穴は、見事に聖銀アレクサの網で補修されていた。先ほどまでしなやかだった聖銀アレクサは、今は鋼以上の硬さに硬化している。


「この穴で、7つめか? しかし、なかなかおれたちの仲間に出会わないね」


「9か所である。彼らもこの近くに飛ばされたのであれば、どこかで“世界書”を守るべく、戦っておるであろう。我輩たちは自分のできることをするのみ」


 と、クラッサスが自慢の口ひげを弾いた、その時──、


「クラさん、あぶねぇ! アテネイちゃんが!」

 クラッサスが反応するより早く、ルカは走り始めていた。

 先ほど壁の穴を補修する際、いったんクラッサスの腕から降ろされていたアテネイに、何者かの大剣が振り下ろされようとしていた。


 間一髪──、

 ルカが滑り込み、アテネイを救い出す。


 と、クラッサスが動けないでいる一瞬の間に、大剣の主は跳躍。ルカが塞いだ壁の穴を再び破壊した。


 クラッサスの顔が驚愕に歪む。


「な、貴公は──。なぜだ、ダル殿!」


 その男の髪は、炎の色をしていた──。

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